第46話 願い/決着
ファーガスの槍から光が放たれ、蛇の球体を真っ向迎え撃った。
紫と灰、二つの力が宙でぶつかり合って閃光と突風が巻き起こる。
衝撃に呑まれないよう踏ん張って、剣に力を溜めた。
力の応酬の中ファーガスは腰を落としたまま眷属の破滅球を宙に押しとどめている。
鉄のように硬く、岩のように揺るがず。
そこには盾そのものになった男がいた。
“滅・反魂盾”──おそらくは長い年月蓄えた力をひとところに解放する技。
放たれた光は幾たびの戦いの記憶──守り、屠り、手に入れそして失ってきた全て。
自分の中にある何もかもを、この一瞬に吐き出して。
ファーガスの体が薄い靄に包まれたようにおぼろげに見える。
その巨体がどこか薄くなっているように感じられて。
目を凝らして、気づく。
すり減っているのはファーガスの“魂”──存在それ自体。
《おじちゃん!》
イアが動揺する。
この戦いの果てにある未来を視て。
「ファーガス──!」
“盾”はもう呼びかけに応えない。
切り札の解放こそが答え。
球を正面から受けられ、蛇が追撃の白線を放つ。
けれどファーガスが立ち続ける限り攻撃は通らない。
三枚の板が光を吸い込んでまた少し”盾”の気配が薄くなる。
このまま攻撃を受け続ければその存在は消えてなくなる。
文字通りの“全て”をなげうって──自分自身を懸けて、ファーガスは俺たちを守っている。
心臓が締めつけられる。
盾の奥儀とは“犠牲”。
ファーガスは今、その身で示していた。
凄い人だ。
とてつもない人だ。
短い間に、俺はこの人からどれだけのことを学んだだろう。
どれだけ背筋を正されただろう。
胸の痛みが最後の一押しをする。
応えなくては。
その想いに。
託されたものに。
──
炎が噴き上がる。
剣だけじゃない。
全身が竜炎に包まれていく。
永い眠りから目覚めたみたいに“神”の力が立ち上る。
脳裏に過る影。
それはイアから伝わる記憶。
曖昧なのに畏れに満ちていて。
抗えない力で俺を支配する。
眠りについた地下深く。
見通せないほどの闇の奥から声が届く。
焼き尽くせと、俺に命じる。
纏うは神炎、放つは獄炎。
呼び起こす。
いま、ここに。
□□□
光が見える。
光しか見えない。
もはや敵と味方の区別もなく。
私の前には光だけがある。
体が軽くなって、地面から離れていく。
このまま空へと浮んでいって、あの場所へ。
ずっと焦がれていたところへ。
私を連れて行ってくれ。
周りに展開した三枚の板。
エリーシャを失った遺跡で見つけた秘宝。
己の生命力を代償にあらゆる攻撃を受ける、太古の魔具。
私のために存在していたかのようだ。
きっといたのだ。
自らと引き替えに仲間を守った“盾”が、神話の時代にも。
その末席を汚せるのであれば、これ以上の喜びはない。
よくやったと、私を褒めてくれ。
大の男が情けないが。
君がそう言ってくれるだけで、私の生に意味はあった。
答えてくれ、エリーシャ。
そこにいるのなら、手を伸ばして欲しい。
あと一息、私の体を引き上げてくれ。
......
............
.................
《第九階》
──まだ
さあ
──だめだよ
《魔光螺旋渦》
──あなたは
いくよ
──まだ
「《二重詠唱》!」
□□□
突如背後から放たれた極大魔術に背筋が粟立つ。
渦巻く魔力の光線が二本、勢いよく前方に飛んで。
眷属の球体に突き刺さった。
「──ディーネ!?」
あんな術を撃てる魔法使い、一人しか知らない。
振り返って、光線の発端にはあわただしく駆ける馬とその上に乗る二人の姿。
「まじやべぇってこれ! 死ぬ、死ぬ、ぜってぇ死ぬ!」
手綱を握るのはケルマト。
悲鳴を上げながら顔をくしゃくしゃにして今にも泣き出しそうで。
「うるさい、走って! 止まったら許さないから!」
後ろには杖を突き出したディーネ。
疲労を隠せない青ざめた表情で、それでも必死に前を見て。
そしてディーネの背後に浮かぶ小さな人影。
イアをさらに一回り幼くしたような少女。
「あの子は……?」
子ども。
それとも──精霊だろうか。
短い腕を前に突き出してギュッと目をつぶって歯を食いしばって。
驚くべきは。
ディーネと全く同じ魔光線が、小さな腕から放たれている。
その螺旋に充満する魔力、威力、どちらもディーネに劣らない。
何だろう。
誰なんだろう、彼女は?
まるで初めからずっとそこにいたみたいに、ディーネにぴったりくっついて。
ディーネもあの子を受け入れている。
ぐわんと音がして、頭が揺さぶられた。
前に向き直って目を見開く。
二本の渦巻の勢いに球体が歪んでいる。
破壊には至らなくても、盾の奥儀との拮抗が崩れている。
──
ああ。
今にも掻き消えそうだったファーガスの体が少しだけ、ほんの少し厚みを取り戻して。
曖昧になった輪郭が細く象り直されている。
二本の螺旋が、ファーガスを辛うじてこの世界に留まらせている。
まだ早いと言いきかせるみたいに。
決して失わせはしないと誰かが願っているみたいに。
《カイル!》
イアの声に我に返って、首を振る。
瞳を熱くするのは今じゃない。
俺には為すべきことがある。
炎はもはや、手元に留めていられないくらい猛っている。
蛇がいななき、けれどファーガスに阻まれて手を出せない。
胴体に蠢く手足が震えていた。
竜の力に慄いていた。
その恐れは正しい。
《今だよ!》
イア──俺に力をくれた最強の竜の精。
「カイル!」
ディーネ──自分に向き合う強さを持つ、眩しい人。
「早くやれよ、カイル・ノエ!」
ケルマト──言いたいことはいろいろあるけど、根はきっといい奴。
「決めてくれ、カイル」
ファーガス──大きな、あまりに大きな鉄壁の盾。
《終わらせろ、竜の戦士》
クローガン──盾を支え続けた、硬く揺るがぬ岩鉄の精。
そして
──ありがとう──
確かに聞こえた、“声”。
この場にいるみんな、共に戦ってくれたみんな。
誰一人欠けても成せなかった。
その想い全て、この一撃に込める。
踏込み、振り上げ。
「眠れ──」
狙い。
「──蛇の王!」
振り下ろす。
《竜の導きの炎》
湖の上に炎の柱が屹立し。
噴き上がり蒸発する飛沫が曙光のように瞬いて。
太古の神を内へと包み込んだ。
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