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4.燻ぶる恋心 -1

 「おざーす!」

 いつも通り元気よく部室に入ってきたのは松浪だった。

 しかし今日は一段と元気がいい。

「おはようございます」

 そんな松浪の後ろから相変わらず影の薄い様子で檜山が入ってくる。

「ああ、ふたりともおはよう」

 いつもと変わらず一番にやってきた桜井がふたりを迎えた。

「ぶちょー! クリスマスは何したんスか?」

 部室に入るなり松浪はイキイキとした笑顔で桜井に尋ねた。

「何だ。来ていきなりその話題か」

「ねぇ、何したんスか?」

 ぐいぐいと桜井に近付いてくる松浪の目がキラキラと輝いている。

 これは何かあったな、と桜井は察した。

「そう言うお前は何してたんだ」

「よくぞ聞いてくれました!」

(ああ、やっぱり。言いたくて仕方ないんだな)

 桜井は予想通り松浪は単に自分が話したいだけなのだと分かると、聞く体勢を取った。

「俺たち、グアムに行ってきましたぁ! で、さっき帰国してきましたぁ!」

 テンションMAXの松浪がバンザイをしながらご機嫌で叫んだ。

「俺たち?」

「圭のとこの家族と俺んちの家族で」

「へぇ。お前たち、家族ぐるみで仲良いんだな。グアムなんてリッチなクリスマスじゃないか」

 桜井は目一杯の笑顔で嬉しそうに話す松浪を見て、思わず笑みが零れた。

「へへっ、そうなんス。バナナボート、めっちゃ楽しかったッス!」

「それは良かったな」

「最高だったッス!」

 旅行の話を終えた松浪は満足したようで少し落ち着く。

 そのとき、いつもとは違う光景にようやく気付いたのだった。

「あれ? そういや山崎先輩はまだですか?」

 いつも誰よりも先に必ず来ている部長の桜井と副部長の山崎である。

 しかし今日は副部長の姿が見えない。こんなことは滅多になかった。

「ああ、今日は少し遅れるらしい」

「ふうん……」

 桜井の返答に、松浪は訝しげな表情を浮かべた。

「どうした?」

「俺、空港で山崎先輩を見たんスよね……」

「え?」

 松浪の発言は桜井にとってまさに青天の霹靂だった。

「たぶん同じ便だから間に合うと思うんスけど……」

「おい、松浪。誰と一緒だったか分かるか」

「えっと……部長と同じ学年で王子って呼ばれてる人ッス。その人と付き合ってるんスね。手とか繋いでラブラブでしたよ」

(どういうこと……)

 衝撃的な事実を知らされ、桜井は言葉を失う。

「部長?」

 松浪が突然顔色が青ざめた桜井に戸惑う。

「コウちゃん、もうおしゃべりはいいから早く着替えなよ」

 桜井が山崎を好きなことを知っている檜山は、桜井の心中を察し、冷や汗をかきながら松浪を話題から外そうと試みる。

「うん」

 松浪は二つ返事で着替えを始める。

 檜山は素直に従う松浪に胸を撫で下ろす。そして一点を見つめ、動きの止まった桜井を心配そうに見ていた。

 檜山と松浪が着替えを済ませ、準備のために体育館に向かった後、入れ替わるように山崎が現れた。

「悪い。遅くなった」

「……ああ」

(潤弥?)

