メイドの長になりに行きました(4)
「ここは僕の庭。僕が本気を出すときに使う所。外からは誰も見れないし入れない。これなら君も使えるだろう?」
「……」
あー。どうしよう。
私の勘違いでしたで終わらせてくれないかなぁ……
終わらないよなぁ……
「何故、拳を構え無い?」
「私に貴方と戦う理由が無い……から」
嘘は吐いてない。
「とりあえず私の負けでいいので、これを解いてください。そこら辺に横たわっておくので」
「? 冥土の長になりに来たのでは?」
「違います」
「じゃあ何の為に?」
「勘違いです」
「勘違い?」
疑問を持つのも仕方ないと思う。
私だって、この状況を受け止めきれてない。
「別に、君はここを乗っ取りにに来たわけじゃない。ということかい?」
「まぁ、そういうことですね」
ノスフェラトゥはその言葉に驚きつつも何かを考え始めた。
なんかぶつぶつ言ってる……アレかな? 演技に協力してくれるのかな?
「君は選手ではなくなりたい。と」
強ち間違いではない、かな?
「ならば拳を構えてくれ!」
何故!?
このノリは普通協力じゃないの!?
「君がここの長になるなんてどうでもいい。僕は君を知りたい!」
強引過ぎる。
仕方なく拳を構える樫原。
ノスフェラトゥも拳を構える。
舐めプは終わりっぽいな。
ならこっちも本気で行く!
理力で相手を引き寄せる!
「おおっ!?」
そして、左手からゼロ距離射撃の
「理の雷よ!」
激しい光を発し、砂漠に轟音が響く。
「なるほど。コレは向こうでは使い辛い技だね」
嘘! 効いてない!?
「いやぁ、久し振りにダメージを食らったよ。まさかゼロ距離とは思わなくてね。少し守りが遅れてしまった」
イラつくぅ!
続け様に頭にラッシュ!
当たってるし、感触もある。
なのに、
なんで一ミリも動かねぇんだよ!
「ちょっと反撃」
「不味っ!?」
先程の轟音と同じくらいの音を立てて、
樫原は吹き飛ばされる。
何? 何をした?
「今何をしたかって? ただ蹴っただけだよー」
冗談でしょ?
「それにしても硬いねぇ。外側からの攻撃はほぼ入らないのかな?」
「自慢の筋肉があるからね!」
まあまあ吹っ飛ばされたけど、この距離なら一瞬で詰めれる。
脚を前に出し、近づこうとした刹那、
「じゃあ、構造上弱い所はどうなんだい?」
「えっ?」
私は砂に膝から崩れ落ちていた。
状況を理解できない私に、これまで感じたことのない激痛が身体を走る。
「あっあああああぁぁぁ!?」
「いやぁ……まさか器がこんな簡単に手に入るなんてねー」
ノスフェラトゥの声の何かが近づいて来る。
それは既に人の形をしておらず、触手の生えた何か。
だが、顔さえ識別できないそれの表情は理解できた。
新しい玩具を手に入れた無邪気な少年のような、この先を楽しむ嬉しそうな顔。
される側はたまったもんじゃない。
玩具として弄ばられる恐怖が、その身を包むのだから。
その恐怖に苛まれている中、忘れかけていた激痛が再度身体を襲う。
「どう? ここに来る前まで一度も味わったことのない痛みって、どんな感じ? 君の世界は争いなんてないんでしょ? なら……」
「脚先が捻り切れるってどのくらい痛いんだろうねぇ?」
声が出ない。
息ができない。
「ほらほら、早く立たないと……」
ノスフェラトゥは触手を傷口に叩きつける。
「ひぐっ!?」
「もっと叩きつけちゃうよ?」
た、立たないと……
しかし、片足を失った痛みで、脳からの信号が滞る。
一撃、もう一撃と、傷口への攻撃は続く。
その度に途切れ途切れの悲鳴を上げ、確実に体力を削られていく。
「いや……もう、いやぁ」
樫原はつい弱音を吐いてしまう。この行動が相手の嗜虐心をくすぐると知りながらも。
私はこんなことになるなんて知らなかった。
こんな思いするなんて知らなかった。
涙が溢れ、顔はくしゃくしゃになり、許しを乞う為に顔を上げるが、
「ははっ、そんな顔しないでよ。興奮しちゃうだろう?」
「ひっ……!」
逃げなきゃ。
殺される。
でもどうやって?
私を痛めつけ、顔を紅潮させるコレから、
どう逃げればいい?
「さぁて、次は……」
ノスフェラトゥは樫原の左肘に触手を巻きつけ……
「あぐっ!?」
あらぬ方向へとへし折った。
「聞いた? ねぇ聞いた? とっても綺麗な音だったよね?」
「あああああぁぁぁああぁ!」
痛い痛い痛い!
「ねぇ、折れた先の神経ってどうなっていると思う? 繋がってるのかな? それとも……」
触手が指へと伸びて行く。
嫌、いやだいやだいやだいやだ!
「それ!」
ペキッという軽い音とともに、私にまた痛みが降りかかる。
「っ……!」
叫びたい程の痛みに耐えることが、コレの行動を抑制すると考えた樫原は、必死に痛みを我慢する。
しかし、
「反応なくなっちゃった? つまんないの」
希望が見えた。
確実に樫原の顔に、瞳に光が戻った。
けれど化け物は告げた。
「これじゃあ、あのお方を入れたときにもっとつまんないよ……もう少しだけ痛みを感じさせてあげよっかな! 次は何処が良い? 爪? 耳? それとも瞳?」
空想は崩れ去っていく。
この化け物が止まることは無いのか。
その絶望が、痛みに代わり、身体を蝕もうとする。
怖い、痛い、怖い、痛い、怖い、痛い。
「あ、ぁぁ……」
そんな私に無慈悲にも、触手は伸びて来るのであった。
……
…………
………………どのくらい経った?
痛みは消え、きっと今の私は死体のような目をしてるんだろう。
片脚は千切れ、左肘から下は使い物にならなくなり、右手の爪は剥がれ、身体中に傷があって……
「早く! 新しい冥土の長だぞ! 絶対に死なせてなるものか!」
え……?
「聞こえますか?……ダメです。反応ありません!」
何が、起きてるの?
私はアレに、負けて、それで……
それで、どうなったんだっけ?
「主人! しっかりしてください! 産まれて間もない私達を置いていく気ですか!?」
「そーだぞ! まだ名前もつけてもらってないんだからな!」
誰だ……?
この顔のパーツが足りない奴と、綺麗な赤髪のギザ歯は……
それに今は、眠い……
◆ ◇ ◆
「して、預言者よ。確認できたとは誠か?」
王室内で、王と預言者は対峙する。
「はい」
「それは何者であった」
怯え混じりに預言者は告げた。
「新しい冥界の主は、国家エルムブル近辺、第三の摩天楼、【悋気の塔】の主、嫉妬の悪魔、レヴィアタンです」