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翌朝、十三に案内されて厨房へ向かった。
あの大騒ぎの中で普通に食事の用意をした、シェフの姿を見てみたかったのよ。どんな剛の者かと思うじゃない。
初めて入った厨房は、予想していたよりも大きくなかった。基本は桐生院家の食事を作るだけだから、大きすぎると逆に大変なんだって。パーティーの時みたいにお客様が多い時は、離れに専用厨房があるから、そっちを使うらしい。なるほどねー。
壁に掛けられたカレンダーの、昨日の日付に丸がしてある。やっぱ大変だったのかな……。すみません、ご迷惑おかけします。
「昨日の騒ぎの中の働きで、紫朗さまからお褒めの言葉を賜りました。皆、より一層の精進をお願いいたします」
そこまでしなくて良いって言ったのに、十三がシェフの皆様を集めて、すっごい上からの発言をかましている。
あああ……お仕事の邪魔してすみません……重ね重ね申し訳なく……。
並んだシェフの方々は、予想通りにマッチョだった。どうにも堅気の人に見えないくらい、マッチョだった。顔立ちも強面が多い。面接の条件どうなってんの、これ。
そのマッチョたちが、一斉に頭を下げる。一斉すぎて、ザッという音がした。
「光栄にございます!!」
声も全員揃っていた。
そして、全員が同じタイミングで顔を上げる。やっぱり、ザッという音がした。
あれ? ここ厨房だよね? 軍の訓練施設とかじゃないよね? え、何でこんな揃っているの? 返答が「イエッサー」じゃない事に違和感覚えるレベルなんだけど。
十三がマッチョシェフたちの動きに満足したように頷き、軽く手を上げる。
「では、引き続き朝食の準備を」
「はっ!」
マッチョシェフが、厨房内にばらけていった。大変統率の取れた動きだった。少しその働きを見てみると、マッチョい太い腕の先のでっかい手のぶっとい指で、朝食用パンケーキ(ふわふわ)に薄切りの苺を飾っている。苺が花の形になるように、美しく繊細に。
……あれ、あの人たちが作っていたのか。毎朝凄いなーと思っていたんだよね。なんかめちゃくちゃ可愛いな。
もちろん、そのパンケーキ食べました。前世で行列作って入ったお店より、美味しかったです。マッチョシェフ、良い仕事しているなぁ!
登校は、いつも通りに藤岡さんの運転。
昨日の話だとへのごさんが付くって話だったんだけど……どこにいるの、へのごさん。車内、普通に三人だけなんだけど。まさか車外? 通報されるよね、それ。どこにいるの……?
「『へ』の五は見つからないまま、仕事を成し遂げるプロです」
思わずキョロキョロしてしまったせいか、十三に考えがバレたらしい。ちょっと悔しいし、恥ずかしい。ドヤ顔すんな十三。
でも……そうか。草の者だもんね。ニンジャスゴイデスネー……。
学校に着いて早々、念の為にキョロキョロしてみたが、へのごさんと思しき人は見つからなかった。代わりに、校門前に千代が居た。視線が合った瞬間、凄い勢いですっ飛んでくる。
私は慌てて身構えた。
「お兄さま!」
辛うじてひっくり返らずに受け止めたけど、とっても激しいです……。呻かなかった事を褒めて欲しい衝撃。
おい、十三。これも止めてくれよ……何で千代は毎回スルーすんだよ……。
「こうして私がお兄さまに抱き着いていれば、愚かな虫など寄ってこないはずです!」
千代は私に抱き着いた姿勢のまま、もっともらしくそう言った。
早速ヒロインを虫呼ばわりか。まあ、悪い虫って言いたいんだろうけど、あのヒロインだと逆手にとって被害者面しそうだよね。気を付けるんだよ……。
私は抵抗を諦め、千代に抱き着かれたまま歩き出した。
他の誰かが紫朗にくっついていたら、問題になりかねない。いじめの対象になる可能性もある。だから慎重に接せざるを得ないんだけど、千代なら大丈夫。従妹だし、性格的にもいじめられたらやり返すし。それに、基本が素直で嫌われないタイプだしね。
コミュ障の私に、この子に離れるように納得させるのは無理だもの。十三が何もしないなら、そのままにしておくしか出来ない。
千代のひっついた大変歩きにくい格好で、私は校舎へ向かった。千代が効いたのか、草の者が防いだのか、ヒロインは現れなかった。
千代と別れて教室に向かい、一息つく。
思ったより、緊張していたみたいだ。
「大丈夫ですか?」
十三が、心配そうに聞いてくる。
毎回思うんだけど、この聞き方駄目だよね。否定しづらいじゃない。つい、大丈夫って返事しちゃうでしょ?
