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「……撒いたようですね」
後ろを窺っていた十三が、ぽつりと呟く。それを聞いて、ようやく体から力が抜けた。
乙女ゲームでこの緊迫感。なんなの一体。
そりゃ、登場人物にスパイだの殺人鬼だのいるけれどさ。それ、そのルート行かなきゃ紫朗は関わらないじゃない。っていうか相手ヒロインなのよ? スパイや殺人鬼じゃないのよ?
うわぁ、怖い。殺人鬼ルートとか絶対無理だわ。
ぐったりする私に、十三が心配そうな視線を向けてくる。
「……助かった。有難う」
私は素直にお礼を言った。
いつもなら、十三にお礼言ったり褒めたり、極力しないようにしているの。この顔だけで好感度マックスになるやつだから、出来れば少し下げないといけないのよ。
だけど、今日は別。
本当、十三居なかったら危なかった。何あのネトゲのアクティブモンスターみたいなヒロイン。いや、ゾンビか。ゾンビだな。
「紫朗さま……!」
声にハッとして顔を上げると、めちゃくちゃキラキラした目の十三がいた。
あ、やばい。構いすぎた。これ、今回もスルーすべき案件だった。失敗。
「私は紫朗さまのお役に立てるのならば、何でもいたします……!」
十三の目は、もう主を見る目じゃなかった。
これは神を見る目だ。もう信仰になっちゃっている。
あああ、悪化したか……。
元々のストーカー状態も大変だったのに、更に悪くなった……どうしよう、こいつ。紫朗相手だとチョロすぎだろう……。
暑苦しい十三から目を逸らし、窓の外へ視線を向けると、運転席から声がかかる。
「本日の件、いかがいたしましょうか?」
珍しい、藤岡さんが喋ったー! 声、久し振りに聞いたよ!
でも、そうか。
私はヒロインに攻略されそうになっているだけだと思っているけれど、普通で考えたら金持ちの坊ちゃんに見知らぬ女が突進してきたわけで、割と大ごとなのか。
紫朗はご幼少のみぎりより、何度も誘拐を企まれている。その度、運転手さんたちや従者さんたちに護られてきたのだ。彼ら、全員ボディーガードでもあるからね。
私は見た事無いんだけど、隠れて護ってくれている部隊もいるんだって。
「……目的を知る必要がありますね」
十三が、さっきまでと違う真剣な目で返す。
「紫朗さまのご尊顔を拝して血道を上げた者なら、教育次第で草の者にも使えそうな素材ですが……裏があっては事です。父に話を通しておきましょう」
どこを突っ込んでいいのか、もはや分からない。
我が家、草の者なんているの? 自分ちの事なのに知らなかったんだけど。え、まさか隠れて護ってくれている人たちがソレ? 言い方他に無いの? ここの時代設定は現代では?
しかも、十三。何で「それで良いですか?」って顔で、私に同意を求める視線を送ってくるの。
私は動揺したまま、取り合えず頷いた。
「分かりました」
藤岡さんは、その一言の後、いつもの無口な藤岡さんに戻った。
私は再び、外の景色に視線を向ける。
十三のお父さんっていうのは、従者頭なのよ。基本はイケメンダディの従者なんだけど、桐生院家で働く人たちの情報からやるべき事を判断し、ダディに通すなり仕事を振り分けるなりしているの。
その人に話を通して、ヒロインの事が調べられるのか……調べたところで、紫朗のファンで片付くんだろうなぁ。
あ、草の者にしないでねって、伝えとかなきゃ。
家に着いたら、十三は早速報告に行こうとした。
慌てて引き留め、草の者にしないでねって伝えておく。十三は良い笑顔で了承してくれた。良い笑顔すぎて、逆に怖い。
私は部屋に戻り、制服のままベッドに転がった。
明日からの事を考える必要がある。
ヒロインが、予想以上に怖いんだもん。
ゲーム内のヒロインは肉食系ではあったけれど、あそこまで攻撃的では無かった。どこの世界に、攻略対象に投げ飛ばされるレベルで突進してくるヒロインがいるんだよ。ここかよ。くっそぅ!
