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第134話 運命

「えっと……」

 せりあがる疑問をどうにか呑みこんで。

「……団長と出かけたって、聞いて」


《ええ、先ほど戻ってきました》

 天馬(ウプア)は鼻先をくいっと上げて。

《私に用があるのではと思い、お伺いしました》


 夜分遅くに申しわけありません、と彼女は言いながら。

 黄金に輝く体を寝台に寄せた。


 広い寝室が急に手狭に感じられる。

 神々しい馬体は、間近にするとあらためて逞しく美しかった。

 

()()も、姿を見せるようになりました》

 ウプアが尻尾をふると、その背に乗る幽精(フィアリ)たちがベッドに次々と飛び降りる。


 シーツの上を短い手足でちょこちょこ駆けたり、ふわふわ漂ってみたり。

 俺やイアにぺたぺたと、幽体をこすりつけてくる。

 まるで彼らに親しい空気や匂いが、こびりついているかのように。


()()()()……?」

 気配を感じ、イアも起きあがり目をこすって。

 群がってくる幽精を胸にうけとめた。


《好かれているようですね》

 異界のものとたわむれるイアに、天馬は目元を優しくする。

 

 屋敷にはイアの部屋も用意していた。

 そのほうが「おねえちゃん」ぽいからって、最近は一人で寝ることも多かったけど。

 今日は何も言わずに俺のベッドにもぐりこんできたのだ。


 オーシャに対する、妙な()()

 イアを問い詰めはしなかったものの。

 幽精たちに安堵する姿を見ると、その落差にまた違和感がもたげてきて。




《お婆様のお弔いを、済まされてきたようですね》

 ふるると響く馬の声に、顔を上げる。

《話があるとすれば、そのあたりでしょうか?》


 女王から聞いてきた様子はない。

 おそらく何かを感じとり、ウプアは俺のもとにやってきたのだ。


「ああ」

 シャツの中に手をのばし、婆さんの形見が入った袋をつかむ。

 俺は袋に長い紐をつけ、首飾りみたいに下げていた。


「これが何か、分からないかなって」

 袋から“石”と“種子”を取りだして見せる。


 一見何の変哲もない丸石と、長い年月で枯れて暗くなった、木の実らしきもの。

 どちらも、森の中で俺を見つけたとき、古い樹の根元に落ちていたものだと。

 婆さんは遺言に記していた。


 言ってしまえば、ただそれだけ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()


