メイドの長になりに行きました(1)
「預言者」
そう呼ばれる者が人種ごとに一人いるとされている。
その者は、未来の一部分を視ることができ、いち早く情報得ることができる者だが、どこにいるかわからないという、はっきりとしない存在だ。しかし、国に危機が訪れるとき、国に繁栄が訪れるときなどにだけ、姿を現す。
要塞国家、アルバリオス。
この国は、世界の国の中でも特に発展し、周りの国と大きくかけ離れた点があった。
それは、預言者を手元に置いているという点である。
預言者の常識を覆し、預言の力で他国を先導。強化、発展させ、自国と他国との差を歴然とさせることで、この世界を統治している。
即ち、この世界の頂点に君臨する存在であり、この世界の先行きを知る存在である。
その国が今、この情勢の崩壊の危機を感知していた……
王城内部、玉座の間への廊下を、一人金髪の耳の長い青年が走る。
「邪魔だ! 通せ!」
門の前の兵士を押し退け、玉座の間へと入る。
「どうした、預言者よ。何か視たのか?」
「王よ、数百年もの間変化の無かった冥界の魔物達が一斉に、煙のように消えてしまう未来が視えました! おそらく、新たな冥界の王が決まり、冥界の場所が変わったのでしょう」
「ほう……?」
冥界。
この世界の死者の魂が集まり、それを管理する危険な悪魔や魔物が存在しているとされる、地底の世界である。
一度だけ、冥界の魔物と思われる存在が地上に現れたことがあり、とある発展国が一つ壊滅したという被害が出たという資料がある。これだけならば、兵も武器も揃った今ならば、恐れる必要はないだろう。しかし、問題なのはその数であった。
国を壊滅させた魔物の数、それはたった一体とされている。
たった一体で国を壊滅させる化け物が、地下にはごまんといるのだから、恐れない者は居ないだろう。
その存在が一気に消えた。
この事実は余りにも危険過ぎることであり、もしも運が悪ければ、この世界が滅ぶ可能性があるからだ。
「預言者よ、早急に冥界の王、場所を突き止めよ!」
「はっ!」
◆ ◇ ◆
どうも、樫原と申します。
ただ今、虹色に輝く空間を落ちているところであります。
メイド長になるための大会に赴くそうですが、全く辿りつけません。
もっと一瞬で転移するもんだと思ってた。
というか、音すら無いのが寂し過ぎる。何か暇つぶしになりそうなもの無いかな。落ちるだけだもんな。
……
…………まだ?
「……」
「……! ………」
声! 声っぽいのが聞こえる! やっと出口か!
おお! 下向くの怖かったから下向いて無かったけど、もう目の前に地面が! って! 近すぎやしない?
私は綺麗に頭からダイブした。地面に。
「うっ、うわぁぁぁぁ! 唐突に現れた人間が顔から地面にダイブしたぁぁぁ!」
「どうした! って、なんじゃこりゃぁぁぁ!」
「むっ! のわぁぁぁ!?」
何かめっちゃ集まってない? すごい個性豊かな悲鳴が聞こえるんですけど。
とりあえず抜くか……
ん? 思ったよりも、深く……!
埋まった頭を引き抜くため、四肢に力を込める。
ぬぬぬっ!
「な、何だ!?」
「じ、地震だ! それも大きい!」
「おい待て、落ち着け!」
はあああああぁぁぁぁ!
ミシミシと地面にヒビが入り、少しずつ割れ始める。
「どぉりぁぁぁぁぁ!」
ふう、やっと抜けた……
「地震が、収まった?」
「もしや、この人間が?」
「そんな訳ないだろ」
というか、どこ? ここ。
周りは青白い炎が舞ってて、まるで西洋の地獄みたいな感じの洞窟?
近くには湖と小島、広い廊下、
それに……
目が三つある二足歩行の犬
腕に金属製っぽい籠手をはめた黒いクマ(でかい)
二足歩行のムキムキのヤギ(超でかい)
……
…………異世界ふれあいパーク?
「おい貴様! なぜ突然現れ」
「ムキムキヤギさんが喋ったぁぁぁぁ!?」
「他者が喋ってるときに言葉を遮るな! 誰がムキムキヤギさんだ!」
嘘! ヤギが、ヤギが喋っ!? 喋った!
