古くからいる家政婦
仕事は、古くからいる家政婦さんの補助、と聞いていた。
でも、秘書氏(名前の漢字が難しくて、自己紹介もなかったので、諦めて秘書氏と呼ぶことにした)
が「くじゃく」と呼び捨てた人は予想と違った。
想像していた姿は、柔らかい雰囲気の祖母のような高齢の女性。
おぼつかない手で家事をするのを、手助けするのだと思い込んでいた。
「孔雀、新しく雇う家政婦です」
秘書氏が、暗く湿った場所にいる黒い影に声をかけた。
ゆっくりと振り向いたのは、年齢は30代? 40代?
髪がキレイだった。束ねた黒髪から白い肌がのぞく。
空気が違う。孤高の意識は誰からも遠い場所にいて、触れられない。
闇夜で羽を広げる孔雀のように美しいのに、その美しさに関心がない。
孔雀と呼ばれた女性は、秘書氏にただ、「わかりました」とだけ答えた。
手元と見ると、漆器を木箱から出して手入れしていた。
小さな貝が埋め込まれていて、青白く光る姿は小鳥のようだ。
螺鈿細工と、昔祖母に聞いたことがある。
「傷つきやすい漆器は、渋柿の渋で染めた布で包んで、虫や湿気から守るんだよ」と。
挨拶をしようと近づいたら、漆器の箱を手にすっと立ち上がった。
慌てて顔を見上げるが、私の方は見ない。箱を手に台所を出ていく。
こんなふうに、周囲を拒絶する人は過去にもいた。
結婚したばかりの夫を亡くした、あの女性。
その女性は、老いた夫の両親を世話したいとそのまま嫁ぎ先に留まり、
しばらく経つと、普通の心境に戻ったように振る舞った。
けれど私は、会うたびに心が苦しくなった。
畑仕事が大変なふり、みんなで食べるご飯が美味しいふり、
桜がきれいと笑うふり、全部が”ふり”で、ああこの人は夫が死んだ時に、心も一緒にあの世に行ってしまったんだとわかった。
夫のために現世でできることをし尽くそうと決めた以外は、関心がない。
孔雀さんはその人にとてもよく似ていた。