 けれど婆さんが、それを俺に遺してくれた。

 分かっているのはその事実だけ。


 二つを手に乗せて見せると、ウプアは頭を近づける。

 そして鼻をふくらませ、しばしくんくんと匂いをかいで。


《これは──》

 こころなしかその声は震えていた。


《なぜ、あなたの……》

 眼の前の実際を信じられないみたいに、声を途切れ途切れに。

《いや、やはり……》




 寝室の暗闇で黙りこんだウプアを見て。

 俺はイアと顔を見あわせ、次の言葉を待つ。


 黄金の馬は、俺の手のひらに乗る石を見つめたまま動かない。

 勇壮な肉体はその間も絶えず輝いていた。


 寝台の上に黄金の光が散ると、幽精たちがわさわさとざわめいて。

 きらめく粒子が降りそそぐ中、半透明な体をゆさゆさと踊らせる。


 太陽が最盛に近づく“目覚めの夏(ベルテーヌ)”のころ。

 大地に走る霊脈(レイライン)、その力の高まりに応じて姿を見せる“異界のものたち(アザーズ)”。


 祭りのあと、目覚めたときには消えてしまった彼らが。

 あれから半年近くたち、再び姿を現した。


 彼らがいまここにいること。

 それはつまり──大地の“力”がまた、高まっている証。


 閉じた窓が背後でかたかた揺れた。

 硝子(ガラス)窓にはディーネに魔除けの術を施してもらっているけど。

 わずかな隙間から、冷気とは違う何かが染みだしている気がした。


 ……。

 夏のあの日、祠の島で。

 アイリーン女王は眷属(トゥハナ)の王、銀碗王(ナゥザ)を喚びだした。


 嵐の大戦(テンペスト)で一度失われたはずの巨神。

 その途方もなく大きい肉体と魂を、現界させた奇跡。

 それを為しうるだけの“力”が、あの時あの場所にはあって。


 ──


《“入口(ブリューエ)”が、開きます》


 ウプアは長く優美な頭をあげ、そして言った。


《この大陸の地下深く──大地の底、生命の根源へと続く“道”が現れる》


 彼女の瞳を、黄金の粒子がかたどっていく。

 暗闇の中に浮かび上がる光の輪が、まるで(ゲート)のように“向こう”の世界を予感させて。


《そこには来たる目覚めと、やがての()()を待つ者たちがいます》


 ウプアは俺をその輪に通すように、昏い瞳で射抜いた。


《闇が──深い深い地の底に眠る、旧きもの(アンシュヌ)たちが》


 閉じたはずの窓から風が吹きこんだのだろうか。

 冬の到来を間近にひかえた冷たい空気が、渦巻くように心の臓を包む。


《あなたは降りていかなければなりません》


 馬女神は両の眼にふたつの輪っかを輝かせて。


《暗く冷たい、“闇の回廊(シード)”へと》


 俺に、神の言葉を授けた。




□□□




 沈黙が包む寝室に、けれどごうごうと吹きすさぶ風の音。

 耳をすませても、その響きがどこからやってくるかはつかめなかった。


 俺は知らぬ間に止まっていた呼吸を、ふっと吐いて。

「“降りる”って……」


 どこに、どうやって?

 ……どうして?


《──“運命の石(リウフェ)”》


 ウプアはくいと鼻先をあげ、俺の手のひらを示した。


《その手にあるものが、あなたを導くでしょう》


「運命の……」

 婆さんが遺してくれた小さな丸石。

 それが、特別な()なのだという。


「でも、これはただの……」

 婆さんが、たまたま落ちていたから拾った。

 それだけのもの。


 たまたま、森に捨てられていた俺を見つけて。

 たまたま、目についたものを拾いあげて持ち帰った。

 ただ、それだけの。


《どのような曲折があるにせよ、その石は()()()()()()()()()()()

 どうしてか、なぜなのかは彼女にも分からないけれど。


《大切なのは、そのたしかな“事実”です》

 ウプアは瞳をさらにひと回り大きくして。

《たとえすべてが、偶然でしかなかったとしても》


 偶然の事実の積み重ねが、運命となる。

 人が、()()()()()()()()


 眼の前の出来事を受け入れ、乗り越えるために。

 己に覚悟を促すために。




《まもなく“訪いの冬(サワーン)”が来ます》


 ウプアは馬面をのばし、寝台の上に戯れる幽精に鼻息をあてた。


《“夏”に高まった光が反転し、大地が、世界が闇へと包まれる予兆──その()()()()


 薄く儚い精霊たちは宙に吹きあげられ、光の中をたよりなく漂う。


《本来異なる位相にある世界同士が、その時間、わずかに重なりあう》


 その隙間こそが“扉”。

 異界へとつながる“入口”。


《その先にきっと、あなたの求めるものがあります》


 ウプアの静かな声には、けれど俺の体を内側から揺さぶるような力があった。

 声そのものに重さがあるかのように、俺に運命をつきつけて。


「……何が、あるんだろう」


 俺が求めるものとは。

 俺自身よくわからない、曖昧模糊とした何か。


《分かりません》

 ウプアは太い首を振った。

《けれどそこには必ず、“何か”があります。あなたにとって大切な何かが》


 ()()()()()()()()()()、ってウプアは微笑んで。

 馬の笑顔というものを俺は初めて見たけれど。


《もしかしたら、ずっと待っていたのかもしれませんね》

 彼女はすぐに目元に陰を落とした。


《わたしたちは──あなたを》


 いつの間にかカーテンが引かれ、月の光が弱く差しこんで。

 遠くに思いを馳せるようなウプアの横顔を、ほのかに照らしていた。

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