メイドの長になりに行きました(2)
俺は修行をし続けた。冥界という、殺し殺されの地獄で。
俺は努力し続けた。身体つきも戦い方も違う敵と戦うために。
全ては冥土の長となるため。
家にいる妻子に、カッコいい父親という姿を見せてやるため。
だが、そんなものは、一瞬で崩れ去る。
「何故! 何故当たらん!」
目の前の人間に、ひたすら翻弄され続ける。
間合いはこちらが上、しかし、それを覆すほどの技量と才能。
「おじさんも凄い速いと思う。今だって、ちょっと気を抜いたら当たりそうな攻撃ばっかだ」
こんなモノが、頂点に立つ存在に相応しいのだろう。
「きっと、心構えも、私とは比べ物にならないんだと思う」
手首を弾かれ、俺の猛攻にも隙ができてしまった。
「でも」
重い衝撃が、腹部に響き、世界が回転する。
いや、俺が吹き飛ばされたのか。
「私は、私の憧れのためにここにいる!」
「おおっと! 今大会屈指の巨漢! ベゲモート選手リングアウト! 一体何者なんだ! この人間はあぁぁぁぁ!」
◆ ◇ ◆
これは遡ること数十分前……
さて、さてさて!
いざ門をご開帳にございますよ!
開けた先にあったのは、正に闘技場。
中心の舞台には誰もいないが、周りの観客席には数百匹の観客がいる。
ただし、人間、もとい人型がいないんだが。
受付を探そうとするが、みんな図体でかくて周りが見えない。
そうこうしていると、何かに話しかけられた。
「おや? 本当に人間? それも竜人族とは……ここまで到達した人間は初めてじゃないか?」
到達? 初めて? えっ? この世界のメイドってみんな人外?
「大会受付って、私でもできますかね」
「……ふっふふ、あははははっ!」
あれ? 私何か変なこと言ったっけ?
「いや、ごめんごめん、まさか、大会出場者だなんて思わなかったからさ。人間初の冥土の長……か。うん! 悪くない! じゃあ、あの柱のお姉さんに受付をしてもらいな」
心優しい人……じゃない。アレは、何だ?
振り向いても既に姿はなかった。
確かに人型だった。だけど、人として認識できなかった。
でも今は、受付を先に済まさないと。
「すみません」
「はい……観客席のご予約でしょうか?」
「いえ、出場を……」
「……分かりました。それでは、あちらの部屋を進んだ先に、番号の書かれた扉がありますので、そちらに控え室がございます」
「ありがとうございます」
じゃあ、控え室に行ってみようかな。
◆◇◆
そして、今に至る。
メイドの長になるための大会って、みんな強すぎない? 一応、師匠に育てて貰ったから、勝てなくはないけど。
人間界の人達はこんなやばい強さの奴に仕えて貰ってるとか、怖すぎでしょ。
「この戦いはトーナメントなんかではございません! アイツと戦りたい! アイツとは戦りたくない! 選手に全部任せっきりの大・乱・闘! サシだってリンチだってなんでもあり! 勝って勝って勝ちまくるために手段を選ぶな! さぁて! 次の対戦は、どうなる!」
とまぁ、こういう大会らしい。
さっきも、私が可愛くって小さいからってことで潰しに来たカバのおじさんを吹っ飛ばしたところにございます。
しかしまぁ、なんということでしょう。
辺り一面のライバル達の視線が、一斉にこちらを向いているではありませんか。
「アイツからやるか」
「協力するぜ」
「背中に注意することなんてないな」
「危険因子は」
「ぶっ飛ばす」
おいおい、物騒だなぁ。
「さぁて! 戦う相手は決まったかぁ! ならば選手はリングの上へ!」
樫原がリングに上がると同時に、牛、馬、蜥蜴、蟷螂、羊、蛙、よくわからんスライムがリングへと上がる。
うっひょう、みんな臨戦体制じゃん。
「な、なななんと! 前代未聞の状況だぁぁぁ! 人間一人に対するは、七人の勇士達! これは流石に万事休すかあぁぁぁ!?」
樫原は不敵な笑みを浮かべながら、右手の親指を下に向け、
『かかって来いよ』
と理力で相手の脳内に直接送り込む。
もちろんその言葉に、激昂する勇士達。
「今! 戦いのゴングが! 鳴ったああぁぁぁ!」
槍、剣、斧、曲刀、鞭、籠手、なんか鋸みたいなヤツなど。
対してこちらは拳。
がむしゃらに戦っては勝ち目はなさそう。
それなら、振り下ろされる剣をそのまま受けず、
横からの力を加えて流す。
続けざまに様々武器の連撃、
全てを受け流す。
隙を見つければそこに打撃を入れる!
普通に考えればできないけど、私なら!
流す、流す、流し続ける。
一瞬の隙を突き、一人、二人と、確実に落としていく。
しかし、
「チッ! 腕が……痺れる……!」
衝撃を全て逃しているわけではないため、
必ずダメージは蓄積し続ける。
それに加え……
「ありがとう、助かった」
「いや、当然だろ?」
リングアウトできる程の威力が籠らない打撃では、後衛の回復役に治されてしまう。
集中力が続かない……! このままじゃ、確実に負ける!
攻めに転じたとしても、敵のコンビネーションを崩せる気配がない。
「なぁ」
「なんだ?」
こっちは悩んで、困ってんのに、余裕に雑談かよおい。
「俺、向こうの妻に、いい生活をさせたくてここに来たんだ」
「奇遇だな。俺もだ」
なっ……!
そうだ。なんで気がつかなかった。
よく見ればコイツら全員……!
左手の薬指らしきところに指輪はめてやがる!
ふーん……
そっかぁ……よりによって、殴っても怒られない状況と来たかぁ……
「アナタ! 頑張って!」
「そうよ! そんなヤツ、早く倒しちゃいなさい!」
「きっとアイツ未婚よ! 独身よ!」
「だからいい男を探しにここに来たのね! 残念だけど、私達の夫は絶対にあげないわよ!」
「「「「ねーっ!」」」」
樫原から、黒い瘴気が溢れ出す。
それは本人を包み込む程肥大化するが、
瞬く間に両腕へと収束する。
地面が揺れ始め、
リングは割れ、
樫原は辺りに殺気を撒き散らす。
正直使いたくない……けど使わずにはいられない! 腹括れ、樫原!
「上等だコラァ。本気にさせやがって……必殺技でもなんでも使ってやるよ……!」
瘴気を纏った片手を天井へと掲げ、師匠の言葉を思い出す。
『良いか、その言葉はな……
『「【天上天下唯我独尊】!」』






