第44話 化物
柄を握りしめ、切っ先に至るまで剣の形を意識に刻む。
想像。
激しく猛る炎の柱。
触れるもの全てを呑み込み、全てを終わらせる神炎。
俺の中に眠る黒炎が渦を巻いて剣に纏い、イアの力が炎を聖化する。
竜の力にあらがうことなく黒炎は様相を変えて、眩い光彩を放つ。
かつて人々が敬い眷属たちが恐れひれ伏した竜の炎。
その幻想はただただ美しくて。
──イアの力と俺の炎は、なんて相性がいいんだろう。
戦場が激しく揺れた。
食事を終えて力を得た蛇がひと鳴きすると背後の翼が羽ばたく。
翼の表面に無数の”蛇の眼”が浮き上がり、一斉に白線が放たれた。
エサを貫き引き寄せた光なのか、あるいは全く別の何かなのか。
散開した光は羽虫のように不規則な軌道を描いて四方から襲い掛かった。
眷属を前に身をすくめた戦士たちはとっさに反応できない。
焦らすように宙を舞って恐怖をかきたてる光が、やがて直線になって獲物へ向かう。
また犠牲者が出る。
そう思って足が動きかけて。
──
「撃ち払え、耀光剣」
騎士団長が言い放つ。
飛び交う光線の真中を貫く清明な響きで。
吹きすさぶ突風のような衝撃が湖前に巻き起こり、空間が歪んだ。
向かいくる光線が歪みに入り蜘蛛の巣にかかったように動きを止める。
団長が剣を一振りすると光は歪みの中で潰れ弾けて霧散する。
残光は鈍く瞬いて歪みと共に消えていった。
「私に向け」
続くファーガスの声。
なおも残る光線が一斉に“盾”へと軌道を変えた。
「“結晶の盾”!」
ファーガスの体が力強いオーラに包まれる。
透き通ったオーラの表面には、内に宿る精霊を思わせる直線の継ぎ目が浮き出ている。
降り注ぐ光の雨を“盾”が一身に受ける。
凄まじい圧力なのだろう。
彫り深く翳の濃い相貌がいっそう険しくなる。
「ぬうぅぅっ!」
力む声に合わせてファーガスの体から波動が巻き起こり、光の雨を弾く。
クローガン。
ファーガスに宿る相棒。
かつて眷属に為す術なく敗れても、屈することなく共に歩み続けた鉄壁の精霊。
彼の霊力が最強の盾たるファーガスを支えていた。
奮闘する二人を見て、騎士と冒険者たちが魔法や弓矢を次々と放った。
一つ一つは脆弱で眷属に傷をつけることはかなわないけど。
大量の砲撃を受けて大蛇は煩わしげに長い胴体を揺らす。
少しだけ──ほんのわずかに光線の勢いが途切れて、騎士団長とファーガスが仕切り直す時間を稼いだ。
みんなが今できることを、やるしかないことに全力を注いでいた。
その姿に自然と力が入る。
この一撃で必ず蛇を仕留めると、迷いが晴れる。
気持ちはイアにも伝わり流れ込む竜の力が熱く滾る。
むうううん、とイアの踏ん張る声が聞こえてくるようだ。
力が溜まるにつれ負荷も大きくなる。
押しつぶされそうな苦痛に自分がただの人間だと思い知る。
笑い出したくなる。
ちっぽけな人でしかない一介の剣士が、どうして太古の“神”に挑んでいるんだろう。
忌々しい“力”のせいで全てを失いかけて、けれどまったく別の“力”と出会って再び夢を追うと心に決めて。
“流れに身を任せ“て短い間にここまで来てしまった。
まったく、とんでもない激流だった。
けれど後悔は微塵もないしするつもりもない。
そんな暇があるならこの激流にさらに呑まれていこう。
イアを連れて“安らぎの地”へ──たとえこの世の果てでも辿りついてみせる。
それが俺に希望をくれた彼女への恩返しで、今はきっと俺の夢の目的地なんだ。
両腕に押しつぶされそうな圧力がかかる。
今俺が手にしているのは全てを滅する力。
眷属だろうと天上の神だろうとこの炎の敵じゃない。
一撃のもとに葬り去ってみせる。
「みんな──」
前に立つ戦士たちに退避を呼びかけようとして。
がくんと、体が頽れた。
何が起こったのか分からない。
けれど騎士団長が馬から落ちるのを見て直感した。
──攻撃を受けた。
眷属が何かしてきたんだ。
「ぐ……」
鉄壁の盾を持つファーガスも体勢を崩して片膝をつく。
周囲の騎士たち、背後の冒険者たちも次々と倒れていく。
まるで背中に重しでも乗せられたみたいに、息苦しそうにあえいでいる。
《カイル──!》
イアが叫ぶ。
理由はすぐに分かった。
「炎が……!?」
剣を覆っていた竜の炎が弱まっている。
集まった力を根こそぎ吸い取られてしまったみたいに、細い炎が頼りなく揺れる。
──
蛇が咆哮する。
体にかかる圧力がさらに増える。
重いだけじゃない。
全身から力が奪い取られていく。
《うう~!》
イアが必死に力を送ってくれるけど、その傍から力が抜け落ちていく。
俺の体の底が抜けてしまったみたいに。
蛇の翼が妖しい紫に発光している。
蛇の眼で獲物を捕らえた時と同じだ。
「これは……」
状況から判断できることは一つ。
「……“生命喰らい”!」
俺が知っているものとは桁が違う。
術師が放つドレインはせいぜい目の前の一、二体の力を奪うもの。
周辺一帯の生物の力をまるごと奪い取るなんて常識ではありえない。
「あれだけ喰ってまだ足りぬとは、つくづく化物だな」
落馬した騎士団長は立ち上がれず、手にした剣の輝きまでもが鈍く弱まっている。
何とか顔だけを上げて、そして固まった。
「これはまずいぞ」
奪い取られた力が蛇の頭上に集まっていく。
翼とおなじ薄紫色の光。
他者から奪い取った生命エネルギーはやがて巨大な球体となって収束する。
まるで彼方の月が舞い降りたみたいに、大きく禍々しく輝いて。
あの球が落ちれば全てが消えてなくなる。
神話に語られる、世界の終わりのように。
「くそ──!」
何とかしたくても、立ち上がることも剣に力を溜めることもできない。
甘かった。
覚悟を決めるだけじゃ足りない。
俺には絶対的に力が足りない。
死ぬ。
俺のせいでみんなが死ぬ。
俺はまた──
「諦めるには早いぞ、カイル・ノエ」
その場でただ一人、なおも屈しない男は。
「言ったはずだ、私が全て受け止めると」
この圧力の前で力強く立ち上がって。
「見せてやろう、私の切り札を」
まっすぐ前を見て言い放った。
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