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鳴り始め同様、唐突にアラームが切れた。
危険が無いと判断されたのか、原因が特定されたのか。
アラームが切れたからといって、すぐにここから出られるわけではない。万が一敵の仕業だったら大変なので、出口を開ける前に確認がある。
「……はい、恐らくその者です。……なるほど、先ほど車に」
十三がその確認を、専用通信を使ってやっている。ところどころ聞こえる返事だけで、やっぱりヒロインが関わっていたのだと分かった。
何者なの、ヒロイン……。ゲームでもこんな激しくなかったと思うんだけど。今まだ高校一年生だよね? 本当、なんなの……。
通信を終えた後、十三はパニックルームから出してくれた。時間的に丁度良かったので、そのまま食堂へ通される。
食堂には、既にイケメンダディと十三パパが来ていた。
「大丈夫かい?」
イケメンダディが、心配そうにマミィと紫朗を見る。心配そうな顔もイケメンだな。憂い顔が美しいわ。
私がこくりと頷くと、少しホッとした表情になって、状況の説明をしてくれた。
「今日、下校時に紫朗に接近してきた者が居ただろう?」
私は再び頷く。
「その者が、車に発信機をつけたようでね。この敷地内ではそれらの通信は妨害されるんだが……逆にその切れた事を理由に、ここを探り当てた」
ひぃっ!
何その女子高生。どこでそんな技術習得したの? そんな事よりもっと違う事に青春捧げようよ!
「ドローンはカメラが付いていたし、紫朗の盗撮目的じゃないかと思うんだが……ただの高校生では無さそうなので、解放するふりをして、『い』の十をつけておいたよ」
ん?
いのじゅうって何?
首を傾げる私に、十三がそっと耳打ちで教えてくれる。
「紫朗さま、『い』の十なら間違いございません。草の者の中でもトップの者です」
出た、草の者。
本当に居たんだ……いのじゅうさん、よろしくお願いいたします……。ヒロインに懐柔されないでね?
だけど、これ……違うって言った方が良いかなぁ?
ヒロインの目的は、最終的には私だとは思うんだけど……今狙われているのって、十三だよね。十三が落ちたら、私だけであのおっかないの防げないし。
もちろん、私にその気はない。精神的には絶対無い。でも、物理的に攻略されそう。一服盛られて既成事実なんて作られたら、もう完全にアウト。
ここは十三に頑張ってもらう為にも、伝えておこうかな。
「父さん」
「なんだい?」
「狙われているの、多分、十三です」
ダディと十三パパが、揃って「ほぅ?」って顔をする。
ダディもだけど、十三パパも大人の色気があるタイプなのよね。顔は十三をそのまま歳とらせた感じ。それで、眼鏡にはシンプルな金属製のチェーンがついていてね、こう……インテリっぽさが十三より上がりつつ、渋みが追加されているの。
それが執事服着ているんだ……たまらんだろう? 私はたまらん。なのに何でこの人、ゲーム未登場キャラだったんだろう。イケメンダディもだよ。もったいない事この上ないわ。
まあ、ともかく今はヒロインの事を伝えないとね。斜め後ろの十三も、何だかソワソワしているし。
「どうしてそう思ったんだい?」
イケメンダディが、優し気に聞いてくる。
でも目が笑っているよー。楽しそうだな、ダディ。そうしていると、些か腹黒に見えましてよ?
「十三に止められる方法ばかりだから……です」
私の返答に、ダディも十三パパもニッコリ。
ご満足いただけたようで、幸いでございます。
後ろの十三、ガーンって音が聞こえるようだよ。見てないのに気配だけで分かるって凄いな。
「そうだね。最終的な狙いは紫朗だろうけど、今は十三を狙っているね」
ダディが「成長したなぁ……」ってしみじみしている感じで、目を細めている。
紫朗に言わなかっただけで、ダディたちも気付いていたのか。まあ、私が気付いたんだから、そうだよね。
「念の為、周囲に『へ』の五を追加しましょう」
十三パパも同じような感じだけど、そこにちょっぴり「うちの息子はまだまだ……」的な雰囲気が混ざっている。
その雰囲気のまま十三の事チラ見すんの、止めたげて。後ろから凄い後悔の念が、ビシビシ伝わってくるから。
あと、結構いるんだね……草の者。
へのごさんも、よろしくお願いいたします……。
その後、いつも通りにご飯を食べた。
あの騒動の中で料理してたとか、シェフ凄すぎない?
