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5.想定外の三角関係 -4

 「彼はどう思ってるの?」

 スペンサーが若林の目を見つめたまま静かに問う。

「分からない……以前、面倒だから恋人は作らないと言っていた。オレとは友人でいいのかもしれない」

 若林の睫毛が震える。

「ふーん……モテるんだね、彼」

「それに……いや、なんでもない」

「何? 言いかけてやめるなんて気になるじゃないか」

 荒川の話題になってから若林が落ち着かない。珍しく戸惑っている様子にスペンサーの嫉妬の炎は益々大きく燃え上がる。

「数多く付き合ったみたいだが……その中に男はいない」

(唯昂のほうが入れ込んでいるのか)

「そんなに不安そうな顔をして……らしくないよ」

 スペンサーが優しく若林の頬を撫でる。

「相手に好かれる前に好きになったのは初めてなんだ。とても戸惑ってる……」

「そうだよね……唯昂が好きになったのは僕しかいないのだから」

 スペンサーはスリスリと若林の頬を撫で続ける。

 明らかに片想いの恋をしている若林にチリチリと胸を焦がしながら、スペンサーは荒川拓海という男への関心を高めていった。

「今日は気分が乗らない。学校、サボろうよ。皇帝だったらいいんでしょ?」

「そう……なんだが……」

「僕にも唯昂を充電させてよ」

 スペンサーが刃物のように鋭い視線で若林を射抜く。

 美しい男、特に碧眼の男が真剣な眼差しを向けるとき、腰が抜けるほどの迫力を感じるが、今のようにそれに怒りや嫉妬が加わると身動きができなくなるほどの圧や支配力を感じる。

 若林は指一本動かせず、ただスペンサーを見つめ返すしかできなかった。

「デイブ! 僕たち、今日学校休むから連絡しておいて」

 スペンサーはデイビッドに向かって学校に欠席の連絡をするよう指示する。

 スペンサーがデイビッドに、若林がダニエルに、バトラーとしての仕事を依頼することを互いに黙認している。依頼できる内容は軽い日常的な世話に限定され、本来の仕事を圧迫しないことが条件である。