 目も合わせず、感情のない声で返事をする桜井に、山崎は違和感を覚える。

「潤弥、遅れたこと怒ってんのか?」

「怒ってない」

「じゃ、なんでそんな不機嫌なんだ」

「お前には関係ない」

 山崎は桜井の、一向に自分の顔を見ようともしない態度と突き放したような言い振りに苛つきを感じた。

「潤弥、なんか変だぞ。何かあったのか?」

 山崎が少し強い口調で桜井に話しかける。

「…………」

「潤弥?」

 山崎は黙り込む桜井に返事を促す。

「……お前、犬飼とグアムに行ってたんだってな」

「え? なんで知って……」

 山崎は誰も知らないはずのグアムの件を桜井が知っていることに衝撃を受ける。

「当然、日帰りってわけないよな?」

 無感情だった桜井の声が怒りを含むようになる。

 どんどん不機嫌さを増していく桜井を前に、山崎は理不尽さを感じ始める。

「同じ部屋に泊まったんだろ?」

「だからなんだよ。もし潤弥と旅行したって同じ部屋に泊まるだろう?」

 山崎は不快さを露わにした。

「そうだけど……そもそもなんでクリスマスデートから海外旅行になってんだ」

「あのさ、なんで俺を責めるような言い方すんの? 俺、何も悪いことしてないよな?」

 山崎の不快さは怒りに変わりつつある。

「……そうだな……悪かった……」

 桜井はそれ以降黙り込み、一言も発しなかった。



 「はぁ? グアム?」

 桜井のマンションのリビングで大声を上げたのは相田だった。

「さすが売れっ子作家だな。そこいらの高校生とはやることが違う」

 相田は感心したような呆れたような複雑な溜息を溢した。

「一線越えたと思うか?」

 相田の座るソファの向かい側で桜井が力なく言葉を吐く。

「俺に聞くな」

「犬飼って案外まじめで一途なんだよなぁ。あいつだったら翼を大事にしてくれそうなんだよな……」

 桜井は全てを諦めたような口振りで言った。

「本当にいいのか? 俺はちゃんと伝えたほうがいいと思うぞ」

「……いいんだ」

「お前は『もし翼にフラれたらもう一緒にいられない』と言うが、楽しそうに彼氏の話をする翼を、今までと変わらず笑って受け入れられるのか?」

「…………」

 桜井は山崎が犬飼と旅行に行ったと聞いた時の心情を思い出す。

 心臓が握り潰されたように痛み、苦しさを覚えた。それをこれからずっと味わわなければならないと思うと、耐えられる自信が湧かなかった。

「潤弥、腹くくれって」

「力……」

 桜井が両の掌で顔を覆う。

「告ろうとしたことは何度もある。でも翼の笑顔を見ると、それを失うかもしれないという不安で決心が揺らぐ。俺は力が思うほど強くないんだ」

「潤弥……」

 相田は腰を上げると桜井の前に移動し、跪いた。

 そして桜井の掌を掴み、静かに顔から取り払った。

「泣いてるのか」

 相田が涙で潤んだ桜井の目をじっと見つめる。

「泣いてねぇ」

「なんで俺の前で強がるんだ」

「だから泣いてねぇ」

「もう告れとか言わねぇから」

「そんなんじゃねぇし」

「泣けよ。受け止めてやるから」

 相田の真摯な視線が桜井に突き刺さる。

「力……」

 桜井の目から大粒の涙がポロリと零れる。

 相田は桜井の後頭部に手を回すと、ぐいっと引き寄せて自分の肩に桜井の額を押し付けた。

 桜井は肩を震わせてむせび泣く。相田は桜井が泣き止むまで、優しくポンポンと頭を撫で続けた。




 ここは都立莇生高等学校。

 男子バドミントン部は練習を終えて帰り支度をしていた。

「荒川! マクバ寄ってかねぇ?」

 部員のひとりが荒川をマックバーガーに誘う。

 マックバーガーとは、アメリカに本社を置くファーストフードチェーン店である。日本ではマクバという略称で親しまれている。ボリュームのあるハンバーガーを安価で提供しているため、食べ盛りの高校生には特に人気が高い。

「悪ぃ! 今日はパス。じゃ、用があるから先に帰るわ」

 荒川は颯爽と部室を出て行った。

「あのマクバ出席率100パーセントの荒川が断りやがった……」

「明日は雨だな」

 いつ誘っても二つ返事でマクバに直行する荒川が初めて誘いを断り、他の部員たちは目を丸くして驚いた。


 荒川が向かったのは桐葉学院の正門前だった。

「いつ見てもでけーエントランスだな」

 荒川は呆れた声で言った。

 桐葉学院は上流家庭の生徒も多く、車で送迎をする家庭が少なくない。そのため敷地内の広いエントランスにロータリーが設けられ、近隣住宅への配慮をしつつ、生徒の乗降を円滑にしている。

