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音の鳴る方で

作者: おすず

 光を反射してきれいに揺らめく青が、寄せては返していった。心地よい波の音が耳の奥まで優しく響く。見飽きるほど長い間僕はここにいた。


 寝転んだ視界の先に広がる空は洗濯したてのシーツみたいに真っ白で、どこまでも続いていた。この世界を彩るのは海の青と空の白それだけだった。そこらの人誰の服も白色だった。上も下も白。僕を含めたみんながおんなじ格好をしていた。特に家とか家族とか疲れることもまどろむこともなくて、あるのは退屈だけだった。



 遠くで鐘のおとがなった。一度も姿を見たことがない不思議な鐘だった。なんの規則性もなく鳴るから、その鐘のが何を意味するのかを僕は知らなかった。意味があるのかもわからない。だから、探しにいこうって約束をしたのに、約束の日あの子は現れなかった。


 僕はいつもここにいた。


 あの日も時間を持て余して海を眺めていたら、後ろからの僕と同い年くらいの女の子が声をかけてきて、僕らは話をするようになった。だいたいの人はずっと同じところにいて、特に話したこともなかった。けれどその子はあちこちを自由に歩き回り僕のところにたどり着いたらしい。


 彼女はよく喋った。僕はほとんど相槌あいづちを打つだけで、正直話の内容もわかっていなかったけれど、コロコロと彼女の表情が変わるのが面白くていつまでも話を聞いていた。


「この鐘ってさ、誰が鳴らしているのかな? 」


 彼女に聞かれるまで、鐘が鳴っていることさえ気にもとめなかった。それで初めて疑問を持った。その日彼女はてんとう虫の飾りがついた指輪をはめていた。この世界で初めて赤い色を見た。


「どこにあったのそれ。」


指輪を指差す僕に、彼女ははにかむような嬉しそうな顔をして


「お母さんに買ってもらったの。」

 

 と、答えた。お母さんという響きが何故か僕の中で引っかかりを生んだ。その違和感の正体を確かめたくて、お母さんからのプレゼントだというてんとう虫の指輪がすごく気になってしまった。


「もしかして欲しいの? 」


彼女の問いに、僕は無意識に頷いていた。彼女の顔が赤くなった。


「これはだめ! 絶対あげないから! 」


 怒らせるつもりはなかった。でも、どうしていいかわからなくて、顔をそむけてしまった彼女のそばでただオロオロとしていた。どれくらいそうしていたかわからないけれど、だいぶ時間が過ぎて、彼女は呆れたように僕の方を向いた。


「……こういう時、なんて言ったらいいのかわからないの? 」


 なにも言わずに頷く僕。


「ごめんなさいって言うんだよ。」


「……ごめんなさい。」


「これは、お母さんからもらった大事なものだからあげられないの。わかった? 」


 僕はまた頷いた。


「……私も、いきなり怒ってごめんなさい。」


 首を横に振る僕。そして目線はまた赤いてんとう虫に向かった。向かい側からため息が漏れた。


「……わかった。じゃあ、明日一緒に鐘を探しに行こう? それに付き合ってくれたら、少しだけ貸してあげる。言っておくけど貸すだけだからね? 絶対に返してね? 」


 僕は何度も首を縦に振った。日が沈まないから、どれくらいで明日が来るのかわからなかったけれど、退屈にはなれていた。彼女は小指を僕と小指を絡めたあとどこかへ行ってしまった。それから戻ってこなかった。でも他にすることもないから、ずっとここで待っていた。


 不意に後ろから声がした。



「ねえ、ここがどこだかわかる? 」



最初、彼女が声をかけてきたときと同じ言葉で老婆が問いかけてきた。


「あの世だよ。」


あの日と同じ言葉を返す僕。すると老婆の動きが少し止まり、その後笑い出した。


「そう。ここがそうなのね。ねえ、隣に座ってもいいかしら? 」


 頷く僕。僕の隣に腰掛けた老婆はよく喋った。


「ずっと昔にね、ここによく似たところに来ていたんだよ。今思い出した。誰に話してもそれは夢だって信じてもらえなくて、そのうち私も本当に夢だったんだと思うようになってね。どんどんおぼろげになっていって……。今も全部思い出したわけじゃないんだけど。そういえば、ここではよく鐘が鳴るわね。誰が鳴らしているのか知っている? 」


 首を横に振る。


「そう。誰も知らないのね。鐘を探しに行こうとしたことはある? 」


 また、首を横に振る僕。老婆と僕の間に、少しだけ波の音が流れた。


「じゃあ、私と探しに行かない? 」


「てんとう虫。」


「え? 」


「てんとう虫持ってる? 貸してくれる? 」


 目を丸くする彼女、それからニッコリと笑った。


「……ここには持ってこられなかったの。……そう、まだ待っててくれたの。随分待たせてしまったわね。」


 彼女の目元が少しだけ光っていた。静かに僕の手をにぎった。


「いらない。……また会えたからもういいよ。一緒にいてくれるなら、てんとう虫いらない。」


「……約束に遅れてしまってごめんなさい。今からでもまだ間に合うかしら? 」


頷く僕。


「鐘の鳴るところに行こう。」


「海」「カネ」「てんとう虫」この3つのお題で書いてみました。

思ったより長くなってしまった。もっとぺって読めるようにしたかったな。

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