第7話 精霊殺しの精霊契約
「俺は、精霊殺しだ」
イアの目を見て俺は言った。
話をする彼女の姿勢から、その“本気”は伝わってきた。
俺も、正直に答えなければならない。
「契約したところで、いつか必ず君を死なせる。俺自身には抑えられない炎が、精霊を焼いてしまう。今までずっとそうだった。俺を信じて、俺に期待してくれた精霊たちを、俺は自分のせいで焼き殺してしまった。力を、衝動を抑えられなくて、彼らを不幸にさせてしまった」
いいかげんもう、そんなことを繰り返したくない。
自分が受けてきた悲劇を、他人にまで与えたくない。
「だから──」
「大丈夫」
イアが言って、俺には見えない俺の顔に手を伸ばした。
「私は“竜”の精霊。竜は最も力ある存在。いかなる炎も、私を焼くことはできない」
だからと言って。
「……“炎の精霊”と契約したことがある。自信満々な奴だったけど、結局俺に愛想を尽かして消えて行ったよ。俺の炎は、炎さえも焼き尽くすって」
けれどイアはひるまない。
にっと微笑んで、胸を反り自慢げに言い放つ。
「知ってる? 炎の精霊は、竜から生まれたんだよ!」
「……」
「それに、一度仮契約したって言ったでしょ? あの一瞬で、あなたは私の力を引き出して、獣に向かって炎の一撃を放った。確かにもの凄く熱かったけど、ほらっ」
イアは裸の体を大きく広げて見せる。
傷のない肌は、生まれたままの姿のように白く滑らかだ。
「私、全然大丈夫だったよ!」
「う、うん……」
俺はうなずきながら視線をそらす。
精霊が人の姿をとるとき、その形状には様々な要因が絡み合うという。
精霊自身が望む形、人から望まれる形、持って生まれた性質・能力、場所や環境……等々。
彼女はどうなのだろう?
幼くあどけない少女の可愛らしさを持っていて、胸元にもすこしのふくらみが見える。
控えめとはいえ、至近距離ではなかなかに悩ましい。
……これが俺の欲望の形だとか言われたら、恥ずかしすぎる。
とにかく、彼女が俺の力に耐えられるのは確かなようだ。
それは俺にとって限りない幸運だ。
彼女と契約し竜の力を得て、それを自在に使いこなせるようになれば、俺は最強の戦士になれるかもしれない。
来たる戦乱の時代の中で、英雄へと──
「ドキドキしてる?」
イアがいたずらな笑みを浮かべている。
ここは俺の“中”の世界。
高揚感はすぐ彼女に伝わる。
「あ、いや……」
きまり悪く頭を振った。
「本当に俺でいいのか? 偶然出会っただけの男だぞ。どうしてそんなに俺にこだわる?」
問うと、イアは途端に戸惑ったように首を傾げた。
「うーん、どうしてだろ……」
特に理由はないのだろうか?
本当にたまたまそこにいる、契約者の素質がある奴に声をかけただけなのではないか?
そう言うと、イアはぶるぶると首を振った。
身体に動きに応じてしっぽが揺れる。
「それは違うよ! 私は、あなたに契約して欲しい。それは自分でも分かってる。私の中の“直感”がそう教えてる。精霊ってほとんど直感でできてるんだよ。私がそう感じたってことは、絶対そうだってことなんだよ!」
そういうものか。
まあ精霊が直感的、というのは分かる。
「はっきりしたことは自分でもよくわかんない。でも、一度あなたの中に入って分かった。私はあなたがいい。あなたじゃなきゃだめ」
イアは更に顔を近づけてくる。
心地よい香りを幻覚する。
それとも竜が持つとされる、金属的な錆びの臭いだろうか。
「……いいんだな?」
「そう言ってるでしょ?」
イアの大きな瞳が、優しく俺を見つめる。
何だろう、この感覚は。
幼い少女のようでいて、まるで全てを包み込むように温かい。
俺がかつて失いずっと求め続けてきたものに、それは似ていた。
決意とともに、俺は契約精霊に向けて告げる。
「俺はカイル・ノエ。大地に生まれ、力を求める者」
竜の精霊はそれに応じる。
「私はイア。父なる竜の夢よりいでし、最後の“竜精”」
精霊契約に決まった手順も言葉もない。
長ったらしい文句を並べるのは、人の世界における儀礼。
大切なのは通じ合うこと。
人と精霊が互いを信じ、求め合うこと。
俺たちの間に、言葉は必要ない。
黒に覆われた精神世界が、光で満ちる。
俺とイア、二人の体から霊光が放たれる。
それはしるし──“誓い”の証。
──契約は為された。
精霊殺しと、竜精との契約が。
「面白かった」「続きが気になる」など思ってもらえたら、
下にある評価やいいねを入れていただけると嬉しいです。
ブックマークなどもよろしくお願いします!