第30話 湖へ
数日後に俺たちは出発した。
野外を動き回ることになるため、機動性を重視して“飛馬”を借りた。
家畜化された二足の魔獣で軽量な分だけ足は速く、代わりに荷物は多く持てない。
お宝目当ての渉猟より広範囲の移動に向いて、今回の調査にはうってつけだ。
……なんだけど。
「だ、大丈夫ですか?」
おもに馬の方が。
グゥゥ、とファーガスを乗せた飛馬がいななく。
ただでさえ巨体の上に鎧まで身に着けて背中に巨大な盾と槍を背負ったファーガスを、背に乗せるのがやっと様子。
乗せているというより乗られていて、押しつぶされそうだ。
何とかこらえているのは魔獣としての意地だろうか。
「ううむ」
これにはさすがの“盾”も困惑顔。
「おうまさん、しんどそー!」
イアが顔を青くした飛馬を撫でる。
結局ディーネが強化魔法をかけることで、ようやく出発することができた。
□□□
「工事現場で働いてたの?」
「ああ。日雇い労働も意外と悪くなかったよ」
湖までの開けた道を飛馬で駆ける。
日々少しずつ暖かくなっていて、やがて暑い夏がくるだろう。
出発までの数日、俺は剣の代わりにピッケルを振った。
働き口はいくらでもあって、各地から集まってきた労働者たちと束の間の肉体労働に耽る時間は純粋に楽しいものだった。
「くいぶちをかせがなくちゃいけないからね!」
「必要もないのによく食う奴がいるしな……」
成長期の子供のようにイアはよく食べた。
本当に必要ないのに、うれしそうに美味しそうによく食べる。
ロンゴードの市場を歩き回っているとイアの目が輝く。
服や装飾品……可愛らしいものに惹かれるのは人の子どもと変わらなくて、そんな姿を見ているとどうしても財布の紐が緩んでしまう。
衣食住。
人一人を抱えるとことの大変さを俺は(なぜか)味わっていた。
おかしいな、この先の旅に備えていかなきゃならんのに。
「あはは」
そんな話をするとディーネはけらけら笑った。
「ほんとにイアが大切なのね」
「……そうだな」
言葉のあらゆる意味においてそうなのだと思う。
「きもちいいねぇ~!」
背に乗ったイアが腕でぎゅっと俺を掴んでいる。
飛馬がたてる風に美しい銀髪がなびいてきらきら輝いている姿を見ると、自然と思うのだ。
必ず彼女を“安らぎの地”に連れて行くと。
「精霊と信頼関係を築けるのは優れた戦士の条件だ」
後ろからファーガスの声がした。
飛馬がよたよたして、俺たちから少し遅れている。
「ここに来るまで優れた冒険者たちに出会ってきたが、君にも同じものを感じる」
「あ、はは……」
ファーガスに言われると緊張する。
彼も間違いなく精霊契約しているはずだけど、今のところ姿を見せる様子はない。
というかイアみたいに四六時中実体化している方がおかしいのだ。
精霊は冒険者にとっての切り札で、簡単に正体を明かすものじゃないし精霊自身姿を見せたがらない。
そもそも普通の精霊は人間世界の喧騒を嫌う。
人が作る世界の空気は、それだけで精霊を疲弊させるものだから。
精霊たちは本来自然の中で、人とは異なる領域で静かに暮らしているものだった。
けれど無風の刻が続いて人間が大陸全土に勢力を拡大し、精霊たちの住処が奪われていった。
人と契約する精霊の多くはただ生きるためにそうしているだけなのだ。
「えへへ~」
背中の相棒は何を気にする様子でもなく、楽しそうで。
頭に浮かぶ色々な疑問も、すぐに消えてしまった。
□□□
「わぁぁ!」
イアが声上げる。
「綺麗なところだな」
気分はまるで観光客。
ロンゴード湖。
街の西部に位置する大きな湖で、周囲には山岳と森林が広がっている。
湖の東沿岸は開けていて、集落もあり人が集まっている。
魚をとったり遊泳したりするのもほとんどが東側だ。
一方で西側は地形のせいもあって人が寄りつかない。
森や山中には不定期に迷宮発生の報告があり、監視用の詰所が点在していた。
先に攻略した迷宮の位置から辿ってやはり森の方が怪しいとみている。
まず飛馬で周辺を調査してから森に入っていくつもりだった。
……わけだけれど。
「カイル、泳ぎたい!」
あまりに美しい湖の景色に、イアは興奮して今にも服を脱ぎだす勢い。
「みんな水浴びしてるよ!」
イアの言う通り湖の浅瀬には人が集まっていて、足元までの水浴を楽しんでいた。
夏に向けて気温が上がっているからだろうけど、さすがに全身水に浸かっている人は少ない。
「イア、せめて調査が終わってからにしよう」
「えー」
たしなめると、さも不服そうにぷっくり頬を膨らませる。
「カイル、ちょっとだけ!」
「お前の“ちょっと”は“ちょっと”じゃないからなぁ」
「本当にちょっとだけ!」
イアは瞳をくりんとさせておねだりする。
正直遊ばせてあげたいけど、やっぱり先に進まないと……。
揉める俺たちを見て、ディーネとファーガスが言う。
「少しくらいならいいんじゃない?」
「ああ。馬たちも休ませておきたい」
二人の援護を受けて、イアは目をさらにくりくり丸くして訴える。
「……分かった。ほんとうに“ちょっと”だけだぞ」
「うん!」
イアはその場でぴょんぴょん跳ねて喜びを表す。
……結局のところ、俺も彼女が可愛くてしょうがないんだ。
結局湖岸で休憩をとり、イアに付き合って俺も水浴びすることになったとさ。
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