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1. 学年トップ5の恋模様 -1

 まだまだ暑さが残る9月。桐葉学院では長い夏休みを終え、2学期が始まってすぐに1学期の成績順位表が張り出された。

 ざわつく人垣の後ろからこの順位表を眺める桜井潤弥(さくらいじゅんや)。今度こそ首位に踊り出たかと期待を込めて自分の名前を探すが、トップにあるのは「犬飼壮司(いぬかいそうし)」だった。次に並ぶのが「桜井潤弥」でこの光景はいつもと変わらない。

「ちっ。また犬飼にやられた」

 悔しそうに舌打ちする桜井の横で相田力(あいだりき)も順位表を眺めていた。

「とは言ってもほとんど点差ないけど?」

「どうせやるならトップがいい」

「確かに……」

 桜井が1番にこだわり、それに向かって努力を惜しまない男だということは随分昔から相田は知っていた。 「なぁ、力。俺の順位見える?」

 相田の横で背伸びをしながら話しかけるのは山崎翼(やまざきつばさ)

 人垣に阻まれて山崎には順位表が見えないらしい。

「4番だ」

「ほんと? やりぃ!」

 相田の返事を聞いて山崎は満面の笑みを返した。

「すごいな、翼は回を重ねる毎に順位が上がってる」

 相田も自分のことのように喜んだ。

「ああ。翼の成績は上がる一方だ」

 桜井も相田同様、心から山崎の躍進を喜んだ。

「これで次の標的は3番の力だな!」

 山崎が無邪気に笑ったそのとき……

「4番おめでとう」

 3人の背後から突然声がかかる。

 山崎が振り返るとそこには犬飼がいた。

「げ、犬飼!」

 山崎が天敵の出現に後退る。

 しかし犬飼は山崎の態度を全く気にせず笑顔で話しかけた。

「山崎くんは前回5番目だったよね。今回4番にあがったんだね。おめでとう。お祝いに何か君に贈りたいんだけど、欲しいものはないかな?」

「へ? いや、俺……あんたにお祝いとかもらう仲じゃないし」

「遠慮なんてしなくていいんだよ」

「してないし!」

 犬飼は終始笑顔で、じりじりと山崎との間合いを詰めて接近している。

「ちょ……犬飼、近い近い!」

 山崎が対処しあぐねていると、助け舟が入った。

「わぁ~、王子! まぁた首席ね。すごーい!」

「もうこれで何回目?」

「超天才~」

 複数の黄色い声が上がったと思った瞬間、犬飼はたくさんの女子生徒に囲まれていた。

「え? あ……ありがとう。大したことないよ。ま、当然の結果かな。君たちはどうだったの?」

「私なんか全然ダメ。今度、王子が勉強教えてよぉ」

 突然の女子生徒の出現に最初は驚いていたものの、しっかりと対応するあたり、さすが王子である。感心しながら山崎たち3人はその場を離れた。


 この都内にある私立高等学校・桐葉学院は国内有数の進学校である。且つスポーツにも力を入れ、文武共にトップレベルの高校として名を馳せていた。

 将来はスポーツ選手や医者、弁護士、官僚といったエリートコースを目指す者ばかりで、実際にほとんどの生徒が国内外トップレベルの大学への切符を手にする。

 同系列の大学を持たない桐葉学院に入れば、それらの大学に合格するだけの実力を養えることができると自他ともに認めている。ブランドに頼らない個人能力主義を貫く高校として名高く、定評があった。  


 桜井潤弥――桐葉学院2年2組、バドミントン部部長。成績は常に次席、スポーツ万能で身長180センチメートル。顔はモデル並みに整ったキレイ系の美男子で、女子生徒からの人気が高いが本人は気付いていない。

 相田力――桐葉学院2年5組、バスケット部副部長。成績はトップ3に入り、高い身体能力を持つ身長186センチメートル。肌は地黒でやや浅黒く髪は短く刈っていて、爽やかさと健康的な雰囲気を纏った好少年。

 山崎翼――桐葉学院2年3組、バドミントン部副部長。成績はトップ5に入り、運動が得意。漆黒のサラサラとした髪に縁なし眼鏡がよく似合うインテリ系男子。身長は171センチメートルと若干低め。

 この3人の関係は、それぞれにとって大親友であった。

 相田と桜井は小学生の中学年からの仲で、家が近所ということと、親同士が日本を代表する巨大会社の代表取締役という点から自然に仲が良くなった。両者は勉学にもスポーツにもよく励み、互いに切磋琢磨しながら成長してきた。

 一方、山崎と相田・桜井とは中学生からの付き合いである。中学校で出会った山崎は懐が広く、誰に対しても心優しい性格は皆から慕われていた。その優しさは桜井と相田に対しても例外ではなかった。

 上流家庭のふたりは幼少の頃から嫉妬や下心といった他人の負の感情に度々囲まれていたが、山崎はその傷心を癒す不思議な力があった。そしてふたりに対して差別も優遇も一切せず、裏表のない正直な態度を貫き通す人間性は、ふたりの心を強く惹きつけ、信頼を寄せる数少ない親友となっていったのである。

