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第50話 騎士団長の依頼

 少し間をあけて、ファーガスを乗せた荷馬車が後ろについている。

 さすがにあの巨体で相乗りは難しくて、それなら荷物ごと運ばれようと自分から申し出たのだ。

 ディーネのメイド、フィオネが同乗しているけど様子はどうだろう?


「私もついてきてよかったのかな」

 曇り空を眺めながら、ディーネがぽつりと洩らす。

 呼ばれたのは俺とファーガスだったけど、ディーネたちの同行も許可してもらったのだ。

 

「もちろんだよ。むしろ来てくれないと困る」

 頼りになる魔法使いとしてはもちろんだけど。

 彼女と離れたくない気持ちの方が大きかった。


 ディーネに重傷を負わせてしまい、フィオネから絶縁を告げられたときのことは痛いくらいに覚えている。

 もう一緒にいられないのかもしれないと思うと、魂が抜けていくような虚脱感に襲われて。

 出会ってからの短い間に、彼女は俺にとってそんなにも大きな存在になっていた。




「……どうしたの、カイル」

 気づくとディーネがちょっと()()()いた。

 いつの間にか彼女に熱い視線を送っていたみたいで。

 ほんのり赤く染まった表情がやっぱり、とても可憐だ。

 

「あ、いや……ディーネは大切な仲間だから、置いて行くなんてできないよ」

 まったくの本心だけど、気恥ずかしくて視線が斜めにそれる。

 

「そっか……うれしい」

 ディーネは両手を胸の前で組んではほどきを繰り返した。

「仮に置いてかれても、こっそり追いかけてたと思う」

 

 そうなの、と驚くと、ディーネはくすりと笑って。

「だってカイル、言ってくれたでしょう。“俺はこれからも、君と一緒にいたいんだ”って」


 胸がどくんと破裂しそうなくらいに跳ねて、息ができなくなる。

「だったら“仲間”として、私はそれに応えないとね」

 薄く染まったままの頬に、いたずらな微笑が浮んでいた。

 

「ありがとう」

 俺もなんとか笑顔をつくったけれど。

 鼓動が止まらなくて背中に汗がにじんでいた。

 

 ……あの日、扉の前で彼女に向けた言葉は嘘じゃない。

 俺は本当に、これからも彼女と一緒にいたい。

 そしてもし、彼女も同じ思いだったとしたら──


「カイル……ねむねむ……」

 寝ぼけ声に、止まっていた息が一気に洩れる。

 イアがいつ間にか、俺の膝に頭を乗せて眠っていた。




□□□




 ディニム・グレイオール。

 騎士団長はそう名乗った。


 そして自身が“王家の騎士(キングスナイト)”であり、ロンゴード領主の元に”駐留騎士(ウォッチャー)”として派遣されていたことを明かした。

 事情あって、近日に王都へ戻るのだという。


「我々とともに来てほしい」

 ディニムは小さく頭をさげて、後ろの従者たちも倣った。

 



 俺は自分の部屋に戻り、ファーガスとともにディニムの話を聞いた(ディーネは気を利かせて席を外した)。

 従者たちが入れないくらい狭い部屋だけど、密やかな話にはちょうどよかった。


 話を簡潔にまとめると──


「初夏の祭礼、“目覚めの夏(ベルテーヌ)”で王族が一同に介する伝統の儀式が行われる。ディニムの仕える王女も列席するが、彼女の命が狙われる可能性がある。儀式が無事に終わるまで、護衛として王女を護ってほしい」


 ──ということ。


 その王女には特別な力があり、将来の女王候補として脅威に思う者たちが彼女の暗殺を企んでいる……かもしれないと。

 いきなりすべてを明らかにするはずはないだろうけど、ずいぶんと曖昧な話だった。

 

「君たちはあの大蛇をみごと討ち果たした。我が主を守るためにその力が必要だ」

 窮屈な部屋の中でディニムはまた頭を下げた。

 

 冒険者なら“騎士は傲慢で差別的”というのが共通の了解だけど、少なくとも彼からそんな印象は受けない。

 湖でともに戦って、優れた能力や人格も目にしている。


 だからというわけではないけど、俺は申し出を受けた。

 あとでディーネに“お人よし”って呆れられたけど、もちろん俺だって馬鹿正直に人助けしたいと思ったわけじゃない。

 

 権力闘争の渦中にいる王族が、“竜精(ドランシー)”の契約者に接近を図った。

 それに手を貸すことの意味。

 気ままな冒険者生活とはわけが違う。

 

 けれど王族と接触できれば、間違いなくこの世界の()()()()()()()に近づける。

 王家は大陸最古の一族。

 神話では大陸と一緒に生まれたとされていて、さすがに眉唾だけども。

 

 力を貸せば、通常知りえない秘密に触れられるかもしれない。

 “安らぎの地(ティルナノグ)”への手がかりを得られるかもしれない。

 ロンゴードでの情報収集が手詰まりになっていたこともあって、まさに降って湧いた機会(チャンス)だと思ったのだ。




「なぜ私も呼ぶ」

 ファーガスは俺の選択を尊重しつつ、疑問を投げた。

「こんな()()()の私に」

 

 眷属(トゥハナ)との戦いで長く貯めてきた力を使い果たし盾も槍も失った。

 奥儀と秘宝(モノリス)の影響で肉体も相当衰えてしまったと、ファーガスは俺に明かしていた。

 精霊のクローガンも、一向に力が戻らない。


 ディニムはしばらく沈思すると、今は詳細を話せないが、と断って。

 

「“マクルアン”とだけ、この場では」

 

 ファーガスの顔がわずかにこわばる。

 それから「なるほど」とだけ答えて、それ以上は問わなかった。




 出発の日時を告げるとディニムは部屋をあとにした。

 俺は尋ねていいものか迷っていたけど、ファーガスの方から口を開いて。

 

「隠していたわけでないが、問われなかったからな」

 そう言って、申し訳なさそうに眉を下げた。

「“マクルアン ”とは、私の()だよ」


 ファーガス・マクルアン。

 それが、彼の本名(フルネーム)だった。

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