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第135話 永遠の夢

 遅くまで天馬(ウプア)と話をした。

 疲れはほとんど感じなかった。


 彼女がそばにいると、まるで焚火を前にしているみたいで。

 夜の冷たい空気のなかでも体は温かく、休まっていた。


 “力を与うもの(リガ二ア)”。

 馬女神が長く、信仰される由縁かもしれない。




 形見の他にもいくつか聞きたいことがあった。

 ひとつは、剣の素材。


 竜炎を十全に受け止められる、“器”の素となるもの。

 王家の宝物を超える、最強の剣を打つために。


 鍛冶師の爺さんは言っていたっけ。

 竜炎に耐えられるほどの素材は、“この世のものではない”んじゃないかって。


 ウプアの話が正しいのなら。

 求めるものは、地下の“異界”にあるのかもしれない。


《可能性はあるでしょう》

 ()()()()、とウプアは馬面を上下に振って。

《問題は、見つかったとて持ち帰ることができるか、ですが》


 地上とは異なる理が働く世界。

 ()()()()()()()()()


 思いどおりにいくとは限らないけれど。

 それでも、希望があるのなら賭けてみたい。


 強くなるために、相応の試練(リスク)は望むところだから。

 ……。




 そしてもう一つ。

 あるいはこっちのほうがずっと、気になっていたかもしれない。


「スクゥアのこと、なんだけど……」

 “北”で、ウプアを寄こしてくれたのは彼女だったという。

 二人は知り合いなんだろうか。


 ぶるるっと、ウプアは思案げにいなないて。

()()()()なのですよ》


 その言葉に、俺の中でばらばらに散らばっていた破片が、ひとところに集まっていく気がした。

 スクゥアとはじめて話したときから抱いていた違和感の霧が、ひと息に晴れていくような。


 俺の考えが正しいのなら。

 正しいんじゃないかって、思っているんだけど。


 スクゥア・ハーヴァは、()()()()()()()()()()()

 もしかしたら眷属(トゥハナ)と同じときを生きた、“旧きもの”なんじゃないかって。


 そうだとしたら、余計にわからなくなる。

 あの時──“墓王”の光の中に一瞬現れた、俺に槍を突き刺す彼女と、その涙。


 スクゥアのことを、もっと聞きたかった。

 彼女が一体、俺とどんな関係があるのか。

 何の目的があって行動しているのか。


 彼女のことが、どうしても気になってしまう。

 それはディーネに対するものとは、また違う気持ちで(そこは自信をもって言える)。


 うまく言えないけど、()()()()()()()()があった。

 こう呼んでいいのであれば──まるで()()のような。


《彼女がきっと、話してくれます》


 馬女神はゆっくりと、けれどはっきりと首を振った。

 どうか信じて、待ってあげてほしいと。


 黄金のたてがみがさらさらと揺れて、俺はそれ以上言葉を継げなかった。

 ……。




□□□




《ずいぶんと夜も更けてしまいましたね》

 ウプアの視線を追うと、イアはまた眠っていた。

 たくさんの幽精(フィアリ)に囲まれて、なんの不安もなさそうに、静かな寝息を立てて。


《あなたと一緒にいられてきっと、その子は幸せでしょう》

 ウプアはイアに鼻を寄せ、赤子をあやすように優しく息をふきかける。

《素敵で……()()()宿主に出会えて》


 女神の息の心地はどんなものか。

 イアは顔をにやけさせ、むにゃむにゃと寝言をつぶやいた。


「……どう、なのかな」

 俺は、イアに何かしてやれているだろうか?

