第25話 今の私
カイルに疲労の色が見える。
当然だ。
あれだけの力、肉体にどれだけの負担がかかっていることか。
そんな様子おくびにも出さないで。
前を見て、“今”をどう乗り切るか必死に向き合っている。
“今”──できること。
「《第二階》“肉体防護”」
支援魔法がカイルに届く。
精霊によって強化された体に、ほんの少しだけ守護を上乗せする。
「ディーネ──」
振り返る彼に、魔法で応えた。
“体力補完”、“筋力増強”、“魔法防護”……。
この状況でどれだけ役に立つかは分からないけれど。
私にできる微々たる貢献。
「──ありがとう」
たとえ一瞬でも、その声は私を安堵させる。
ああ。
彼の優しい声が、好き。
カイルは再び不滅の軍勢に向かう。
刀身に赤黒い炎を走らせて。
「どこまで……アガく……」
ドルードが魔物たちを再び魔術強化する。
不死身の怪物たちが紫のオーラを纏う。
深い森にたちこめる不穏な霧のように。
□□□
カイルと魔物たちが再び激突する。
それはもはや小規模な“戦争”。
ドルードのかけたエンチャントはさらに強力だけれど、カイルはそれ以上。
強化された魔物が近づくそばから両断されて炎に焼き尽くされる。
さらに速く、さらに強く。
吹き抜ける嵐のように。
もう動きを追うことは諦めた。
ただその勝利を祈る。
カイルが剣を振るうたびに屍の山が積み重なる。
切り裂かれて焼け焦げて。
肉塊になって消し炭になって。
倒れるそばから魔物は起き上がる。
ドルードと周囲の祭司たちが声を上げると、失われかけた魔物の魂が肉体に戻っていく。
終わりのない生死の循環。
拡散と収束を繰り返す生命の螺旋。
それでもカイルは止まらない。
起き上がった魔物を次の瞬間新たな死肉に変える。
……けれど少しずつ、少しずつ動きは重くなっている。
ドルードの言うとおり、いくら精霊が無限に力を供給しても人の身では耐えられる限界があるんだ。
このままだといつか数に押しつぶされる。
どうすればいいの?
──
“歌”が聞こえる。
ドルードと、周りの祭司たちの歌が。
……。
そうだ。
無限の蘇生術はドルードだけの力じゃない。
多数の祭司が同時に詠唱するからこそ、不可能を可能にしている。
無限に続くはずのない魔力と集中力を分散させて補っている。
直感でしかないけれど、私のそれはよく当たる。
「祭司たちを倒して!」
声は届いたのか、振り返ることなくカイルが前に出る。
行く手を塞ぐ肉塊を切り分けてドルードを目指す。
「おおおっ!」
叫びとともに剣が燃え上がる。
竜巻のような炎柱が刀身に纏い、巻き起こる炎渦はまるで激しくうねる竜の尾。
魔物たちはもはや近づくだけで焼却される。
炎の塊と化したカイルが接近して。
「キシカイセイのトッコウ……」
溶けていく肉壁を前にドルードは落ち着いていた。
杖を掲げて腕を前に出し防護障壁を展開する。
「スバらしいが……オクれた……」
炎が障壁に遮られる。
巻き起こる衝撃は、地下空洞と洞窟全体を揺らしてもまだ足りない。
──それでも障壁は崩れない。
呻くようにきしみながらも、カイルの炎をすんでのところで防いでいる。
「く……!」
力が弱っているんだ。
無数の魔物たちを相手にして体が疲弊しきっている。
絞りだす声に苦痛が滲んでいる。
──
「《第三階》“魔光線”──」
気づけばロッドを突き出して魔法を撃ち出していた。
「ディーネ!?」
カイルが振り向く。
役になんてたたないけれど。
今の私にもう、できることなんてないから。
「──“無限詠唱”!」
魔力量は私の取り柄。
無能な私のたった一つの強み。
細い魔法の光線を間をおかずに連射する。
十発でも二十発でも、百発だって!
