3 再訪③
事件当日同様、我々は蓋の開いた床穴を下り、地下に来た。当時と違う点は当然、青人と柳が欠け、代わりに宇治がいることである。
「莉緒さんも大学生なんですよね」宇治は話題を気軽なものに変えた。
「そうです」疲れた様子ながらも正一が答える。「とは言っても、自慢できるほどのところではありません。名前を書けば受かるような三流私大ですよ。そして情けないことに、そんなところも満足に通えてないようで、あの子に関しては、卒業できるのかどうかさえ怪しいのです」
「はは」
このように宇治と言葉を交わす中で、正一は少しずつ活力を取り戻していった。
「それで先ほどの着信の件ですが」話の流れの中で正一から切り出した。「事件があった日、そんなこと全く気にかけませんでした。死んだ青人を見て、パニックに陥っていましたので」
「ええ」宇治が相手を気遣うように声を出す。
「それで、後から警察の方から聞いてわかったんですが、結論を言うと、その着信が誰からかは、まだわからないそうです」
「携帯電話会社に問い合わせてもですか」と宇治。
「はい。そもそも、通常の携帯電話での通話ではなく、海外のボイスチャットアプリによる着信だったそうです。なので、青人に通話をかけたのが誰なのか、警察にもなかなか突き止められないらしいのです」
「ふうん」宇治はため息に似た声を漏らした。そして、退屈さを隠さずに言った。
「何にせよ、その通話相手が青人くんを襲ったとみていいでしょう。彼はまるで、何者かに呼び出されるように上へ上がっていったそうですから」
「そうかもしれませんが、私にはあの日何が起きたのか見当をつけることもできません」
二人の会話が途切れ、静寂が降りた。あの日見た白いカーテンは開いていて、またあの棚に並ぶトロフィーの数々を目にすることになった。
宇治はそれらに一瞥をくれると、棚の両脇にある壁との隙間の一つから、裏へと入っていった。私と正一もそれについて、裏手のスペースへと向かって、音を立てずに歩いた。
そこには相変わらず、小さなテーブルが四方を棚に囲まれて置いてあった。その上には、あの日見た実験器具に加えて、掃除に使ったバケツと雑巾がそのまま放置されていた。もちろん周囲を見渡せば、棚に所狭しと並ぶ数百の薬瓶が目に飛び込んでくる。
「高来くんが教えてくれた通りだね」ここまでの部屋の様子を見て、宇治が言った。そして、トロフィーをちらと見たときの倍程度の時間、そこらを観察したのち、あの「青人の実験室」の方へと向かった。
そこも、それまでいたスペースと同様、棚の一つの裏手にあたる。その棚の両脇にそれぞれ、そこへと続く隙間があり、私と正一はまた宇治に案内されるようにして進んだ。
今回は赤いカーテンも開いていて、その先の様子を容易に観察できた。特筆に値するものは全くなさそうで、それが逆に驚きであった。地下最奥の壁に沿って、これまで見たのと同じくらいの大きさの棚が置かれている。そして当然のように、そこにも多くの薬瓶が雑然と収まっている。その手前には、先ほどまでいたスペースにあったのと同じような、簡易的な机が一台。
「青人の実験室です」正一は寂しそうだった。「もう本人はいないから、お見せしても構わんでしょう」
宇治は了解を得ることも忘れて、ゆっくりと実験室を見て回った。私もそれをする衝動を抑えられず、正一に向かって軽く会釈してから、そこらを観察し始めた。
やはり、特に注意を引くものはなかった。その名を知っている薬品、そうでない専門的な液体。机の上には、細かい英字でタイプされた論文、筆記用具、電気スタンド。今回の犯罪に関わるものを探せと言われてもそれは、どだい無理な話であった。
「青人くんは」宇治の視線はまだ周囲を這っている。「日頃、ここで薬学の研究をしていたんですね」
「そうです」と正一。
「彼はここへ、あまり人を立ち入らせなかった」さらに宇治が訊くと、正一が「そうです。私も含め、家の者がここに入ることは滅多にありませんでした」と答えた。
その後も実験室の見学は続いたが、宇治が「こんな薬品聞いたこともない」と愉快げにこぼしたり、正一が青人に関する話を繰り返したりで、大きな進展はなかった。明らかに宇治が飽きたところで、三人は再び一階へ戻った。




