第114話 戦場
激しい揺れに足元がふらつく。
勢いよく噴きあがる爆煙に、死人の枯れた体が宙に舞う。
幽鬼たちは、慌てたようにびゅんびゅんと鎌を振り回していた。
「命中、した……?」
実際に目にするまで、どこか疑っていたけど。
遺跡のど真ん中に落ちた魔弾砲の威力に、目を見開いた。
外大陸最先端の魔法科学が生み出した、新兵器。
ディーネが限界まで溜めて放つ、高位魔法にも匹敵するだろうか。
もくもくとけぶる黒煙に隠れて、墓王の姿は見えないけれど。
まともに食らっていたなら、眷属とはいえただでは済まないはずだ。
砲の扱いは難しく繊細で、現状ディーネ以外には任せられない。
だけどいつかは誰でもが、この威力の魔法弾を放てるようになるという。
実現すれば、とてつもない戦力になるだろう。
女王は魔弾砲を手に入れるために、相当量の金や資源を献上したようだけど。
その慧眼はやはり、確かなのかもしれない。
「行くぞ」
砲撃の威力を確かめ、騎士団長は剣を抜き、輝く刀身を振りかざす。
“耀光剣”。
強い魔力の加護を備えた宝剣のまばゆさに、兵たちの目の色が変わる。
「頼むぞ、カイル」
ディニム・グレイオールは一度、俺を振り返って。
「──前進」
号令とともに、軍団が動きはじめた。
砲撃を上回る吶喊が、大地を揺るがした。
聖なる術式付与を施された武器が、“夜”の闇を光で裂いて。
兵たちが死霊の群れへと突撃する。
「援護!」
側面と後方に控える魔術師隊が、魔法弾を放つ。
続けて渦巻く火炎魔法が、幽鬼や幽霊を絡めとり業火に包む。
「てぇっ!」
さらに詠唱の合間を縫う、長弓部隊の衾のような一斉射撃。
たっぷりと聖水を染みこませた鋼の矢が雨あられと降り注ぎ、異界の者たちを刺し貫いた。
「押し潰せ」
そしてディニム率いる騎士たちが敵を蹂躙し、戦場を平らに均す。
“夜”の下でも映える、白銀の鎧をまとう騎士たちが、同じく重装備の軍馬の手綱を握って。
立ちふさがる敵を槍で突き刺し、剣で首をはね、蹄で粉砕する。
「道をひらけ!」
歩兵隊を先頭で仕切るのはファーガス。
身の丈にも匹敵する双刃槍を振り回し、旋風のように敵を切り裂く。
後に従う兵たちはその勇姿に奮い立ち、声を張りあげて。
聖別された武器で“夜”を切り払い、騎兵の突撃を援護する。
「……すごいな」
まるでひとつの生きものみたいに連携して動く討伐隊に、感嘆がもれる。
俺が寝ている間に起こった戦争と、それに伴う軍制改革。
領地で安穏としていた貴族子飼いの兵士が、熟練の冒険者たちに置きかわって。
優秀な指揮官のもとで、想像をこえる段階に達していた。
「カイル!」
太くよく通る声に背中を押され、俺は馬を駆って前に進む。
今度は俺が、役割を果たす番だった。
遺跡の死霊たちが数を減らしていく。
髑髏は砕かれ、死人は焼かれ、幽鬼は浄化されて。
対死霊の入念な準備、そして一団の陣形と連携が、敵を圧倒している。
《みんなすごいね!》
「ああ!」
奮戦する討伐軍の姿にイアは興奮し、俺も高揚していた。
俺が今まで経験してきたのは、せいぜい数人の冒険者一団での戦闘。
ここにあるのは、それとはまったく異なる形の戦い。
一人の“戦士”じゃなく、“軍隊”として。
自分が巨大な機構に組みこまれている感覚。
全体の中に埋没し、その塊の一部となっているような。
蛇の王と対峙したとき、冒険者たちは指揮されながらも、各々が各々の判断で動いていた。