 犬飼壮司――桐葉学院2年1組、テニス部。成績は常に主席、スポーツは普通レベルで身長180センチメートル。中性的な顔立ちをしており、清潔感が漂うお洒落男子。女子生徒から絶大な人気を誇り、付けられたニックネームは王子。


 「はぁ……、助かった」

 山崎は犬飼から無事に逃れられ、安堵の溜息を溢した。

「犬飼の奴、絶対翼のこと狙ってんな……」

「勘弁してくれ。なんで俺なんだよ。あいつ、めちゃくちゃモテんだろ?」

 山崎は不快さを隠しもせず溜息を吐いた。

「何かあいつと接点とかないのか?」

「接点? そんなものないに決まっ……あ!」

 否定をしようとしたとき、山崎に思い当たる節がひとつだけ浮かんだ。

「結構前だけど……」

 山崎は忘れかけていた出来事を話し出した。


 ――バドミントン部の後輩が熱を出して保健室で寝ていたため、山崎は様子を見ようと保健室を訪れていた。

 扉を開けると、一人の生徒がただ突っ立って膝からだらだら血を流している光景が目に入った。

 山崎はこの生徒と会話をしたことがなかったが、学年の有名人だけに犬飼だということは分かった。どうも養護教諭が不在らしく、途方に暮れているようだ。いつも気取っている犬飼が膝を怪我して半泣き状態という姿はひどく可笑しかった。

「豪快にこけたな。先生いないなら、俺が手当してやろうか?」

「うん……」

 耳を垂れて項垂れる子犬のような態度をする犬飼はまるで小学生だ。自分で何もできないのか、と呆れながら山崎は傷の状態を確認する。

「う~ん、けっこう砂入ってるな。水で洗い流すぞ」

 山崎は水道の蛇口を捻ると、水で傷口の異物を洗い流していく。

「い、痛っ……痛い! もういい」

 犬飼は痛みのため、その行為を嫌がって山崎の腕を掴んだ。

「ガキみたいなこと言うな。これ、ちゃんとやらないと後で泣くぞ。ってか、お前んとこ医者じゃなかったっけ?」

 山崎は犬飼の制止を気にせず処置を続ける。

「ってぇ……」

 痛みに耐える犬飼の手に思わず力がこもる。

「取れたみたいだな。もう痛くしないから、手離せ」

 山崎は優しく話しかけると、犬飼の頭をぽんぽんと撫でた。

 犬飼は宥められて気恥ずかしい気持ちになりながら、心の中に何かあたたかいものを感じた。

 犬飼が素直に手を退けると、山崎は傷口の水分を拭き取り、傷専用フィルムを貼った。そしてその上から手早く包帯を巻く。

「手つきが慣れてる……」

「まぁな。怪我ばっかする弟の専属救護班だったからな」

 山崎は4つ年下の弟の懐かしい過去を思い出し、くすりと笑った。

「ほら、終わったぞ。応急処置だから家で診てもらえよ」

「ありがとう」

 犬飼は嬉しそうに礼を言って破顔した――


 「絶対それだろ……」

「俺もそう思う」

 桜井と相田は確信を持って頷いた。

「そんなことで?」

「翼にとってはフツーの親切なんだけどな。相手が悪かったな」

「確実にその件で犬飼はお前に好意を寄せている」

 頭痛がしてきそうな話に山崎は頭を抱えた。

「どうしたら諦めてくれるかな」

「思い込んだら激しそうだもんな。なかなか手強そうだし、しつこそうだな」

 3人で困っていると、〈キーンコーンカーンコーン……〉予鈴が鳴り始める。

 この話は一旦切り上げることにし、3人は互いの教室に戻った。



 次の日。

 「だから、いらないって!」

「ほんの気持ちだから、気を遣わないでいいから。ね?」

「無理! 困るって言ってんだろ」

 山崎と犬飼の攻防が激化していた。

 犬飼の両手はしっかりと山崎の手を握り締め、その山崎の手にはリボンのかかった四角い箱が納まっている。 「さっさと自分の教室に戻れよ!」

「山崎くんが受け取ってくれたら戻る」

「なっ、くだらない交換条件出しやがって!」

 山崎の席でしばらく続いているこのやり取りは、いつの間にか見物人を呼び、山崎たちを取り囲んでいた。これ以上目立つのはご免だと、山崎がついに折れる。

「わかった、受け取るから。ありがと」

「よかった。気に入ってくれると嬉しいな」

 そう言って犬飼は満足そうに笑みを浮かべ、すんなりと教室を出て行った。

「ねぇねぇ、山崎君。犬飼君から何もらったの?」

 犬飼が去った途端、今度は女子生徒たちが山崎を取り囲む。

 犬飼の人気の高さを改めて思い知るが、それに巻き込まれるのは納得がいかない。だからといって女子生徒たちに当たるのも筋違いだ。山崎は深い溜息をひとつ吐いて、周りを見渡した。