 荒川は公立高校にはありえない光景を見て苦笑いした。

「待ったか?」

 荒川が待つこと5分。

 目当ての人物が現れる。

「いいや」

「荒川と試合や合宿以外で会うなんて初めてだな。しかも晩飯を奢ってくれるなんて、一体どういう風の吹き回しだ」

 桜井が不思議そうに荒川を見る。

「詳しくは飯んときに話す。イタメシでいいか」

「ああ、なんでもOK」

 桜井は軽く返事を返し、微笑んだ。

 桜井と荒川はいつも個人戦シングルスの決勝で当たる間柄である。当然目立った交流はないが、東京都代表など何かと選抜選手に選出されるふたりはライバルとはいえ、連絡先を交換するくらいには仲が良かった。


 近場のイタリア料理店に入ると手際よく注文を済ませ、荒川は本題を切り出した。

「実は頼みがあってアンタを呼び出した」

「頼み?」

 桜井は意外そうに荒川を見つめた。

「桐葉のある生徒について教えて欲しい」

「え、何、何? 片想いの子とか? もしかして一目惚れとか?」

 桜井は興味津々でひとり盛り上がる。

「女子並みに背が低くて超絶美形バトラーがいる奴」

「なんだ唯昂か……」

 たったふたつの情報が、いや後者ひとつの情報が確実に「若林唯昂」を指す内容を聞いて、桜井のテンションが一気に下がる。

「桜井、知ってんのか?」

 少ない情報で若林を言い当て名前呼びする桜井を見て、荒川は喜びと驚きを露わにした。(桜井と山崎は若林の自宅に初めて招待されたとき以来、若林の意向で名前呼びをしている)

 まさか数少ない桐葉学院の知り合いのひとり目で、目的が達成されようとは夢にも思わなかっただけに、荒川は嬉しさを爆発させる。

「ああ、俺の隣の席が唯昂だ」

「まじか! 仲良いのか?」

 桜井と若林の仲が良ければ、得られる情報も多いはずだ、と荒川は期待を膨らませた。

「口を開いたらもれなく喧嘩になる仲だな」

「なんだ、悪いのか……」

 荒川は思惑が外れ、がっかりした。

 ちょうどそのとき注文した料理が運ばれてきて話が中断される。

「とりあえず、いただきます!」

 桜井は喜び勇んでペスカトーレにフォークを差し込んだ。

 荒川も桜井に倣い食事を始める。フォークをクルクルと回しながら話を再開した。

「なぁ、若林ってすんごい金持ちなのか? バトラーがいたりうどんすらひとりで食えなかったり……」

「へ? うどんがひとりで食えないってどういうことだ」

 荒川は先日のうどんにまつわる若林の話を桜井に聞かせた。

「あははは!」

 話を聞くなり笑い出す桜井。

「あいつ日本生まれのイギリス育ちで、最近までイギリスにいたから10年くらいうどんを食ってないのは納得だな」

「イギリス? ああ、だから当たり付きの自販機を知らなかったのか」

(イギリス育ちか……やっぱ他とは違うな)

 荒川は一度だけ会った若林の放つオーラを思い出していた。

「しっかし、うどんの器が熱くて重いから持つのを拒否したっていうのは爆笑だな。確かにあっちじゃ食事中に皿を持つ習慣はないけど、それはひどい。唯昂らしくて笑えるな。だけど、何がどうなったら荒川が唯昂にうどんを食べさせなきゃならない状況になるわけ?」

「えっと……あれはちょうどクリスマスだったかな……」

 荒川は若林との出逢いを桜井に説明する。

 話を聞き終えた桜井はひどく驚いた。

「唯昂とは偶然出逢ったってわけか」

「おー」

「その出逢い方は奇跡だな。ウィンザーさんが唯昂から離れるなんてほぼない。離れていたら『俺たち』のうちの誰かが一緒にいる。だいたい唯昂が電車を使うなんて初めて聞いた」