「さぁて唯昂、君の部屋に入らせてもらうよ」

 スペンサーが若林をお姫様抱っこをして歩き出す。

「ノア……」

 若林はスペンサーを止める術なく運ばれていった。



 スペンサーと若林が学校を休んだ次の日の夜。

 荒川から若林宅を訪れると連絡があってから数十分後にインターホンが鳴る。

 デイビッドが玄関ドアを開けると、段ボール箱を抱えた荒川の姿が現れた。

「こんばんは。お邪魔します!」

 苦しそうに挨拶をする荒川の声が段ボール箱の重さをデイビッドに伝えた。

「これ、ここに置かせてください」

 言うなり荒川はデイビッドの足元に段ボール箱をドスンと置いた。

「タクミ、これは?」

「母さんがいつもお世話になってるから持って行けって。ばあちゃんちから送ってきた野菜。たくさんあって……」

 荒川が屈んで段ボール箱の中を探り始めると、デイビッドも屈んで段ボール箱の中を覗き込んだ。

「スナップエンドウ、空豆、アスパラガス、ニラ、フキ、長芋、トマト、チンゲン菜、キャベツ、じゃがいも。全部旨いんですよ!」

 荒川は土の付いた野菜をひとつずつ手に取って掲げながら野菜の名を告げた。

「あとバームクーヘン。なんかすげー並ばないと買えないらしいです。生徒さんから幾つももらったからお裾分けだって」

「こんなに沢山ありがとうございます。重かったでしょう?」

「正直、結構重かったですけど、ウィンザーさんに喜んでもらえたら何てことないです」

 荒川は「へへっ」と屈託のない笑顔を向けた。

 荒川は若林の友人である自分に、若林と同じように愛情と親しみを込めて接しながらも敬意を怠らないデイビッドがとても好きだった。

 リビングになかなか現れないふたりが気になり、若林は玄関まで様子を見に行く。楽しそうに段ボール箱を覗いて会話するふたりの上から、若林も段ボール箱を覗き込んだ。

「何が入っているんだ?」

「野菜ですよ。タクミの御祖母様から送られてきたものをお持ち下さって。美味しそうですよ、旬のものばかりで」

「ああ、とても良く育っている。ありがとう、拓海。休んで行くだろう?」

「いや……実はこの後用事があって、あんまり時間がなくて……」

「なんだ……もう帰るのか……」

 若林が残念そうに呟く。

 そんな若林を見て、荒川はつい気を許してしまう。 「じゃ、ちょっとだけ……」

 荒川の返事を聞いて若林は嬉しそうに微笑む。

 若林のその笑顔を見て、荒川の心が温かくなる。荒川は上機嫌でリビングに移動した。

 デイビッドが用意した紅茶とバームクーヘンを平らげた荒川は、向かいのソファに座る若林を自分の元に呼び寄せた。

 素直にそれに従い、自分の膝の上に跨る若林に満足すると、荒川は若林の腰に手を回して、頬を若林の胸に押し付けた。

「ああ、落ち着く……」

「拓海……」

 若林は自分から癒しを得ている荒川を嬉しく思うと同時にもどかしい気持ちも抱えた。

(この気持ちが伝わればいいのに……)

「拓海」

「ん?」

 荒川は頭半分ほど上にある若林の顔を見上げる。

「拓海は……オレのこと……」

 意を決して若林が言葉を吐くが、言い終える前に部屋のインターホンが鳴り響く。

 玄関に向かったデイビッドと入れ替わるようにスペンサーが現れた。

(どれだけ高性能なセンサーなんだ)

「あれ? 拓海が来てたの?」

「へ?」

 荒川はいきなり現れた容姿端麗の外国人に目を丸くして驚いた。

(何このイケメン……今、オレの名前呼んだけど明らかに知らねー奴だ)

「誰なんだ?」

 訳が分からず頭が真っ白になっている荒川を見て、スペンサーは優しく話しかけた。

「いきなりごめんね、拓海。びくりしただろう? 失礼をしたね。ただ丁度良かった。君と話がしたかったんだ」

「は?」

 突然現れた知らない男から話がしたいと急に言われ、荒川は混乱する。

「唯昂……話をする前に、拓海の膝から下りてくれないかな?」

「…………」

 若林は黙ったままで動こうとしない。

 スペンサーは大きな溜息を吐いて対面のソファに腰掛けた。

 そして胸の前で腕を組むと、厳しい顔つきで言った。 「とにかく下りて。僕は彼と話がしたいんだ」

 スペンサーの本気を汲み取り、若林はようやく荒川の膝の上からソファの座面へと腰を移動させた。

「僕はノア・スペンサー。イギリスでの唯昂の幼馴染みと言ったらいいかな。荒川拓海、君のことはだいたい知っているよ」

 スペンサーが会話のイニシアティブを取る。

「今から話す内容に嘘は一切ない。だから拓海も嘘は吐かないで。嘘が君にとって有利に働くことはないから」

 早口で且つ冷静に話を進めるスペンサーを見て、荒川は本能でその剃刀のように切れる頭脳を感じ取った。

「分かった」

「OK。早速だけど、質問だ。君は唯昂との結婚を考えているかい?」

「け、ケッコン? 結婚どころかまだ付き合ってもいねーんだけど?」

 荒川が突拍子もない質問に狼狽える。

「考えていないんだね……それは良かった」

「はぁ?」

 荒川は話が見えないながらも、スペンサーに付いて行こうと必死だった。

「理由は2つ。1つは僕と唯昂は半婚約状態にあるから。もう1つは約10年後、唯昂はイギリスに戻るから」 「へ?」

 スペンサーの言葉を受けて、荒川の思考回路は木端微塵に吹き飛んだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。いきなりそんなこと言われても……」

「納得はできなくていい。事実だから理解して」

 狼狽える荒川に構わず、スペンサーは話を進めた。

「僕と唯昂は恋人同士だったんだけど、つい最近別れたんだ。だから唯昂はフリーなんだけど、約10年後にイギリスに戻ってきたとき僕たちは結婚することになってるから、そのことを踏まえて付き合ってくれるには問題ない」

