表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/166

第159話 円塔──手にしたもの

 久々再会した両親は、町と同じようにそれほど変わりなかった。


 父は少し白髪が、母も皺が増えていたけれど。

 健康そのものだと知ってひとまず安心した。


 憔悴していたのはしろ使用人──フィオネのお父さんのほう。

 なにせ自分の娘が、主人の娘といっしょに出ていってしまったのだから。


 その心労がどれだけのものか想像するだけで胸が痛む。

 原因は私なのだから、心配する資格なんてないかもしれないけど。


 私はフィオネのお父さんに謝り、フィオネが無事でいることを伝えた。


「娘は一緒でないのですか」


 フィオネのお父さんは、娘が帰ってこなかったことに気落ちしていた。


「彼女は今、体調を崩していて」


 この場では言葉を濁した。


 良心は痛むけれど。

 やっぱりそういうことは、本人が直接伝えたほうがいいだろうから。

 ……。




 私が出ていってからも家業は順調だった。

 屋敷で働く使用人も増え、家具や調度も美しく、広い庭は立派に刈りこまれていた。

 港でも、うちの商会の船や倉庫をたくさん見かけた。


 王都と比べ保守的な“東”にあって、この街には比較的自由な空気があって。

 東の港をつなぐ大きな通商路(ネットワーク)を持ち、各地から船が出入りして賑わっていた。


 そのなかでも父はうまく立ち回ってきた。

 祖父が興した商会を受け継ぎ、ときに思いきった投資で周囲を驚かせながら、ときどきの機会(チャンス)をものにしてきた。


 時流の変化への嗅覚は、今も衰えていないようだ。


「新しい女王陛下は、大したお方だな」

 

