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愛の船  作者: 悠木 泉
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海辺の町へ

 5月下旬の木曜日、駅近くのカフェで、私は星斗さんと会った。彼は淡いブルーのパーカーを着ていて、やはり

当たり前だが若い。70才だが明るいピンクの花柄のワンピースを着ていった。高齢になれば大方の人が、地味な色を選びズボンをはいているが、なるべく明るく綺麗な色にして、たまにはスカートをはくのもいいと思うけれど。

星斗さんを目の前にすると、恥ずかしくて仕方がない。

好きな人限定だが。

 兎に角、コーヒーとレモンティーを注文して話し始める。子どもの頃の話から最近よく聞く音楽とか、話は尽きず1時間はあっというまに過ぎる。私は久し振りに好きな人と過ごせる嬉しさを胸一杯に感じていた。彼は歩くのもまだ少しおぼつかない私を心配してか、マンション前まで送ってくれる。理由はなんであれ、男性に送られるなんて久し振りの事。急な老化が始まる前でも送ってもらうと、自分は女で、何か守られているようで嬉しかった。

これも好きな人限定だけれど。

 妙子さんの話だと、1時間一緒にいると2つ3つ若くなるという。その計算でいくと10回会えば少なくとも20才若くなる。50才になれば元気だろうし、新しい事も始められるだろう。本音を言えば実年齢の27才に戻りたいが、それを望んではいけない。なぜなら、星斗さんの命に関わるから。私の為に力を貸してくれる彼を危険な目に遭わせられない。

 退院してすぐ、私のマンションで妙子さんがした、大事な話を思い出す。私と同じ薬を飲み同じように急激な老化に見舞われた妙子さんは若返る為に恋人の協力を得る。 そして、75才から本当の年齢である30才に戻れたが、短期間に45才も若返ったために、無理をした恋人は身体を傷め亡くなってしまったのだ。妙子さんは「私が彼を死に追いやったの。元の自分にもどって、元通りの彼との生活をしたかった。そして、何より彼に女として愛されたかったんです」

目に涙をいっぱいためながら、胸の内を話してくれた。

「美月さんには私と同じ苦しみや、一生続く後悔はしてほしくない。」と続けて。

 初めて妙子さんに会った時、何歳まで、若返りたいかと聞かれ、私が27才に戻れなくても良い。そこまで願うとバチが当たりそうと答えたので、例の秘策を教えようと思ったと言われた。「あなたは本当に賢明な方。私はバチが当たってしまった 」妙子さんの言葉が胸に染み付いている。

 星斗さんとは、彼のお休みの、都合の良い時間に会うことにしている。ちゃんと、会う時間をつくってくれることに、心から感謝している。彼の体調が気になるので、定期的に妙子さんが検査してくださり、今のところいたって健康との事。「僕は健康ですしそこそこ身体も鍛えていますから、美月さんにエネルギーを分けても大丈夫です。それにもし、老いてきてもすぐにとり返せると思います。」星斗さんの私を元気付けようとする、優しさ、頼もしさに、泣きそうになる。いつも、カフェやレストランではつまらないからと、その日は彼の車で近くの海に出掛けた。私は今、55才くらい。だいぶ若くなっている。見た目も身体的にも。老いる前に買った白い、半袖のレースのブラウスとグレーのパンツにした。星斗さんも白いTシャツにライトグレーの薄手のトレーナー。色が白い方なので、淡い、優しい色が良く似合ってとても素敵だ。私は時々でも愛しているひとと一緒にすごせて本当に幸せ。海に来るなんて久し振りのこと。子どもみたいに、9月の海の水に足をつけて、はしゃぐ私を彼は笑って見ている。こんな、なにげないことをしてみたかった。自分の側に大好きな人がいてくれるなんて。このまま時間が止まって、今の幸せがつづいてほしい。あと2回会えば、望んでいた50才になる。しかし、それは星斗さんとの別れを意味する。今日が最後という日に、この間来た海に来る。星斗さんが何処か行きたい所はないかと聞いてくれたので同じ海をリクエストした。9月の終わりの海はまさに「誰もいない海」懐メロの番組で聞いていいなとおもった曲。星斗さんは知らないので、スマホで検索してふたりで聞く。聞きながらだんだん哀しくなってくる。もう、彼に会えなくなる。分かっていたが、いざそのときが来ると、胸の底から淋しさと哀しさが汲み上げてくる。

 妙子さんの検査の結果、私は47才、星斗さんは25才のままで二人とも健康状態は良好とのこと。23才も若くなれて嬉しいのは言うまでもないが、何より嬉しいのは彼になんの心配もなかったことだ。別れ際、「今の年齢で良ですか?僕なら大丈夫だから遠慮せず言って下さい」星斗さんはそう言ってくれたけれど「有り難うございます。もうこれで十分です。お気持ちとても嬉しいです」と答える。「そうですか。ではまた何かあれば、いつでも連絡して下さい」そう言うと星斗さんは、爽やかな笑顔を残して、澄む秋空の下を去って行った。その後ろ姿に、有り難うの言葉を何度も重ねた。

 妙子さんから、思わぬ申し出があったのはそれからしばらくしてのことだった。「美月さん、私の亡くなった母がやっていたカフェを引き次いで頂けないかしら。小さい店だけど、小高い丘の上にあって海が見渡せるの」

 47才まで若くなれたのを機に新しい事を始めたかったので、願ってもないお話。間もなくして私は住み慣れたこの街を離れて、海辺の町に向かった。希望を両手いっぱい抱えて。

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