「本気で知りたい?」

「知りたい、ホンキで知りたーい!」

 すでにテンションが上がっている。この状態の女子は厄介である。下手に抵抗するより素直に従うことを山崎は選択した。

 リボンを解き包装紙を外すと、箱が露わになる。その箱に描かれたメーカーのシンボルはあまりにも有名で、中身が何であるかは即座に分かった。

 シンプルな王冠のマークだ。箱を開けると予想通りの品が出てくる。

「うわぁ、これってレレックスっていう高級腕時計じゃない?」

(そうだよ、高校生が持っちゃいけない時計だよ)

「すごーい!」

(すごいというか、むしろ馬鹿だね)

「さすが王子! 他の男子とは違うわぁ」

(大人でもこんなプレゼントはなかなかしないと思うよ)

 山崎は歓声を上げる女子生徒たちにツッコミを入れながら、早く静まってくれることを祈った。


 昼休み。

 いつものように食堂に集まる桜井・相田・山崎の3人。いつもの机にいつもの並びで座ると「いただきます」と声を揃えた。

「翼、女子がある噂で盛り上がってんだけど……」

「あ、俺のクラスも」

 桜井と相田が開口一番に話題を振る。

「ああ、腕時計だろ?」

 山崎はげんなりとして答えた。

「まじ、迷惑なんだけど……」

「あいつ、何が目的なんだ? それで翼とお付き合いしたいとか思ってんのか?」

 相田が日替わりランチを口に運びながら質問する。

「分からない。全く分からない」

 山崎が頭を左右に振りながら答える。

「俺に任せろ。犬飼を大人しくさせてやるから」

 桜井には考えがあるらしく、にやりと笑って片眼を瞑った。

「潤弥~、頼りになるよ~」

 山崎は地獄に仏とばかりに喜んだ。


 放課後。

 部活動に向かう者、帰宅する者、図書室に向かう者、その他個々の目的でそれぞれが足早に教室を去る中、2年1組に珍しく桜井がいた。

「おい、犬飼。面貸せ」

 桜井が睨みつけながら犬飼を呼ぶと、犬飼は黙って桜井に従った。

 廊下のずっと先、人気のない非常用階段の前まで来ると、桜井は足を止めた。

「そんな真剣な顔して、何の用?」

 犬飼もまた桜井に鋭い視線を返している。

「翼のことだが……お前は何がしたいんだ?」

「何って?」

「翼とお友達したいのか? それともそれ以上になりたいのか?」

 桜井は淡々と話を進める。

「なんで君にそんなこと話さなきゃならない?」

「いいから、本当のこと言え」

 威圧的ではあるが意味深長な態度をとる桜井の本心を見極めようと、犬飼は正直に答え始めた。

「それ以上になれたらいい、と思う」

「翼を抱き締めて、キスして、セックスしたいと?」 「せ、せっくす!」

 突然、犬飼はセックスという単語に反応し、顔を真っ赤に染めた。今にも噴火しそうである。

(なんだ、このウブな反応は)

「お前、あれだけモテて遊んでねぇの?」

「わ、悪いか。僕は一途なんだよ!」

「いっがーい! もっとチャラチャラしてる奴かと思ってた」

 桜井が犬飼の意外な一面を知り、あからさまに面白がった。

「笑うな!」

「悪い、悪い。で、したいの?」

「山崎くんが僕のこと好きになってくれたら…………したい……」

(案外、真面目な奴だな)

 犬飼の飾らない誠実な言葉を聞いて、不覚にも桜井は敵意を削がれそうになっていた。

(流されるな、俺)

 桜井は気持ちを持ち直し、本題に入った。

「残念ながら翼はお前を迷惑がっているし、俺はそんなことを考えているお前に翼を渡したくないと思っている。かといって、お前が簡単に翼を諦めるとも思っていない。そこで提案だ。ひとつ賭けをしよう」

「賭け?」

「そう。次の成績順位で俺が主席を取ったら、翼のことは諦めろ」

 犬飼は不快そうに眉間に皺を寄せた。

「賭けの話の前に……今、僕に『山崎くんを渡したくない』と言ったか?」

「ああ」

「そもそも山崎くんは君のものなのか?」

 犬飼は桜井の瞳をじっと見つめた。その視線は「嘘を吐くな」と強烈に主張している。

「…………」

「答えられないのか? 僕は山崎くんに同じ質問をしたとしたらNOが返ってくると踏んでいるんだけど、違うかな? 君の一方的な想いだろう?」

「ちっ…………」

 桜井は核心をついた犬飼の言葉に何も返せない。

「いいよ、その賭けやろうよ。僕が主席だったら君が山崎くんを諦めるんだ。一生、親友のままでいるといい」

 犬飼はさらに鋭い眼光で桜井の瞳を射抜いた。

(こいつ、ここまで翼に真剣だったのか)

「分かった」

「男の約束だ。結果は絶対だからな」

 ふたりは固い決意をしてその場を去った。



to be continued.



最後までご覧下さってありがとうございました!

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マシュマロ −英もみじ−
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