第15話 勧誘されて
「ふーん、迷宮にね」
飲料を口に含み、目のまえの男を観察する。
年は私より少し上……剣士らしく体は引き締まっているけど、どことなく頼りない感じの青年。
「ああ。しばらく一人で“攻略”してたんだけど、想像以上に大変で……」
頭を掻いて苦笑いしてる。
「そりゃそうでしょうよ。だからみんな仲間を募るんだし」
迷宮攻略は強ければどうにかなるものじゃない。
中に何が潜んでいるかは入らなければ分からないし、魔物もそれぞれ違った性質を持っている。
知恵が回る奴らは様々な罠を仕掛けて、単純な物理攻撃から魔法、さらに毒などの状態異常を引き起こすものもあって、厄介極まりない。
だからこそ冒険者たちはそれぞれに役割をふって、攻撃役、盾役、偵察役、回復役……と分担して攻略にあたる。
そんなの基本中の基本なのに……この人本当に大丈夫?
「イアたち穴に落っこちたの! カイルね、ものすごく“ふちゅうい”なんだよ!」
それにこの子。
“鳥の精霊”と言っていたけど、宿主以上に頼りなさそう。
……でも、すごく可愛い。
銀髪に青い瞳って、率直にうらやましい。
「まあ落ちたところが魔物の巣だったのは好都合だったな。一網打尽さ」
……聞き間違い?
手下が出払っていて、群れのリーダーが孤立している状態も珍しくはないし、あり得るかな。
私はわざとらしくため息をついて、自分の“価値”を彼らに意識させる。
「それで、私に仕事に同行しろって?」
あんなことがあったばかりで、不安ではあった。
私が役に立てるのか。
私が本当に、必要とされているのか。
「うん。主に探索の支援を頼みたい。照明や結界、探知が主になるけど……」
声に“申し訳なさ”がにじみ出ている。
この程度の依頼で申し訳ないけどって。
「ええ、いいわよ、それくらい」
精一杯できる感じを出して答える。
冷や汗が滲んでいた。
内心、ほっとしている。
それくらいなら十分こなせる。
「ありがとう。よろしくお願いします」
カイル・ノエは言って頭を下げる。
隣のイアも彼にならい、「おねがいしましゅ」と舌足らずに言う。
親をまねる子どもみたいで、可愛い。
……私も、こんな精霊が欲しいな。
話がまとまり、契約の確認をした。
内容は郊外で発見された迷宮一つの調査・攻略・制圧。
難度は現状で“易”、その分契約金も少額。
完了報酬はカイルと私とで取り分5:5(ふとっ腹!)、探索での取得物は相談の上で山分け。
カイルたちの冒険者としての階級は駆け出しの青色。
ギルドの試験に通ったばかりらしい。
「こっちに来て浅いの?」
「ああ。つい先日来たばかり」
仕事の話題が一段落して、表情が緩んでいる。
「話には聞いてたけど、この街は本当に大きい。人も多いしギルドも盛況だ。仕事が多いのはありがたいけど、住む場所がなかなか見つからなかった」
「イアがお願いしたら、おばちゃんが部屋を空けてくれたんだよ!」
イアが鼻息荒く、自分の手柄を誇る。
たしかにこんな親子みたいな二人を見たら、便宜をはかりたくもなるだろう。
……親か。
もうしばらく会ってない。
「君もよそから?」
「え? あ、ああ、そうよ」
急に聞かれて焦る。
“マクニース”という姓に反応するか心配だったけど、どうやら知らないみたいだった。
しばらく世間話をして、冒険者に有用な店や闇市場のことを教えると、カイルは真面目な顔で礼を言った。
人が良いんだろうな。
裏表もあまりなさそう。
うかつに人を見積もってはいけないけれど、隣の無邪気な精霊が私の直感を保証してくれそうだ。
「それじゃあ明日の朝、出発しよう」
話がまとまって、私たちは別れる。
支払ってもらった食事代は、さしずめ手付金。
「おねえちゃん、また明日!」
「うん、また明日」
イアに言われると、思わず笑顔になる。
「そういえば」
去り際にカイルが言った。
ちょっと思い出したみたいな様子で。
「君も、精霊と契約している?」
どう答えようかためらっていると、彼はすぐに言葉を接いだ。
「ああ、簡単に人に話すことじゃなかったな、ごめん」
「あ、いや……」
ロンゴードのギルドでは、精霊契約は必須ではない。
仕事をこなす実力さえあれば、門戸は開かれている。
私はというと──
「君から立ち上る魔力がすごく大きいから、きっと力ある精霊を宿しているんじゃないかと思って」
含むところもなさそうに、カイルは言った。
□□□
一人になると急にさびしさが増す。
忙しい一日だった。
いきなり所属一団を追い出されたかと思ったら、駆け出し冒険者に声をかけられて同行することになった。
まだ魔法使いとしての私が必要とされているなら、それはありがたいけれど……その後は?
いつまでたっても下級から抜け出せない私に、“未来”なんてあるのだろうか?
……考えるべきことはたくさんあるけど、まずは部屋に帰ろう。
フィオネに今日のことを伝えないと。
私のわがままに付き合わせてしまったメイド。
私の、いちばん信頼している友人だ。
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