けれど今ここにいる皆の統制は、あの頃とは比べものにならない。
子供のころ、想像していたものとも違った。
無双の英雄が戦場の中心に立ち、華々しい一騎打ちを演じる光景。
おとぎ話で繰りかえし聞かされ、剣を振りながら思い描いた夢。
ふっと、胸にぽっかり穴が空いたみたいに、風が体を通り抜ける感じがして。
……。
ぞわりと悪寒が背中をかける。
目の前に、もうもうとあがる黒い煙があった。
魔弾砲はおそらく墓王に直撃した。
爆炎と衝撃の大きさから、その威力の高さは明らかだけど。
「……!」
肌に流れる生暖かい感覚。
つづけてチカッと、黒煙の奥で何かが瞬く。
「イア!」
声よりも先に、危機感が精霊に伝わる。
剣を引きぬいた瞬間に竜炎が盛り、黄昏色の刀身に業火が纏って。
放たれた黒い熱息に、切っ先が触れた。
□□□
違和感。
いや、むしろ解放感。
黄昏の陽を包む炎が、攻撃をうち払って。
その時、俺の体を一筋の太い線が走った気がした。
「イア──」
俺に力をくれる精霊は。
「何か、変わったか?」
すぐには答えがない。
質問の意味を確かめるように、彼女の沈黙が胸の内を流れて。
《……分かんない》
返ってきたのは素直な言葉。
《でも、すごく調子いいよ!》
戸惑いつつも、それ以上の自信に満ちた声。
わくわくと跳ねるような精霊の心は、俺にも伝わって。
「ああ」
理由はわからないけれど、間違いなく今までとは何かが変わっていた。
まるで精霊と、より一体になっているような。
二人の体が──いや、”魂"が近づいているような。
力を借りている感覚すらない。
まるで炎が、竜の力が、俺自身の内から湧いているみたいに。
あるいは、かつての黒炎と同じように。
敵の攻撃を正確にとらえられたのも、異様に研ぎ澄まされた感覚のおかげだった。
闇の中を忍び寄るように放たれた黒いブレスに、剣を突き出して。
切っ先が触れた瞬間、その不定の感覚に全身が毛羽だった。
黄昏の陽でなかったら。
竜精がいなかったら。
俺はブレスであっけなく焼き払われていた。
「ぐぅっ!」
軌道をそらすように力を受け流し、重いブレスを斜めに斬り払う。
《カイル!?》
「大丈夫だ!」
腕がじんと痺れる。
いまだ濃くただよう黒煙を吸って、喉がひりひりと痛む。
この暗幕の向こうに、“墓王”がいる。
相手は人など到底及ばない超常の存在──神話生物。
今まで戦ってきた眷属だって、みんなそうだった。
どいつもこいつも強大で、圧倒的で、理不尽で。
容易な相手なんていなかった。
「行くぞ」
油断はない。
どんな相手だろうと、俺とイアで真っ向から打ち破る。
黒い靄の奥でなにかが蠢く。
竜炎の猛る刃で周囲の幽鬼を払い、軍馬でガイコツの群れをなぎ倒して。
死霊の群れがはけた先に、墓王がいる。
巨大な団子みたいに丸まって、戦場の風に表面が波うっている。
──
次の瞬間、幕が上がって。
目の前には、文字通りの真っ黒な闇。
その上に一つ、人顔が浮かび上がる。
──
感情のない、ただまっさらな面。
そののっぺりしたものを、俺はよく知っている。
“死者”。
命を失い魂の離れた抜け殻。
それが、じっと俺を見つめていた。
心臓をつかまれたような怖気。
押しつぶされそうな圧に、意識がとびそうになる。
《カイル!》
イアの声にはっと顔を上げると、追い打ちをかけるように息が止まった。
こここ、と骨のきしむ奇怪な音とともに。
墓王の巨体が起き上がった。