 桜井は驚きに加え、意外そうな表情で言った。

「そーなの?」

「ああ。ほとんどウィンザーさんが運転する車だ。で、話を戻すと……唯昂について教えろっていう頼みなんだな」

「おー」

「唯昂は……イーグル・カーズの代表取締役の子息で小学2年生から今年の夏までイギリスで生活していた。現在、両親と離れ日本在住。イギリスへ移り住んだ時から従えている優秀な専属バトラーのデイビット・ウィンザー氏が同居。ウィンザー氏が生活の全てにおいて世話し、唯昂は自分のパンツすらどこにあるか知らない。学業成績に於いては全教科満点で主席。スポーツはなんでもできるらしいが部に所属していない。友人関係は狭く深い……ざっとこんなところ」

 桜井の解説を聞き終えた荒川は、ぐったりと疲れた顔をしていた。

「やっぱ思った通りスゲーな……オレみたいな凡人にはついて行けねぇ」

 荒川は大きな溜息を吐いた。

「何言ってんだよ、名門茶道家の御曹司が。しかし唯昂は別格だな。同じような境遇の俺や力とは全く教育が違う」

「だなー。オレ、桜井と一緒に居て違和感ねーし」

「唯昂のことを知ってどうしたいんだ」

 桜井はライスボールを割って中のトロトロに溶けたチーズに気を付けながら口に入れた。

「さぁ……オレはどうしたいんだろーな」

「唯昂ってさ、初対面の荒川にすら我が儘放題だろ? 相手の都合なんてお構いなしだし、やってもらって当然とか思ってるし。第一、全っ然可愛くねぇ。どこがいいわけ?」

「そういう手のかかるガキみたいなところ、かな。若林は可愛いと思うけど?」

 荒川の言葉を受けて、桜井は珍しいものを見るかのような眼差しで目の前の男を見た。

「あ、そう……どうも、俺にだけ態度が違うみたいで気に入らねぇ」

 桜井は愚痴を溢しながら残りのライスボールを食べると、直球を投げた。

「荒川……唯昂に惚れた?」

「んー、分かんねーな。価値観が違い過ぎて、一緒に居たら疲れるのが本音だ」

「でも嫌いになれない気になる存在ってとこか」

「鋭いな」

 桜井は荒川の肯定の返事を聞くと、ニヤリと笑ってサラダのトマトとモッツァレラチーズを同時に口に含んだ。

 このとき、若林とはもう二度と会うことはないだろうと思っていた荒川が、予想に反してすぐに再会が訪れることになるとは知る由もなかった。

「あ! そういえば……」

 突然荒川が何かを思い出したように鞄から雑誌を取り出した。

「このふたり、桜井の後輩じゃなかったっけ?」

 荒川があるページを開いて桜井に差し出す。

 そこにはよく知ったふたりの写真が載っていた。

「檜山と松浪?」

 桜井は驚いて内容に目を通す。

 その雑誌は男性向けファッション誌で、ふたりが載っているページは街角でお洒落な一般人男子をピックアップして紹介するコーナーだった。

「檜山はお洒落上級者だからな。雑誌に載るとか納得。でも松浪もそうだったとは知らなかったな……」

 桜井は楽しそうにその雑誌を眺めている。

「そのふたりって、ひとつ下の負け知らずのダブルスだよな?」

「ああ。中学の時は大会で負けたことがない。完全制覇だそうだ」

「スポーツ抜群でお洒落さんってズルいな」

 荒川は一瞬悔しそうな顔をしてブルスケッタをかじった。

「だけじゃない。檜山は学年で5位以内の成績を持つ」

「は? 桐葉で5本の指に入るってどんだけ賢いんだよ。この写真は表情硬いけど、基本的に綺麗な顔してるし、ツッコみどころがねーな。モテ道まっしぐらだろ?」

「それがそうでもないんだな……極端な引っ込み思案で、存在感が薄いんだ」

「へぇ……そりゃ勿体ねーな」

「だろ? 俺もそう思うんだよなぁ」

 桜井は雑誌を眺めながら残念そうに呟いた。



to be continued.


最後までご覧下さってありがとうございました!

楽しんで頂けたら嬉しいです。一言でも励みになるので感想やいいねなど頂けたら幸いです。

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マシュマロ −英もみじ−
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