まさか直に紫朗を狙ってくるとはなぁ。
まあでも、紫朗狙いは十三が鉄壁のガードをしてくれるから大丈夫か。十三狙われた方が怖いんだよね。紫朗からそれを防ぐ手が無いし。
十三落ちちゃうと、紫朗はヒロインから逃げられなくなっちゃう。
そもそも、異常な面食いの十三がヒロインに落ちるのは、ヒロインに惚れたからでは無い。十三にとって、顔は紫朗が最上級なので、ヒロインの顔では落ちないのだ。
その為、十三は「紫朗(の顔)ファンの同士」として、落とす。
二人で熱烈に紫朗の顔について語り、同意と同意を繰り返し、自らと同レベルで紫朗(の顔)が好きと分かると、十三はヒロインを認める。
認めてしまうと、十三はヒロインを自らの伴侶にしようと考えちゃうのよね。一族で桐生院家を護る立場上、十三にも後継ぎが必要になるから。同士なら丁度いいって。
んで、十三が落ちると紫朗の防御率が落ちて、攻略可能になる仕組み。
そこで私はハッとした。
やばい。
あれ、ヒロインが十三狙いに来てたんだ! 紫朗じゃない!!
だって、さっき十三は「草の者に使えそう」って言ってた。
つまりヒロインは、校門前のアレで自らを『使える人材』とアピール出来た事になる。これで紫朗ファンである事を十三と語り明かせば、もう十三は落ちたも同然。
あっぶなーい!
さっき、草の者にしないでってお願いしておいて良かった! 一度でも断っておけば、十三は絶対にやらない。これで最初の危険は回避出来た……!
それにしても、斬新な攻略法だなぁ。
入学式当日なら、まだ二三ちゃんも邪魔に入れないだろうし。ゲーム内じゃ絶対出来ない手だよ。そもそも、入学式直後に紫朗に突っ込む選択肢無いしさ。
……ん?
邪魔に入れない?
邪魔が入らないようにするという事は、邪魔が入ると知っているという事では?
入学式当日にそれが分かっているのなら、事前に情報があるという事にならない?
ヒロイン、一般家庭出身だよね。そういう設定だったもん。
なら、その情報はどこから入るの? 紫朗のお家みたく、草の者なんていないでしょう? 一人で集められる情報なんて、たかが知れているよね?
ヒロインも転生者なんじゃないの、これ。
それも、私とは相容れないタイプの。
私は自分の考えに愕然とした。
ヒロインが転生者の方が、よっぽどテンプレ。紫朗に私がいる以上、可能性は否定出来ない。
いや、ちょっとは思ったよ。
ヒロインにも喪女入っていないかなーって。
でもさ、中身喪女かどうかは不明だけど、絶対合わないでしょ、アレ。同じもの好きになっても、解釈違いで戦争になるタイプでしょ。
やだー、面倒臭いし怖い!
違っていて欲しいなぁ……あの厄介さで中身転生者だったら、凄くたちが悪い。ただの猪突猛進キャラであって欲しい。
ブーッ! ブーッ! ブーッ!
考えに耽っていたところで、突然、アラームが鳴った。
「紫朗さま!」
部屋に十三が飛び込んでくる。
何事かと思ったが、聞いている余裕はなさそうだ。凄い勢いで手を引かれ、パニックルームに連れて行かれる。
なになに、怖いんだけど!
中には既にマミィが居た。そのマミィと並べて座らせられてから、十三が口を開く。
「ドローンです」
え、ドローン?
我が家ってヘリポートあるから、飛んじゃいけないやつだよね?
「撃墜済みですが、かなり低空より窺うような飛行だった為、調査中です」
私は緊張に喉を嚥下させた。
あのヒロインのシルエットが、脳内に蘇る。
嫌な予感しかしない。
「大丈夫よ、紫朗。お父様が何とかしてくださるわ」
マミィがおっとりと微笑む。
美しいです、マミィ。顔が良いって正義ですね。癒されました。
でも多分、何とかするのはイケメンダディじゃなくて十三パパだよね。ツッコまないけど。
あと十三。
お前今、マミィの笑みと不安げな紫朗の顔で、ホクホクしてるだろ。薄っすら顔に出ているぞ。ツッコまないけど。