「かボソい……アワれな……」
無限に撃ちこまれる魔法は障壁を揺らしもしない。
蠅のように煩わすだけ。
次々と復活する魔物たちはカイルの炎によってたちまち灰塵に帰す。
けれど時間をおかずに復活してまた燃やされる。
いずれ炎が弱まったとき彼らはカイルに到達するだろう。
その時が、私たちの終わり。
──
無力。
どうしようもない無力。
お願い。
お願い、お願い!
お願いお願いお願い!!
私の中の、物も言えぬ精霊さん!
私に守らせて!
私に、大切なものを守らせて!
──
もういやだ。
もう失いたくないよ。
お姉ちゃん。
──
もう逃げないから!
もうごまかさないから!
まっすぐ向き合うから!
自分に!
今の自分に!
ダメな自分に!
できない自分に!
受け止めるから!
今ある私の全てを!
だから。
私を信じて!
私の“先”を信じて!
欠片みたいな可能性を信じて!
“今の私”に賭けて!
ほかの誰でもない。
私が、私を信じるから。
渦。
回転。
それは──
──“螺旋”。
「ナニを……?」
ドルードだけじゃない。
私の方が、驚いてる。
魔法の障壁が歪んでいる。
大きく波打ち、きしみ、悲鳴を上げている。
カイルの炎と──私の魔法とで。
それは太く強く、螺旋を描く。
複数本に分かたれた光線が超速度で回転し、ドルードの障壁を照射する。
「これは……!?」
《第九階》“魔光螺旋渦”
強大な魔法の渦が私の魔力を吸って撃ち出されている。
激痛が全身に走った。
下級の魔法とは比べ物にならない、とんでもない魔力消費。
「くうぅっ!」
懐の回復薬がもの凄い勢いで消費されていく。
ああ、“次回”の分がなくなっちゃう。
また爪に火を灯すみたいなつましい生活が続くんだろうか。
明日のことも分からない不安だらけの毎日を過ごすんだろうか。
お金を数えて、道具の在庫を確認して、何食べようかって迷って。
最高に冒険者らしい日常を送るんだ。
──かまわない。
“次”のことなんて、“今”はどうだっていい。
“今”に向き合えないで、“次”なんてあるはずないんだから!
今の私にできる全てを、ここで撃ち尽くすんだ!
「ああああっ!」
体に残った魔力を底の底まで搾りとる。
一秒でも長くこの渦を叩きつける。
障壁を破るまで。
その先を貫くまで。
──もう限界?
いいえ。
まだまだ。
私はこんなものじゃない。
私はディーネ。
ディーネ・マクニース。
最高の、魔法使い。
□□□
ついに魔力が尽きて魔法渦が掻き消える。
体を支えられなくなって私は前のめりに倒れる。
障壁は──砕け散った。
カイルの炎がすかさず前に並ぶ祭司たちを焼き尽くす。
蘇生途中の魔物たちが力なく肉塊へと戻っていく。
「おマエタチは……!」
蘇生術と魔法障壁の両方を展開していたドルードには、とっさの迎撃ができない。
「おおおおっ!」
炎を纏ったカイルが飛びこみ、ドルードの頭に剣を振り下ろす。
剣がドルードの首をとらえる。
噴きあがる炎が黒い身体を焼いて、食い込む刃が血しぶきを上げる。
ドルードがあげたのは苦悶ではなく、疑問。
「ヒトのままで、ナゼ、ここまで……」
灼熱の剣を素手で握りなおも抗おうとする。
ヒトを超え、“彼方”へと半歩踏み出した超常存在。
「どうしてだろうな──」
カイルは残る力を振りしぼって剣を握る。
さらに一歩刃が肉に食い込む。
赤黒い炎が傷口から入り込む。
「はなつまみの“精霊殺し”だからか──いいや」
ドルードの体が炎に包まれていく。
無数の蛇によって形作られていた体がぼろぼろと崩れていく。
「今の俺には最高の精霊がいて──」
剣が心臓部に到達し。
「──最高の魔法使いがいる」
炎はさらに勢いを増して。
「それだけのことさ」
地下空洞内に吹き荒れる衝撃と。
炎の柱。
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