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翌日。
いつも通りに十三と登校し、入学式に出席した。挨拶文の原稿を登校中の車の中で渡されたけど、一回読めば覚えるので問題ない。
美形はツライけど、頭が良いのは便利で良いな。何するにも手間が減る。
「はい、在校生代表はここ座って」
小野寺ティーチャーに促され、私は壇上に上がった。席は一年生たちから見て右側だ。並んだ席には他の代表二人が座っている。どちらも攻略キャラなので、ここだけ異様にキラキラしているに違いない。
「え……何あの人……凄い美形」
「やばい……同じ人類と思えない……」
「顔が良い……すごい、顔が良い……」
紫朗が見える位置にいる一年生たちが、紫朗の顔に動揺してざわついている。
うん……昨日早めに寝ておいて良かったわ。基本は女子のファンが増えるばかりなんだけど、寝不足すると男子ファンが増えるんだよね。
元・腐った喪女だった身としては、差別的な気持ちは無いんだけどさ。申し訳ないじゃない? 私如きで、彼らの新しい扉開いちゃうの。
生徒から見えないように緞帳の影に控える十三が、何故かどや顔をしている。そして、聞こえる声にたまに小さく頷くような仕草もする。
何だよ、何でお前がそんな得意げかつ、同意しかないって顔するんだよ。くそぅ、私もそっち側が良い。
「ハイハイ、静かにねー」
小野寺ティーチャーが騒ぎを注意した後、入学式が始まった。
桜峰の入学式は、二部構成になっている。前半で学園長を始めとする教師たちの挨拶があり、後半で在校生代表からの挨拶がある。在校生は紫朗が全体の代表で出る他、運動部・文化部の代表が出る予定だ。今、横に並んでいる二人だね。
運動部代表と文化部代表はここで顔・名前・部活が判明する為、攻略難易度が低い。桜峰は部活の掛け持ちを禁止していないから、攻略時はここから攻めるのが基本だ。
「えー……本学園の生徒であるという誇りを持ち……」
学園長の長いスピーチを聞きながら、私はこの後の事を考える。
在校生スピーチは、運動部・文化部と続く。紫朗の出番は最後だ。目立つ以上、どうやってもヒロインに目をつけられてしまうだろう。
が、すぐに手出しは出来ないはず。
大丈夫、怖くない怖くない……。
いや、怖いわ。
目を付けられるって分かっててスピーチすんの、滅茶苦茶怖い。スピーチ自体はマイクの前に立てば、優秀な体が勝手にやってくれるけどさ。心がついていかないよ……。
あー……ヒロインちゃんにも転生喪女入っていないかなぁ。それなら穏便に事を済ませられそうなんだけど……そんな都合の良い話は無いよねー。
考え込んでいたら、不意にざわつく気配がした。思考の世界から抜け出して周囲の気配を探ると、どうやら運動部代表がスピーチを始めるようだ。
気配探るだけなのはね、うっかり視線を向けられないからよ。じっくり見たりすると、様々な勘違いを生んで大変な事になるからね。
「運動部代表、谷田良平です。陸上部、三年生。よろしく」
谷田が自己紹介しつつ、チャラ目のスピーチを始めた。
外見は見なくても分かる。少し赤味の強い茶髪を、うんと短くしている細マッチョ。釣り目気味の目で、いつも勝気そうな感じなのよね。全身からオラオラ感を出してて、リア充臭が凄い。んで、女の噂が絶えないタイプ。
……彼が「エスに見えるのにエムの人」ですよ。
あのオラオラ感と女の噂ね、わざとですから。女を手酷く振った後に、貶されんのが楽しみなんですよ。そっちが彼のメインなんです。
彼に捨てられた皆さーん! 必死に悪い噂して、クズだのゲスだの最低だの言ってますけどね? それ、全部彼のご褒美ですからー!
彼を攻略するのは簡単。酷い扱いをすれば良いだけ。それだけで言いなりで、分かる事なら何でもペラペラ喋っちゃう。激チョロなので、最初に落とすには最適なキャラ。
谷田の挨拶が終わり、女子をメインとした盛大な拍手が送られる。今年も陸上部は女子がいっぱい入るんだろうな……そしてそんな女子目当てに、男子もいっぱい入るよね……近付かないようにしとこう。
続いてマイクの前に立ったのは、文化部代表の城之内真。美術部の三年生だ。
彼は物静かな感じ……を通りこえ、常にだるそうにしている。顔色も姿勢も悪い。髪はボサボサで、服もシワシワ。
これだけ聞くと、残念な見た目をイメージするところだよね。
でもほら、攻略キャラだから。ひたすら顔が良いわけですよ。
ちょっと幸が薄そうな感じだけど、どちらかと言えば可愛い系かな? 大きめの目を眠そうに半眼にしていて、独特の雰囲気になっている。
「文化部のー、発展のためにぃ」
城之内は原稿用紙を前に持ち、小学生が感想文を読むようなノリで挨拶文を読んでいる。原稿は明らかに他人が作ったものだろう。
……彼ね、あれ演技です。
実際は他国のスパイなんですよ……。『家が国家的なんかに関わってたりする人が多い』って理由で、桜峰に潜入中なんです。
そんな彼は、子供の頃からエリートスパイとしての、厳しい教育がされていましてね……家族の愛情を知らず、孤独なわけですよ。
お約束通り、その孤独を突くとすぐ落ちる、チョロキャラなんですわ。
しかも、スパイでしょう?