 むしろ俺のほうが、イアに力を貸してもらってばかりで。


 契約を交わして以来、大陸を歩き回っていっしょに冒険をしているのに。

 いまだ“安らぎの地(ティルナノグ)”は見つからず、彼女の願いを叶えられていない。


 小さな精霊の寝顔をやるせなく眺めて、胸をきゅっと詰まらせていると。


《──“人の世界”を、長く見てきました》

 ウプアの声がのっそりと、頭に乗った。


 彼女は嵐の大戦(テンペスト)のあと、荒廃した大陸を後にして。

 海の向こうにまで足を伸ばし、世界をめぐったという。


 自身のことなど知りもしない人々を、遠目に見守って。

 そして分かったことがあります、とウプアは言った。


神々(デウ)眷属(トゥハナ)、そして精霊(シー)──旧きもの(わたしたち)の時代は、終わったのだと》


 長い口の端から漏れる吐息は、肩を揺らすほどに重い。


 “外”ではずっと前に、旧き神々が過去のものとなっていた。

 人は自らの創りだした、()()()()()に信仰を捧げて。

 架空の幻想に集まった力は、強大な国家の成立を後押しし、人間を覇権へと導いた。


《人に御された神は支配の装置へと落ち、信仰は偶像(アイドル)に吸われ、旧き神々は実体を保てず、世界から消滅していきました》

 そしてその流れは、この大陸にも及んで。


 拡大し続ける人の勢力に押され、精霊の数は減る一方だった。

 海を隔てているため、“外”からの影響は遅れてこそいたものの。

 ゆっくりと確実に、“人あらざるもの”の居場所は奪われている。

 

 失われる信仰、忘れ去られる幻想。

 “契約”という形で人に力を貸して、生きのびている精霊もいるけれど。

 クローガンのように、その果てに傷つき力を失っていくものもいた。


 もうこの世界は、精霊にとって居心地よい場所ではないのだ。

 ……。




《けれどその子は、わたしの知るどんな精霊よりも幸せそうです》

 イアを見つめるウプアの瞳は、ほんのわずかに潤んで見えた。


《かつて私から分かたれ、知らぬまに見えなくなってしまった子どもたちよりも、ずっと》

 押し殺すような声をもらす彼女は、まるで。


 ──母親。


 黄金の馬の体表にさざめく繊細な毛並みは、まるで赤子をくるむ柔らかな布みたいだった。

 ウプアはその体に、輝く体毛のうちに、自らの分け身を──生み出した精霊を抱いたのかもしれない。


 寂しげなその表情にふと、黒烏(モリグナ)を思いだす。

 “北”で話をしたとき、彼女もまた遠いいつかに失った“誰か”に、語りかけているかのようだった。


 人間には想像もできない、途方もなく永い時間を彼女らは生きてきて。

 いったい、どれだけのものを失ってきたのだろう。

 ……。


《どうか最後まで、その子を大切にしてあげてください》

 ウプアが長い尾を左右に振ると、光の粒子がきらめいた。


《“竜”は願いの結晶。神々の、そしてわたしたち眷属すべての希望──いつかたどり着くことを願い、願い続けてきた、永遠の夢なのですから》


 輝く馬体が細かな砂のように崩れていく。

 そして瞬間、ぱっと眩しく光を放ち、ほんのひととき目を閉じると、その姿は消えていて。


 寝台に残った黄金の粒を、幽精たちが名残惜しそうに集めていた。




 イアに毛布をかけ直すと、銀の髪のうえにも黄金の粒子が踊っていた。

 彼女はもごもごと口の中で何かをつぶやいて。


 今日も夢を見ているのだろうか。

 安らぎの地──竜の、あるいは超常の者たちの、約束の地を。


 ……。

 いまだ見ることの叶わない、理想郷。

 永遠にも等しい時間を求め続けてきた、未知の世界。


 ウプアの表情が残影みたいに暗闇に浮かんだ。

 まるで、()()()()()()()()()を、遠くまなざすような切ない瞳。


 ──永遠の夢。


 彼女はそう呼んだ。

 イアが、竜が俺に託したその願いを。


 まるで決して届くことはないと、悟っているみたいに。

 決してかなわないと、諦めているみたいに。




 あるいは女神は、分かっているのかもしれない。


 夢は決して叶わないからこそ、夢なんだって。

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