 父はくり返しアイリーン女王を褒めていた。


「商売や商人のことをよく分かってるし、なにより()()()()がいい」


 ベルファの領主が恭順すると、女王様はこの街の通商網に目をつけた。

 多額の資金を投下して糧食や物資の調達を命じ、うちを含む街の商会を囲いこんで。


 ”東”を制圧したのちは、ベルファが中心となって地域一帯の市場を取り仕切ることになる。

 今後は王都での販路拡大もみこめるし、北や西の開発にも()()ことを許されて。

 ゆくゆくはウルステウの持つ外大陸との販路を引き継ぎ、大々的に貿易を展開するだろう。


「一気に時代が進んだのを感じるな……まさかウルステウがここまで凋落するとは」


 父は言って、細長い棒のようなものを口に加えた。

 軽く息を吐くと、棒の先端口から細い煙がふらふらと流れ出てくる。


 どうも舶来の嗜好品のようだった。

 私にはちょっと煙の臭いがきついけど、顔には出さないようにする。


「まあ中央でもやりたいほうだいだったみたいだしな。報いと言えばそうか」


 恨みを買うなら徹底的に買うべきだ、と父は言った。

 中途半端な情けなど後の禍根にしかならないと。


「エヴィレア妃は肝心なところで思いきれなかったんだろう。今の女王陛下とは正反対だ」


 政権を奪うにあたり、世論を気にして義理の娘たちを生かしたエヴィレア先王妃と。

 復讐の完遂だけでなく、敵の存在を大陸から根こそぎ消し去ろうとしているアイリーン女王。


 私だって決して女王様のやりかたを肯定するわけじゃない。

 けれど徹底的にやらなければ、憂いを断つことはできないのだろう。

 思い描く理想があるならばなおさら。


 もちろん女王様だって、何とも思っていないわけではない。

 一見冷酷にうつる彼女に通う人の情を、私は知っている。


 淡々と涼しげに命令を下しながらも。

 内に渦巻く苦悩と葛藤を、女王様はときおり私たちにこぼした。


 その苦渋をのみこみ、やるべきことをやっている。

 その果てに手にするものが、大陸の未来だと信じているから。

 ……。




「思い切りといえば、お前もだ」


 お父さんは言って、棒の頭にさらに細い棒を突っこんだ(どうやら火を消しているらしい)。


()()()というときに、やることをやった。大事なときに、本当に大事なものを見失わなかった」


 俺と同じだ、とお父さんは言う。

 少し無理をしたような、けれど穏やかな声で。


 となりでお母さんも、そしてフィオネのお父さんも、優しい表情でうなずいて。


「お前はやるべきときにやるべきことをやり、そして()()を手にした。お前にはあの日、この家を出ていかなければならないと分かっていたんだよ」


 お姉ちゃんの葬儀のあとしばらくして。

 私は冒険者となるために家を出た。


 お姉ちゃんと同じ境遇に身をおいて。

 お姉ちゃんが何を求めていたのかを知るために。


 それを本当に理解できたかは分からないけれど。

 あの日家を出なければ、“今の私”はなかった。


「エリーシャもまた試練(リスク)をとった。魔法使いとしてさらに成長するための()()に出たんだ。お父さんが商売でずっとやってきたようにな。もちろん、得られる成果が大きければ……代償もまた大きい」


 お父さんの指が震えていた。

 お母さんとフィオネのお父さんも涙ぐんでいた。


 同じように魔法を学び、同じように冒険者となった二人の娘。

 私は運よく生き残り、そしてお姉ちゃんは命を落とした。


 何かが違っていたら、立場は反対だったかもしれないのに。


「お前たちに魔法を学ばせたのが正しかったのか、いまでも迷っているよ。結果として大切な娘の、一方を失ったのだから」


 だけどな、とお父さんは目元を優しくした。


「こうしてディーネ、お前が無事に帰ってきてくれた。苦難を選び、挑戦して、乗り越えて、最高の結果を手にした。商売と魔法と、分野は違っても理屈は同じなんだろう。お前たちはやっぱりお父さんの子で……自慢の娘なんだ」


 家を出ていく前には激しく言い争った。

 今じゃとても恥ずかしくて言えない、汚い言葉も口にしてしまったけれど。


 それでもお父さんは私を信じていてくれた。

 私が何を求めその先に何があるのか。

 もしかしたら、私よりも分かっていたのかもしれない。


「……ありがとう、ございます」


 私は頭をさげて、ぐしょぐしょになった顔を隠した。


 ずっと言えなかった”ごめんなさい”と、その何倍もの”ありがとう”を。

 こうして無事に両親に伝えることができた。


 そしてその奇跡を私にくれた、愛する人のことを思った。




「まあ、これで()()()でも連れてきていたら、もっとよかったな」


 王都には大金持ちがたくさんいるだろうから、なんて。

 しんみりした空気をごまかすように、父はがははっと大げさに笑う。


「あ、そのことなんだけど」


 場の雰囲気に絆されて、口がゆるくなっていたのだろう。

 私は指輪を見せ、カイル──私の“婚約者”について話してしまった。


 ……。


 お父さんは笑顔のまま固まって。

 二本の指のあいだで、棒がばきりとへし折れた。




 夕食の後もお父さんは心ここにあらずだった。

 エリィがいなかったら、いったいどうなっていたか。


 私の精霊──分け身のエリィを紹介されて、お父さんはまるで初孫に接したみたいに頬を緩ませて。

 エリィを膝に抱いては、現実から逃避するように昔話を聞かせていた。




□□□




 深夜に、伝令鳥(ヴァージュ)が私の部屋の窓を叩いた。


 極めて正確無比な術式で形作られた、魔法の鳥。

 指先でふれると、中にこめられた伝言(メッセージ)が頭に入ってきた。


 ──

 作戦域内に奇妙な迷宮(ダンジョン)が発生した。

 多数の魔物が徘徊しており、放置するには危険である。

 攻略のため大魔女の助力を得たい。

 ──




 どこかで予感はしていたけれど。

 私の休暇はそれほど長く続かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