↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/197

第94話 鏡

 最初は骨だと思った。

 硬い何かに剣が触れた。

 

 人型の巨人であるなら、人と同じ骨格を持っていてもおかしくはないけど。

 何の問題もない。

 竜炎が全て焼き尽くしてしまうから。


 太陽にも等しい灼熱が巨人の肉と骨を溶かし、アイリーン王女の宿る心臓を剥きだしにする。

 丸まって眠っているのか、それとも血液みたいにドロドロになっているのか。

 

 いずれにせよ俺の仕事はそこまで。

 あとはスクゥアが──


「うっ⁉︎」

 強い衝撃が手首から腕、そして肩にまで伝わる。

 全身が痺れて強い耳鳴りがして。


 向こうから突き刺すような光が差す。

 鈍い痛みに目を閉じて、かろうじて薄く開くと宝剣にまとわせた炎が拡散していた。


 まるで暗い洞に吸い込まれていくように、炎は刀身から渦を巻いて離れていって。

 掻き消えていく竜炎の向こうに、“影”が見えた。


 ゆらゆら揺れる影は幽霊(ゴースト)みたいに輪郭がぼやけていた。

「……ん」

 水面に石が投げこまれたみたいに、記憶が波紋を起こして。


 目をこらして正体を見極めようとするけれど。

 それはまるで、黒(・)い(・)炎(・)のようで──




 気づくと滑らかな光沢が目の前にあって、まるで鏡みたいに俺の姿を映し出していた。

「ああ……」


 それが銀(・)碗(・)の(・)一(・)部(・)だとすぐに悟る。

 ナゥザの銀甲はおそらく自在に体内を移動できる魔道具。

 心臓を守る硬い盾──“壁”となって、竜炎を防いだのだ。


 全力の一撃をこうも簡単に止められるなんて。

 そんなのもう、どうしようもないじゃないか。


「……ここまでだ」

 そう思うと体から力が抜けた。


 手にした黄昏の陽(オーラスラフ)が急に重くなって、体の横にだらりと垂れた。

 初めから俺の実力にはつり合わない、分不相応な重荷だったみたいに。


 銀の鏡に俺の姿が映っている。

 敗北を受けいれ肩を落とした男が。


《カイル……》

 消沈を感じとって、イアの声も弱々しい。


 まぎれもなく最強の力をもつ竜精(ドランシー)。

 俺にはイアの潜在力(ポテンシャル)を引きだしきれなかった。


 結局アイリーン王女の願った通りになるのだろう。

 彼女は確固たる信念を持って運命に従い、そして事を成した。

 この銀甲のように硬く揺るがない意思で。


 一体、誰に抗うことができるというのだろう。

 ……。




《カイル!》

 不意に体が勝手に動いた。

 白鳥から振り落とされそうなくらい横に傾いて。


 イアが俺の体を動かしていた。

 その意図を探って、銀の鏡の赤黒い輝きに気づく。


「──」

 それは竜(・)炎(・)。

 全てを焼き尽くす、神の力。

 

 考える前に鞍に飛び上がる。

 そして白鳥の脇を強く蹴ると、彼女は悲鳴を上げて離れていった。


 空中で不安定な姿勢をとりながら、俺は剣を構える。

 眼前にははね返された竜炎が迫っていて。

 血のような赤と地の底のような黒が混じり合う様は、まるで地獄。




 ──



 

 熱くはなかった。

 熱さなんて、感じる余裕もなかった。


 ただ、何もできない。

 体がぴくりとも動かない。

 

 みんなそうだったのだろう。

 運命を前にして、為すすべなく燃え尽きていったんだ。




 苦痛なき死。

 それは幸せなことなのかもしれない。


 これは“導きの炎”。

 どうか彼らを、“安らぎの地(ティルナノグ)”へと──




 ……。




□ □ □




 白鳥が崖を滑るように弾きだされて。

 カイルが炎に包まれ、海に落ちていった。


 巨人の胸にチラチラ瞬く光が見えた。

 鏡のように滑らかな銀甲。

 あれが、カイルの炎をはね返したのだ。


 杖を掲げたまま私は動けなかった。

 声を上げることさえできなかった。


 信じられなかった。

 彼なら大丈夫って、考えることをやめてしまっていた。


 胸騒ぎはしていたのに。

 不安はいつでも、私の背中に張りついていたのに。


 想像するのが怖かった。

 彼にもいつか、敗れる日が来るんじゃないかって。

 そして私のそばから、永遠に消えてしまうんじゃないかって。


 幸せはいつも不安と一緒。

 幸せであればあるほど、失うことが怖くてたまらない。


 ──俺はこれからもディーネの傍にて、彼女を守ります。


 あの夜、偶然耳にしてしまった彼の言葉。

 心臓の鼓動が止まらなくてその後眠ることができなくて。

 一度眠って目を覚ましたら、全てが夢だったなんてことになってしまわないかって。

 そんな予感を、今までずっと押し殺してきて。


「……カイル」

 星の燃え滓みたいな黒い塊が、チカチカと弱く瞬いた。

 まるで別れを告げているみたいに、私の耳奥にあの優しい声が聞こえてきて。


 そのまま、青い波の中へと呑まれていった。




□ □ □




 爆炎は島の高台からもよく見えた。

 そしてわずかな膠着ののち、同じ炎が巨人の胸部から放たれた。


 豆粒のようにしか映らなかったが、カイルであるのは明らかだった。

 竜の炎をその身に受けて、炭のように黒焦げた体が海に落ちていく。


 敗れたのだ。

 大蛇を前にして一歩も引かず、命を賭した一撃で敵を仕留めた戦士が。

 自然の化身たる獣を、正面から力でねじ伏せた最強の剣士が。


 なぜだろう、私はひどく落ち着いていた。

 また仲間を失ったというのに。

 私の願いに応えようとしてくれた、勇敢な男が消えてしまうというのに。


 納得してしまったからだろう。

 最強の竜を宿す戦士を殺すのは、同じ竜の力だと。

 アイリーンが思い至らないはずがない。


 いったい、あの巨人にはどの程度まで彼(・)女(・)が表れているのか。

 わからないが、全て理解した上で方策を講じたに違いない。

 抜(・)か(・)り(・)など、あるはずがないのだから。

 ……。



 “運命には抗えない”。

 あの女──スクゥアの言った通りになった。


 一体何者なのか。

 カイルのことを知っている様子だったが。


 彼の過去や、ともすれば未来さえも見通していたのかもしれない。

 だが、今となってはどうでもいいことだ。


 竜の戦士(ドラグナー)の旅路はここで終わった。

 やがて訪れる新たな時代に、我々は彼を英雄として語り継ぐだろう。


 ……だがディーネは。

 彼女は、カイルの死を受け入れられるだろうか。

 私がエリーシャの死を長く引きずったように、先の見えない暗闇の中に囚われてしまうかもしれない。


「カイル」

 止めるべきだったのだろう。


 アイリーンへの思いを断ち切って、全てを彼女の思うままに任せて。

 無謀な戦いになど、仲間を送りだすべきではなかった。


 ……。


 だが思うのだ。

 

 たとえどんな選択したとしても結局。

 結局、こうなっていたのではないかと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。