第49話 流れ
「東部には森と沼地が広がって、薄気味悪い魔物と遺跡には事欠かなかった。古戦場跡も多くどこに行っても何かの伝承があってな、仲間たちと当たっては砕けを繰り返したよ」
ファーガスの話を聞いていると頭の中に情景が浮かんできて、まるで自分も一緒に旅をしているかのようだった。
「“巨人の拳”と呼ばれる岬の大岩はなかなかの見ものだったぞ、残念ながら巨人はいなかったがね」
緩急のついた話しぶりに、俺は自然とひきこまれていた。
気がかりはエリーシャのこと。
ファーガスの旅には常に彼女の姿があって、辛い記憶を思い出させてしまうのではないかって。
けれどファーガスは終始弾むような声で話してくれた。
まるで大蛇との戦いで自分の“全て”を出し尽くし、心までも軽くなったみたいに。
「もっと早く聞いておけばよかった。ファーガスさん普段あまりしゃべらないから話聞く機会なくて」
耳を傾けるディーネも楽しそうだ。
「私も話すのは決して得意ではないからね」
「そんな、すごく面白いのに」
笑顔の二人の間に通い合うものがあった。
亡くなったエリーシャはディーネの姉であり、ファーガスにとっては恋人だった女性。
互いにとって大切な存在だけれど。
俺の知る限りで二人がエリーシャについて話していたことはなかった。
ファーガスには自分から打ち明けるつもりがなさそうだし、ディーネの方も何かを察している素ぶりも詮索する様子もない。
きっと、それでよいのだと思う。
「……おじ」
ディーネの体からのそのそと、小さな精霊が顔を出す。
「おはようエリィ。起こしてしまったかな」
「んん」
ファーガスが声をかけると、エリィは首を振って寝ぼけ眼を懸命に開いた。
□□□
「まだだめだと、エリーシャに叱られたよ」
起き上がれるようになった頃、ファーガスは俺に言った。
「本当はあの場で死ぬつもりだった。魂はすでに抜け殻で溜めこんだ力も全て吐き出して、もう十分だろうと」
彫りの深い貌に刻まれた陰翳がどこか和らいでいて。
「不思議なものでな。エリィを見ていると、それでもまだ生きようと思うんだ」
エリィはディーネの“分け身”であって、エリーシャの“生まれ変わり”ではなかった。
エリーシャの記憶や力を受け継いでもいない。
エリィは、エリーシャではなかったけれど。
「ディーネがエリーシャと血を分けた姉妹だということももちろんあるだろう。だが重要なのはそこではないんだ」
エリィを通して自分がエリーシャに繋がっていると、ファーガスは言った。
それは目に見えないけれど確かにそこにあるもの。
体でふれあえなくても互いが重なり合っていると思えるもの。
「あの世でエリーシャが待っているとか、霊魂を近くに感じられるとかではなくて、もっと奥底の──この世界の根本のところで、私たちは繋がっているような気がするんだ。そしてエリィが私にその“道”を開いてくれた……そう思うんだ」
自分でもうまく言えないのだがね、とファーガスは照れ臭そうに首を振った。
そんな“盾”の姿が俺にはとても新鮮に映った。
生まれ変わったのはエリーシャでなくて、ファーガスの方だったみたいに。
□□□
エリィは宙をふわふわ漂ってファーガスの背中に乗る。
広い背中がお気に入りみたいで、そのまま寝てしまうこともあった。
「実体化にも慣れてきたかな」
肩に置かれた小さな腕を、ファーガスは厚い手のひらで包んでやる。
背中に顔を伏せたままエリィはこくりとうなずいた。
二人の間に言葉は少なくて、けれど確かな絆が通っていた。
お互いに強い意味を押し付け合うことなく、それでいて大切な存在だと意識して。
その内心を俺が理解できているなんて思わない。
それでも目に映る二人の姿はとても素敵で。
俺も自分の精霊と、こんな関係を築けたらなんて考えてしまうけど。
……。
「エリィちゃん、おはよー!」
穏やかな空気をざわつかせる元気な声。
まったく、こいつは。
イアはファーガスの背に回って、エリィを横から覗きこむ。
「ん」
エリィはイアを一瞥しただけでまた顔を伏せてしまって。
「む~」
そっけない対応にイアがしゅんとするのも見慣れたものだった。
エリィが生まれてからイアはどうにか彼女と仲良くしようとするけれど、あまり上手くいっていない。
「イアのことは“お姉ちゃん”って呼んでね」
繰り返し言っても、今のところ呼んでもらえる気配はない。
それでもへこたれることなく、イアは毎日エリィと交流しようと頑張っていた。
「エリィちゃん、あそぼー」
「……」
「う~」
あまりしつこいと嫌われるからなぁ……時には引くことも覚えたほうがいい。
それでも当初よりはエリィの態度も柔らかくなって。
イアは全身から興味と好感を放っていたから、少しずつエリィもほだされていた。
イアが分けるお菓子を受け取ったり、ときどきは玩具で一緒に遊んであげたり。
やれやれ、どっちが“お姉ちゃん”か分からないな。
なんにせよ、イアに友だちができるなら俺としても嬉しい。
……いよいよ親目線になってきた気がする。
これからどこに向かうかという話。
ファーガスの体験談を元に、俺はめぼしい場所を地図に印していった。
ファーガスの冒険は大陸の東半分が多くて、自然と地図の右側が埋まっていく。
魔物が闊歩する廃神殿や地下迷宮、神話の伝説が色濃い古戦場跡や自然景勝、精霊の住む森に霊山……。
どこも神話時代の記憶が残り強い霊力が宿っていそうだし、景観も魅力的みたいで俺個人としては行ってみたいけれど。
ただ、それらが“安らぎの地”に繋がるようにはどうにも思えなかった。
「私ももう少し記憶を整理してみよう。急がずじっくり考えるといい」
考え込む俺に、ファーガスはそう言ってくれる。
「どのみち、完全に回復するまで旅はできないからな」
「……ありがとうございます」
ロンゴードに来て、ディーネとファーガスに出会えた。
これ以上はないくらいに素晴らしい収穫だった。
□□□
物事には流れがある。
ばあさんの教えを証明するみたいに、それは俺たちの意思と関係なくやってきた。
前日に完治を告げられて、療養所を出る支度をしていた時だった。
外套を纏った男は数名の従者とともに部屋を訪れて、ガサ入れでもするように素早く室内を見渡し、それから俺に向いた。
「カイル・ノエ、そしてファーガス」
鎧は脱いでいたけど、声を聞いてすぐに分かった。
「我々に力を貸してほしい」
騎士団長は言って、腕を胸の前に掲げて礼を示した。
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