「私が至らぬばかりに、ご迷惑おかけしまして……申し訳ございません」
部屋に帰る時、十三が謝ってきた。
食事中もずっと落ち込んでたもんなー。私だって前世の知識のせいで気付いただけだし、そこまで気にする事も無いと思うんだけど。むしろ、それよりこれからを気にして欲しい。
でもまあ、紫朗第一主義でいる以上、落ち込むのも仕方ないか。
私はいつも通り、振り向かなかないまま呟いた。
「最終的な狙いは僕だから、迷惑かけたのは僕」
後ろで十三が、ぶんぶんと頭を振った気配がした。見えないけれど、振った方向は横だろう。
「いいえ、私が至らぬのです。先ほども……標的が私であると、気付けませんでした」
十三にとっては、紫朗がこの世で最上級の人間なんだもの。自分より「価値」がある者が傍にいれば、そちらが狙われると思うのは自然な事。
前世の私の目の前に紫朗が居たら、やっぱり自分が狙われると思わないもん。
「……十三は自分より僕が大事だから、そう思うのは当たり前」
やっぱり振り向かないまま、私はそう呟いた。気にすることは無いと、元気付けるつもりで。
すると、後ろの十三から凄い気配が立ち上る。
「紫朗さま……!!」
続いて聞こえた感極まった声音に、私は失敗を自覚した。元気にさせすぎたようだ。
「私の事をそこまで分かっていてくださったとは……その上、その寛大なお心! 私、感激のあまり、震えが止まりません」
声の震えで、本当に震えているのが見なくても分かる。まじかよ、これだけで震えるほどなのかよ。
背後からの圧が凄い。感動の圧が、びんびん伝わってくる。言葉に偽りが無いのは良い事だけど、もう少し抑えてくれても良いのよ……?
十三がチョロすぎる。激チョロの極みだ。
何だよお前、ゲームの中じゃ激辛だったのに! お前落とすのにどんだけ手間暇かけたと思っているんだよ! それが紫朗相手だと、目も合わせてないのにコロコロコロコロ転がりやがって!
そうこうしているうちに、紫朗の部屋に到着した。
十三は部屋の扉を開けて紫朗が入るのを確認すると、いそいそと戻っていった。その背中にも、喜びが溢れている。
紫朗の眼前だから我慢していただけで、早くキャッキャとはしゃぎたいのだろうな……。気持ちは分からなくもないが、対象が自分だと思うとフクザツだよ。
……でも、人生楽しそうだな、十三。ちょっと羨ましくなってきた。
あ、そうだ。スマホチェックしとかないと。今日のアレじゃ、千代も二三ちゃんもびっくりしたはず。きっと心配かけちゃってる。
液晶を見ると、やっぱり二人からメッセージが届いていた。
二人とも、ヒロインを止められなかった事を謝ってくれている。
気にしなくて良いのになぁ。あれはどちらかというと、災害でしょ? 無理だって、人が抑えるのは。
二人にお礼と、大丈夫だよっていう返事をする。
すぐに千代から『全然動じず、振り向きもしないお兄様が素敵でした!』と返ってきた。
怖くて振り向けなかっただけなのに、千代にはそんな風に見えていたのか。本当は違っているけど、わざわざ教える必要もないよな……格好良い従兄だと思っておいておくれ。
一方、二三ちゃんからは『怖かったですよね……明日からは兄と一緒に、紫朗さまをお護りします!』と帰ってきている。
二三ちゃんには、怖がっているのバレてたか……年下の女の子に心配されて、ちょっとフクザツ。でも、分かってもらえるのは嬉しいよね。
私はもう一度二人にお礼を言って、メッセージを閉じた。
今日は色々ありすぎた。
とっととお風呂入って寝よう。