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愛の船  作者: 悠木 泉
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悠久の海

 星斗さんが訪ねて来てから、半年ほど経った4月の初め、私は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。以前にも胸が痛んだ事はあったが、その時とは違う感覚。1.2分で治まったが、気になるので、妙子さんに電話する。妙子さんは、都会の暮らしに疲れて、ひと月位前から、私の住んでいるマンションの一階に、医院を開業されている。「すぐ救急車を呼びましょう」と言われ、妙子さんと一緒に乗り込む。

 『狭心症』と診断される。入院はせず、ニトログリセリンの薬をもらい帰宅。無理は出来ないので、時間のある時は、妙子さんが店を手伝って下さる事になる。私は、秘策を使った事が原因かと心配するが、そうではないと、妙子さんは言う。

「多分年齢的なものでしょう。余り、気にしないで。ゆっくり、ゆったり行きましょう」と私の肩をトントンと叩いて下さる。近くに信頼出来る、妙子さんが居てくれて安心だ。家で寝ていても気が滅入るだけだし、なるだけ、普段通り暮らしたい。お店を開け、お客さんに喜んでいただき、朝な夕な眼下の、紺碧の海を見ていたい。

 しかし、この穏やかな生活がいつまで出来るだろうか。近い内に、突然終わるかも知れない。その覚悟だけはして、一日、一日を悔いなく、過ごしたい。

 命の限りが見えたら、誰もが落ち込む。落ち込んで当然だ。

 でも、嘆いたり泣いたりして、病が癒えるなら、いくらでもしたら良い。そんなことをしても、癒えはしない。ストレスが溜まって、よけい良くならない。それなら、なるべく、好きな事や楽しい事をして、面白く生きる方が良い。第一、落ち込んでいる時間が勿体ない。私は、今までしたくても出来なかったこと、どんなに小さな事でも、出来る範囲でしてみたい。

 だから、遠く離れていても星斗さんを愛したい。生きている限り愛し続けたい。

 いつか、私がこの世を去っても星斗さんの心の片隅にでも、生きられるかも知れない。若い彼だから長い時間を生き続けられるかも知れない。誰かの心に生き続けられるだけでも、素晴らしいことなのに、愛するひとの心ならこれ以上の幸福はない。

 5か月後の9月の終わり、私は病室の窓から、すぐ向こうに広がる海を見ている。3年前の今頃、星斗さんとこの海に来た時、ふたりで聞いた、『誰もいない海』の歌詞を思い出す。“淋しくても淋しくても死にはしないと”の所が頭の中で繰り返される。 

誰もいない穏やかな海は永遠に閉じることのない翼を持っている。時には、激しい嵐をも巻き起こすけれど、また、穏やかな顔に戻ってくれる。そこに浮かべた、一艘の舟に身を委ねたい。

 早朝、水平線から太陽が発光しながら姿を見せる。水平線に沿って、左右一対のイエローとオレンジ色の羽根が広がっている。碧い海の面には、オレンジ色の航跡のような光の帯が続く。私はこの朝焼けの海が一番気にいっている。この地球に生を持つ、すべてのものに希望を与えるような朝の光は神々しいくらいだ。とてつもなく大きく、荘厳でさえある。新しい一日が始まる儀式のようでもある。

 私を乗せた舟は、夜明けの海から出発して、見知らぬ国の風景やそこに暮らす大勢の人々を見ながら彷徨って行く。

 海と空の境目がなく一つに繋がる夜。天には、北極星と真ん丸い月が輝く。その明かりを頼りに舟は進む。

 そして、最後には星斗さんのいる国の海にたどり着けたら、どれほど嬉しいことか。

子供たちに囲まれ、慕われて、笑っている彼の姿が目に見えるようだ。

私は見果てぬ夢を今日も心に描きながら、見渡す限りの海を眺めている。   

 最愛のひとの住む国に繋がっている悠久の海を。


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