不思議な老婆
5月のゴールデンウィークが終わったあと、用があり電車で一駅の隣の市から帰って来た時だ。急に胸が苦しくなりホームの椅子に座りこむ。少し休めば治まるだろうと思ったが、ますます苦しくなる。冷や汗まで出て来て身体を屈めていると、通りがかった人が声を掛けてくれても声か出せない。直ぐに来てくれた駅員さんが救急車を呼ぶという。心配そうに側に付き添ってくれる駅員さんと到着を待つ。ほんの数分なのに長い時間のような気がする。ストレッチャーに乗せられ救急車へ。そして、病院へ。
名前と年齢、住所はなんとか救急隊員さんに伝えたが、実年齢は言えないので、70才と言うしかない。保険証は持っているが、今の状態を治すための病院通いだからそれは使える。しかし、ここでは使えない。
身元を証明するものがないので、妙子さんに相談してのりきった。
血液検査、心電図、CTまでとりやっと病室へ入る。検査結果は、芳しくなくしばらく入院と告げられる。
今までずっと健康だったけれど、70才なら色々出て来て当然なのだろう。特に心臓が弱っているという。本当に情けない。まだまだ元気な年齢なのに、心まで70才になってしまう。
翌朝から点滴が始まり安静にしていなければいけないので、トイレに行く時ぐらいしか動けない。やはり、動くと疲れる。仕方なくベッドで横になっていると、看護師さんが来て血圧や体温など計りにくる。その後、朝食。持って来たのは若い男性。看護師さんかと思っていたら違うらしく救命士だという。それが私と星斗さんとの出会いだった。以後、彼が私の世話をしてくれることになるのだが、困ったことに彼は私の好きなタイプ。背が高く、イケメンで格好良い人で、はっきりいって一目惚れだった。本当は27才の私にとって星斗さんにお世話になるのは、恥ずかしい面がある。第一、何よりこの年老いた醜い顔、姿を好きになってしまった彼に晒さなければいけないことだ。本当に70才であったとしてもそれは哀しい。何歳であっても女性なら同じだと思う。ましてや、私は27才。今更ながらこの運命を呪いたい。誰もいない夜、ベッドの中で泣くしかない。星斗さんはいつも穏やかでとても感じが良く、しっかりご自分の夢や目標を持ち、その実現に向かって頑張るひと。色々話す中で私はそう感じた。今まで好きになった人はいたし、結婚を考えもした。一人は転職を決めていて、まだ結婚は出来ないと言う。出来るまで待つと言ったが、「その時君とするかどうかわからない」と言われあきらめた。二度目は、出会ってたった10日で結婚を二人で決めたが、相手の父親が、嫁は地元から貰えといいそのために結局、結婚は白紙にもどった。その後はお付き合いや結婚を申し込んでくれる人は何人かいたが、皆良い人だけれど好きにはなれなかった。私は好きではない人とはお付き合いも結婚もしたくない。
そんな私が久しぶりに恋をした。星斗さんとは本当は年が近いから話しが合う。「学生の頃はどんな感じでした?」と尋ねると、「普通かな。部活のあとに、サッカーをしていたんですが、帰りに友達とコンビニでコーヒーを飲むのが楽しみでしたね。」「私もです。私は文芸部で下手な詩やエッセイ、たまには短い小説を書いたりしていて、帰りに友達とコンビニに寄ってコーヒーとドーナツをいつも食べていました。」そう言うと、星斗さんは少し変な顔をしている。「その頃見た映画とかありますか?」と聞いてくる。「そうですね」少し考えてから「アナと雪の女王」と答える。「確か主題歌も流行りましたよね」「ありのままで」と言うとますます困惑した表情だ。その時、私はしまったと思った。70才の人の学生時代に、コンビニコーヒーもないし、まずコンビニ自体なかったはず。おまけに、まだ公開もされていない映画を言うなんて。おかしいと思われて当然だ。高齢者に話してくる若い人は早々いないし、話しかけてくるのはお年寄りばかり。彼女達の話しは大抵同じで、まずは健康状態から。
ここが痛いとか、ここが調子良くないとかから始まり、次は年老いた旦那さんへの愚痴、続いて子供や孫の自慢話。笑って相づちは打つが私にはピンとこないし興味もないし、ましてや楽しくなどない。
だから、久しぶりに同年代の星斗さんと話せて嬉しくて、見かけが70才である事を忘れてしまったのだ。喉元まで出掛かっている。本当は27才で、あなたより年上だけど、たった2才だけだと言いたい。でも、言えない。
言いたいけれど言えない....。




