1 合コンって難しい
きらびやかに輝くネオンサイン。
歓楽街っていうのはなんでこんなに人がいるんだろう……
人がいるから歓楽街っていうのか……
「うっ……」
気持ち悪い……昨日飲み過ぎたせいでもう日が暮れたのに二日酔い……
もう二度と深酒なんてするもんか……
いいことなんて何もない、おかげで今日1日何もできなかったし、記憶もない。
土曜の新宿なんて特に嫌い。
人も多いし、無駄にチカチカ眩しいし……
用がなければ絶対にこんなところに来ようとは思わない……
『用』
こんな状態の私でも今日これからの予定は体調不良を押してでも来たいくらい期待している。
公務員との3対3の合コン。
どんな人達かは知らないけど、35歳で年代も同じくらいだし公務員なら間違いはなさそうだし胸は弾む。
それなのにこの二日酔いの状態で挑むのはどうかっていうのはあるけど、それくらい肩の力が抜けている方がうまく行くって聞いたこともあるし、悪いことだけではないはず。
そもそも私がこんな状態になったのは昨日の外れ合コンのせいだ。
冴えない男に盛り下がった飲みの場を無理やり楽しむために息を吸うようにサワーを飲んでしまった……
終わってみたら誰とも連絡先も交換せずに、残ったのは酒だけ……
我ながらバカなことをしてしまった……
でも昨日は昨日。
失敗は今日取り返せば全部チャラになる!
2日連続で合コンがあるのなんて20代のとき以来。
口には出してないけど、今日の合コンにはそれだけ期待してる。
そろそろ店の前だ。
「えっと……お店は、ここでいいのかな?」
普通の居酒屋……
むしろ安くて有名なくらいのチェーン店だけど……
30半ばの大人達がこんなところで合コンするの?
私以外はすでに集まっているみたい。
私だって遅刻してないのにみんなすごいやる気。
店員の案内を抜けてどんどん店の奥に入って行く。
「来た来た、小松っちゃーん! こっちだよ〜」
職場仲間のカンちゃんの声がした。
今回のこの席もカンちゃんが誘ってくれたもの。友達の結婚式で知り合った人だったとかって人達らしい。
っていうか、普通のテーブル……個室とかじゃないんだ……
細かなことばかり気にしてても仕方ないよね、肝心なのは相手の中身なんだから。
「は……はじめましてぇぇぇ」
ボソッとした言葉で最初に話しかけられた。
髪がボサボサのいかにも冴えなそうな男の人……
この人が今回の企画者なのかな……?
「ちょうどよかった、みんな今集まったばかりなんです」
「みんなで楽しく飲みましょう」
「あっ……えっ…………」
言葉が出なかった……
公務員の人ってこんな感じなんだ。
何をしてるのかは知らないけど、公務員ってくらいだから堅実だとは思ってたけど。
3人ともなんか地味っていうか……
なんかなぁ……好みじゃないなぁ…………
「どうしたの小松っちゃん? 早く座ってよぉ」
「あっ……ごめん……」
カンちゃんの言葉でようやく我を取り戻した。
そそくさと空いている席に座って、男女で向きあうような合コンらしい席の配置になった。
「だ……大丈夫ですか? 体調でも悪いんですか?」
ボソボソ喋る男、声が小さいわりによく話はするみたいでまた話かけてきた。
「え……え……っと……ちょっと二日酔いなくらいで普通です」
私の回答にドッと席が活気付いた。
「ちょっと小松ちゃん! 自己紹介前にそんな話からはダメでしょ〜」
「フフフ……カンちゃん、すごい人連れてきたね」
女3人の中でカンちゃん以外の一人は知らない人だ。カンちゃんの学生時代の知り合いらしいけど物静かそうな人っぽい。
「すげぇ……お酒好きなんですね」
「昨日何飲んでたんですか?」
男の人達もこんなところに食いついてくるなんて……
出だしから完全に失敗してしまった……
いくらあまり好みの人達でなくて……お店もこんな飾り気のないところでイマイチだって言っても、これじゃ私が一番恥ずかしい人みたい……
照れを引きずったまま、乾杯が行われ合コンはスタートした。
二日酔いの状態でも案外お酒って飲めるものだ……むしろなんか旨い。
こういうの迎酒っていうのかな?
「いい飲みっぷりですね! お酒好きなんですね」
正面に座ってるガタイのいい男が話かけてきた。
「はい……嫌いではないです……」
二日酔いで来てて今更潮らしくしてても意味ないから素直に大好きですって言えばよかったかな。
「俺は、あまり酒強くないんでうらやましいです」
確かにこの人、スタートからウーロン茶だ……
乾杯の挨拶をしたりしてるのもこの人だったし、もしかしてこの店を選んだのもこの人だったのかな?
普段お酒を飲まないから居酒屋とか知らなくてこんなチェーン店を選んだんじゃ……
いくら飲めないって言っても女の子もみんなお酒飲んでるんだから最初くらいお酒を頼めばいいのに……
まずい……
二日酔いのせいかいきなり、回ってきた……
男の人達は区役所勤めで、今日は土曜だけどみんな仕事でそのままここに来たらしい。
公務員って『お役所仕事』って言われる暗いだからみんな平日の9時から17時くらい以外は働いてないものだと思ってたけどそんなことなかったんだ………
「でさぁ、うちの上司が最悪でさぁ!」
「えぇぇ……ウソぉぉぉ」
カンちゃんと友達の女の子はなんだか、正面の男と仲良く話してる。
それに引き換え私は……
「ここのウーロン茶、イマイチだな焦げ臭い匂いがする……」
なんだこの男……
口を開けばウーロン茶ウーロン茶って。
「俺は酒は飲まない代わりにウーロン茶にはこだわりがあるんです」って言ってたけど、そんな奴が安居酒屋のウーロン茶に文句をつけるな!
「こんなお店でウーロンハイを飲む奴の気が知れませんよね?」
ただでさえ呆れてる私によくそんな話振ってこれるなこの男……
「私は、ウーロンハイ嫌いじゃないです」
「ええ!? 信じられない、こんなウーロン茶が飲めるんですか? こんなのダメです!」
もうやだ……この人、そのこだわりがかっこいいとでも思ってるのかな?
このお店で出してるウーロン茶なんてどこにでもある市販のウーロン茶と一緒か、お店でもっと安く作ってるよくも悪くもないようなものでしょきっと。それに文句つけたって……
「嫌なら飲まなければいいんじゃ?」
「こんな物すらまともに出せないお店は信用できないでしょ!」
何この人……急にヒートアップしてきた……
「でもそんな店を選んだのはあなたでしょ!?」
きっと二日酔いのせいだ、私までつられてイラついて来た……
「ウーロン茶は料理の基本なんだ! それを蔑ろにする店なんて信用できない!」
「おいっ! ちょっと落ち着けよ……」
興奮しているウーロン茶男を隣のボサボサ頭が止めに入った。
……………とここまでが記憶が残ってる部分だった……
「うわぁぁぁぁぁ! 痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………こいつ噛み付きやがった!」
ウーロン茶男が悲鳴を上げる。
イライラが抑えられなかった……
やってしまった……
口論の末、あまりの怒りで私はウーロン茶男の腕に噛みついてしまった。
お店全体が静かになったのだけははっきり覚えてる……
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