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赤いカーテンの向こう  作者: 西松清一郎
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2 事の顛末②

 7月7日


「こちらはN市広報です」田舎町に、忘れた頃に流れる防災放送。「××に住む、八十四歳の女の人を探しています。特徴は……」

 自宅か介護施設を抜け出した老人が、付近を徘徊しているのだろう。きっと、本人にとっては至極(まっと)うな理由によって。放っておけば、山を越えて隣町まで行ってしまうかもしれない。だからと言って、全市民総力を合わせて捜索するわけにもいかない。なかなか判断の難しいところではある。


 並んで歩く私と柳の横を、無垢な女子中学生の二人組が会話を弾ませながら通り過ぎていく。

「ねえ、この放送の声さあ、二組(にくみ)のカンナちゃんの声に似てない?」

「あー、私も思ったあ。もしかして、ホントにカンナちゃんが喋ってたりして」

 二人の、きゃはは、という笑い声が、風に流されつつ遠ざかっていく。横目で柳を見ると、彼は全く違うことに集中しているらしかった。


「前に一回来たことあるけど、この辺は本当にわかりづらいな」

 私は周囲を見回しながら、友人の言葉に心の中で同意した。

 広大な工場跡地に作られた新興住宅地区。たしか、グランドオープン当初のスローガンは「スマートな暮らしを未来へつなぐ」。遠目には、整然としていて見栄えが良いが、いざ街区を歩いてみると似たような建売住宅が多く、ちょっとした迷路をさまよっている錯覚に(おちい)る。


 私はポケットからスマートフォンを取り出し、国元青人に連絡しようとした。すると、前方を見ていた柳が片手でそれを制した。そして、急に目的を得たのか、それまでの歩調を速めて進んでいった。

 見ると、我々の数歩先に、長身の女性が一人佇んでいる。


「すいません」柳が声をかけ、女性は体ごとゆっくりとこちらを向いた。

 私は圧倒された。そこには完成された「美」があった。

 黒のチューリップハットの下側から、小ぶりな顔が覗く。今にも寝落ちしそうな表情でいながらも、両目からは射抜くような視線が放たれている。袖がレースのブラウス、裾に向かって透けていくプリーツスカート、柔らかな丸みの編み上げパンプス、細いストラップのショルダーポーチ、それぞれが互いとの境界を曖昧にしつつ、全体で一つの調和を形成している。また、全て徹底的に黒いその装いは、その下の体の淫靡(いんび)な曲線を挑発的に暗示していた。


 一方で、我々の服装といえばTシャツにジーンズという、容易に再現出来てしまう簡素なものだった。特に、柳の「バーベキュー行こうよ」というふざけた文言がプリントされたTシャツに至っては、その日初めてそれを目にした私に、その時点では何の感想も与えなかったのだが、いざこういった美女を前にした途端、私の脳髄に激烈な恥ずかしさを連続的に注入する、極めて悪質な布へと変貌した。


「国元莉緒さんですよね」馬鹿馬鹿しいTシャツを着ながらも、気軽に美女に声をかけられる柳の図太さがうらやましかった。それと同時に、女性の名を耳にしたことで、神経を両端から引っ張られるような嫌な緊張は薄まっていった。


「ああ、貴女(あなた)が青人の双子の妹さん」私も、柳が話すのに合わせて、そう言った。

 すると、莉緒の眠そうだった目には徐々に、打ち解けるような感情が(にじ)んできた。


「柳さんと高来さんですね。青人から話は聞いています」

「良かった」率先して話すのは、やはり柳の方であった。「妹さんに会えて。そうでなかったら俺たち、約束時間を過ぎても家を発見できないで、きっと同じところをぐるぐる回ってましたよ」

 これを聞いて莉緒はついに「ふふ」と、破顔するほどまでに表情をやわらげた。私もこの時点で、その日の会合への期待を大きく膨らませていた。あとで我々は、この美女の本性を知らずにいた愚かさを思い知らされることになる。

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