「おい、長を決める大会に遅れるぞ? さっさとこいつを始末していこうぜ?」
「クマさんも喋ったぁぁぁぁ!」
凄い! 流石異世界ふれあいパーク! 動物とおしゃべりもできるんだ!
ああ、一時期猫を飼おうとして、いろんな迷信を信じちゃったせいで飼わなかったけど、ふれあいパークならいいよね!
レッツ、もふもふ!
「うわぁぁぁぁ! 何だ! こいつ! やめろ! 俺の毛に顔を埋めるな!」
「……思ってたよりもザラザラしてるし、ちょっと獣臭い」
ちょっと期待はずれ。
「わぷっ」
クマさんに首のあたりを掴まれ、ワンちゃんから離されてしまう。
「俺がやる」
「えっ! なになに! じゃれあいもあるの!?」
その言葉を言った瞬間、ものすごい勢いで投げ飛ばされるが、空中で一回転して着地する。
「テメェ、じゃれあいだぁ? 誇り高き冥土の戦士にじゃれあいだと? なめ腐りやがって」
メイドの戦士! やっぱりここが例の会場! こんなクマさん達もメイド長に憧れてるんだ! じゃあ、ライバルか!
「いいよ? かかってくるならみんなで来な。まとめて相手したげるよ」
ライバルは先に潰しておいてもバレないよね!
「ああ、そうかい……じゃあ遠慮なく! 行くぞ!」
「「応!」」
アニマルズ達は魔法っぽいので武器を作り出し、樫原に向けて構える。
槍、籠手、双剣か……
ワンちゃんが槍を構え、
変則的な動きをして突きを放つ。
樫原は正面からそれを受け止め、
刃のついていない所に腕を伸ばし、
そのまま槍ごと地面に叩きつける。
「甘い!」
大きな音と同時に地面がグラグラと揺れ始め、
体制が崩れた瞬間に、クマさんの渾身のブローが入り、
樫原は向かいにあった小島に吹き飛ばされた。
そこに槍と双剣の追撃。
流石の樫原でも、防戦にならざるをえなくなる。
ナイスコンビネーション、アニマルズ! だけどこれじゃぁ私は……
「倒せんよ!」
回し蹴りでヤギと犬を弾き飛ばし、クマの元へと跳躍する。
「おらあぁぁぁ!」
クマのダブルスレッジハンマー!
樫原はヒラリと身を躱した!
そしてトドメの!
「アッパーカットオオオォォォォォォ!」
「「姐さぁぁぁぁん!」」
姐さん?
「うおおぉぉぉ! 許さん! 許さんぞ! よくも姐さんを!」
「クソッ! 今は時間がない! 次会ったら絶対ぶちのめしてやるからな! おい! ずらかるぞ!」
クマさんって雌だったの……? ってそれより!
「今から会場に行くんだよね?」
「だから何だ! 今は急いでるんだ!」
「私もついて行っていい?」
「……は!? お前も、冥土の長を目指してたのか?」
おお! やっぱここが会場のある所なのか!
「そう! 私もメイドの長を目指してここに来たの!」
「じゃあ、遅れないようについてこい! 俺たちのせいで受けられないってのは可哀想だろ!」
待って、ついさっきの私の考えが悪人過ぎて辛くなる。めっちゃいい奴じゃん。
樫原はクマを軽々と持ち上げ、犬達についていく。
炎を頼りに道を進み、崖を跳び、壁を走り、ついに会場と思われる門の前へとたどり着いた。
外からでも感じ取れる熱気、歓声と拍手、まるで中世ヨーロッパのコロシアムのよう。
「ここでお別れだな。次に会うときは敵同士か、はたまた味方か、もしそうなら心強いったらありゃしねぇな」
「人間の長なんて初めてだからな! ちょっとは期待しちまうが、まぁ、種族の差ってのは埋められねぇもんだ。一応、応援はするぜ」
みんな優しい! けど、一つだけ勘違いしてるな……
「安心して。私は元から……」
こう、なんとなーく本来の姿を影に映す感じに……
「人じゃないから」
きっと彼らからは、影が本来の私の姿に見えていると思う。そうだったらいいな。
「じゃあ、大会で待ってるね!」
樫原は、門の中へと走っていった。
震える魔物達を置いて。