情報いっぱい持ってるもんだから、こいつ落とすとその後の攻略が楽になっちゃうっていうあんばい。
ちょっとクスクス笑う声と共に、拍手が響いた。
城之内のスピーチが終了したようだ。
小野寺ティーチャーが合図してくれたので、私もマイクへ向かう。
途端、一年生がざわついた。大いにざわついた。
しょうがないよね、顔が良いもんね。分かる。「君尻」でもこのざわめきのシーンあったなぁ……その後の紫朗のスチルが良くて、何度も見たもんだよ……。
今じゃ自分の顔だがな。
「新入生の皆さん、初めまして」
一言喋ったら、ざわめきは一瞬で消えた。
わかる。紫朗、声も良いよね。自分の耳で聞くと分かりにくいから録音で聞いたけどさ、声優さんの美声そのままで驚いたよ。この顔でこの声とか、チートだよね。声変わりしてから暫くは、同じ声優さんの別のキャラのセリフ言ってみたり、推しキャラに愛を囁いてみたりしたよ。
前世の自分の名前? 言うわけないだろ。
何度も言わせんな、そこに自分はいらないんだよ。推しと推しが居れば良いんだ。
自分がゲームしていた時の気持ちを思い出しつつ、私は十三の作った挨拶文を暗唱し続けた。見ているところは空中だ。うっかり誰かを見ようものなら、そこからパニックが起こってしまう。
こんなん、私でなくても普通にコミュ障になるわ。紫朗がコミュ障なのも当然だよ。
あー怖い。人前怖いわー。体が優秀で良かったよ、勝手にスピーチしてくれるから。
スピーチはすぐに終わり、その後特に支障無く入学式は終了した。
人前に出て疲れたから、とっとと帰って休みたい。
「大丈夫ですか?」
十三が心配そうな顔をしている。
「……大丈夫だ」
本当は全然大丈夫じゃないけれど、それで構われるのもお断りだ。私は極力人と関わりたくないのだ。
こんな時はあれだよね。猫だよね。
あの柔らかい体を抱っこして、なでなでもふもふしたら、それで元気になれるよ。猫飼いたいなぁ。
でも、お家に高級品が多くてさ……猫は怖いんだよね。今はお金持ちだから心配いらないって分かっているんだけどさ、中身庶民だし。
せめて犬飼おうか。犬も好きだよ、お庭で飼えるかなぁ!
そんな事を考えながら歩いていたら、もう校門の前だった。すぐ外の車の中には、運転手の藤岡さんが見える。
今日もタイミングぴったりだわ。桜峰は迎車も多くて順番待ちがあるはずなのに、どうなってんのかしら。楽だから良いけど。
車に乗ってしまえば、少しは気が休まる。私はホッと息を吐き出した。
ザザザザザッ
その時、後ろから聞き覚えの無い足音が聞こえてきた。走っている足音だ。
足音は近付いてきている。というか、向かってきている。急いで帰ろうとしている感じではなく、狙いがここにある感じだ。
分かるだろか。
某ゾンビゲームで、足の速いやつが襲い掛かってくるようなこの感じ。
やだ怖い、何このホラー!
私は怖さのあまり、振り向くことが出来なかった。自分の影の頭の辺りを、焦点を合わせすぎない程度で見ているしか出来ない。
足音が近くなる。怖い。怖すぎて、体が普通にしか動かない。急いで逃げたいのに、動いてくれないの。怖いよー!
「……っふ!」
十三が息を吐き出すのが聞こえた。
やだー! それって格闘技とかで技繰り出す時にやる、なんかの呼吸でしょー? 何やったの、何があったの? やだー!
それでも私は振り向けない。同じように影を見ているだけ。
その視界の隅、自分の影の上の方を跳んでいく影がある。
影は空中で猫のように身を捻っていた。
小柄な体形で、影の主が少女であると分かる。毛先の方が緩くウェーブしたロングヘアの影が、ひらひらと舞う。
ぎゃー!! ヒロインの髪型ぁぁぁぁああ! もう来たぁぁぁあ!
斜め後方から、ズザーッという着地音が聞こえた。転がった音じゃない。無事に着地したらしい。やばいんじゃないの、これ。
怯える私の目の前、車のドアが開いた。あわわわ、有難う藤岡さん!
「紫朗さま、お乗りください」
私は無言のまま、車に乗り込んだ。十三が続いて乗り込み、ドアを閉める。そのドアの向こうに影が見えた瞬間、車は発進した。
こわっ! こっわーい! こわいよぅ!!!
ねぇ待って、これ乙女ゲームの世界だよね? いつホラーになったの? ねぇ!!
私は恐怖のあまり、車の中で気を失ってしまいそうだった。
ヒロイン来るの、早すぎでは……!