私、毎回頷いちゃうんだよね。この聞き方。
でも、十三はそんな私の癖も分かっているらしい。
「ご無理なさらないように……ノートは私がとりますから、授業中はお休みください」
あら優しい。
私はもう一度頷き、素直にご厚意に甘える事にした。疲れていたし、今後の事を考えたいから。
昨日の騒ぎの時はうっかり見逃しちゃっていたけど……我が家のセキュリティが、女子高生一人突っ込んできたぐらいで、あんなに慌てるとは思えないのよね。
昨日のは、私と十三のテストを兼ねていたんじゃないかしら。危険度が低いからこそ、敢えて利用した感じで。
だってねぇ。
女子高生にしては優秀だとしても、我が家を見つける事自体は、元々簡単なのよ。地図に載っているし。
ただ、広大な敷地内に数件家を持っているから、どこに誰が住んでいるのかが難しいだけ。それに加えて、セキュリティの皆様の頑張りのお陰で、ヤバい人が入ってこないの。
結局、ヒロインも捕まっちゃってたもんね。
普通なら警察に突き出すだろうに、それもしていないって事は、やっぱり危険度が低いって思われたからでしょう。
一番の問題点は、ヒロインの監視が付いた事。
うちのセキュリティに捕まった時点で、経歴は調べられているはず。その上で「警察を呼ぶまでではないが、監視は必要」と判断されたってのが怖い。問題は有るって事だもの。
それで付いたのが、いのじゅうさんなんでしょう?
矛盾を感じるの。
警察には突き出さないけど、優秀な草の者をつけるっていうのが。
もしかしたら、「警察では捕まえられない系のヤバい人」と判断されたんじゃないかしら。
そうだとすると、かなり危ないんじゃないの? いのじゅうさんは大丈夫なの? 殺人鬼も出てくるゲームだから、なんか心配になってきたよ。
なんとなく、昨日のイケメンダディの、ちょっと腹黒に見えた瞬間を思い出す。
何か企んでいるような、悪い感じだったよなぁ。
……危険度が低いから、じゃないのかも。
凄く面倒臭い相手だからこそ、テストされているのかな。
思わず眉間に皺が寄る。
お金持ちのお家に生まれた以上、有象無象が金目当てで寄ってくるのはしょうがない。それらへの対応を覚えないと危険なのも分かる。
でも、もう覚えないといけないのかな。紫朗、まだ高校生なんだけど。
……いや、分かっているんだよね。中身アラフィフまで生きてたし。
男だからさ……相手を妊娠させる恐れがあるわけで。
既成事実を作られたら、もうアウトだもん。「妊娠した」って来るくらいなら可愛い方で、子供産んじゃってから来られたら、どうにもならない。
あー……むしろ今まで放っておいてくれただけ、ダディは過保護だったわ。
ふぅ……とため息をついたところで、丁度チャイムが響いた。時計を見ると、既に午前中の授業が終了している。
思いの外、じっくり考えこんでいたらしい。紫朗ヘッドは随分長い時間集中出来るんだなぁ。前世は無理だったよ。妄想なら出来たけど。
「紫朗さま」
十三に呼ばれ、振り向いた。
十三の席は、斜め後ろです。例の定位置ですよ。さすがですね。
「お昼は教室でよろしいですか?」
私は頷いた。
桜峰には立派な食堂があって、そこで高級レストラン張りのお食事が可能になっている。食費は学費に含まれている為、基本無料だ。追加料金を払えば、特別に作っていただくことも出来る。
なので、お弁当を食べる人は少ない。
ヒロインも食堂に向かうと思われる。
食堂はチャンスのように見えて、ゲーム内では危険な場所だ。好感度を上げてからじゃないと、ライバル以外も邪魔してくるし、攻略対象の好感度も下がる。
だが、あのヒロインは別だ。ゲームと同じになると思わない方が良い。邪魔されようと好感度が下がろうと、力技で向かってきかねない。
それが分かっていて食堂に行くのは、あまりに下策。
クラスメイトが食堂に向かって行く中、十三が朝は持っていなかったお弁当を取り出した。お重に入った立派なものだった。
いつ用意したの、これ。まさかこれも草の者? 草の者が持ってきたの? へのごさん?
「『へ』の五ですよ」
また顔に出ていたのか、十三が教えてくれた。
教えてくれるのは嬉しいけど、ドヤ顔すんな十三。あと、私もへのごさん見たいんだけど! お前だけずるい!
お重の中身は大変美味しくいただきました。
マッチョシェフ、良い仕事しているなぁ。