「その言い方は正しくない!」

 ずっと静観していた若林がスペンサーの説明に異議を唱える。

「そのときオレに結婚したい相手がいなかった場合のみだ」

 苛立ちを顕わにし、スペンサーに盾突く若林を見て、荒川は感付いた。

「あぁ……スペンサー、って言ったっけ? アンタ、まだ唯昂に未練タラタラなんだ」

 突然の見知らぬイギリス人の登場、訳の分からぬ質問、牽制……襲い掛かる数々の不可解な出来事に砕け散った荒川の思考回路が一気に修復される。

 荒川は目の前の常人離れした容姿の男を見つめながら続けた。

「唯昂に別れを切り出されて、別れる条件として10年後の結婚を出したってことだろ?」

 半ばパニックを起こしていた荒川が一変して余裕の表情を浮かべている。

「そうだよ」

 その荒川の変化に警戒しながらスペンサーが答える。

「オレは自分が10年後どうなってんのかなんて、全く想像できねぇ。アンタは10年後も唯昂が好きだって自信あんの? 10年後も唯昂に好かれてるっていう自信あんの?」

「ああ、絶対的な自信があるよ」

 スペンサーが即答する。

 スペンサーからは自信というよりも確信と言った方が相応しいほどの気迫を感じる。

(危うい要素が見つからない……凄まじい自信と執着だな)

 この完璧な自信がどこから出ているのか、荒川は興味を抱いた。

「安心してくれ……オレは今の関係で満足してるから、唯昂と付き合う気はねーし」

「えっ……」

 若林が驚きと戸惑いの目で荒川を見る。

「へぇ……そうなんだ」

(唯昂とここまでの仲でいながらその先を望まないとは……やはり女に限るのか、そもそも人に執着しないのか)

 スペンサーは恐らく自分とは真逆とも言えるほどの異なる性格を持った荒川への関心が急激に高まった。

「でも……いいの? 唯昂が他の誰かと付き合ったら、さっきみたいに膝に乗ってくれなくなるよ?」

「そーなのか?」

 荒川が若林を見る。

(そーなのかって、普通そうだろう……わざわざ聞くことか?)

 荒川の恋愛感覚がズレている気がしながら、若林は頷いた。

「あー、それは困るな。じゃ、付き合うか?」

(かるっ!)

 再び若林は驚きで目を丸くする。

(さすがモテ男……付き合うことに対する重みがない)

「はははっ。君、面白いね。じゃ、唯昂をよろしくね、拓海」

 スペンサーは麗しい笑みと共に荒川に言った。

(ああ、こいつも相当な男前だな……ウィンザーさんといい勝負だ)

「アンタはそれでいいのかよ」

「ん~、正直嫌だけど……惚れた弱みってやつかな」

 スペンサーは「だって仕様がないだろ?」と言わんばかりに肩を竦めた。

「アンタも大変だな」

 荒川はスペンサーの心情を察し、同情した。

「僕は秋にイギリスに戻る。僕が日本を去ってからは、唯昂に関して干渉はしないから安心して」

「実際イギリスから干渉してたりしたら怖ぇけど、アンタならほんとにしそうだからな。それ聞けて良かった……うわっ、もうこんな時間か! アンタともっと話してーけど、行かなきゃ」

 ふと時計を見た荒川が慌ただしく立ち上がる。

「また近々会いたいな、拓海」

 スペンサーは朗らかな微笑みを浮かべる。

「ああ、オレもだ」

 荒川も好意的な笑顔をスペンサーに向ける。

 そして次の用事のために足早に部屋を去った。  


 その日の深夜、荒川は布団の上でスマートフォンを見つめていた。

 いつもの如く、桜井から仕入れたスペンサーのプロフィールを読み終えると、長い溜息を吐いた。

「畜生……ったく……最近のオレの周りって容赦ない奴ばっか増えやがる。イギリスの名門貴族の知り合いなんて一生縁がないと思ってたのにな。ノア・スペンサーか……いきなり現れて訳分かんねーことばっか言う割には憎めねぇんだよな……変なヤツ……」

 荒川はもう一度深い溜息を吐くと瞼を閉じた。

(なんか疲れた……)

 荒川はすぐに眠気に襲われ、あっという間に意識を手放した。



to be continued.

 

最後までご覧下さってありがとうございました!

楽しんで頂けたら嬉しいです。一言でも励みになるので感想やいいねなど頂けたら幸いです。

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マシュマロ −英もみじ−
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