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 窓の外では、セミが鳴いている。青い空には白い雲がにょきにょきして、夕方には降るんだろうなと予感させる。


 季節は夏。

 学生待望の夏休みだ。


 春の(ヒロイン)騒動は無事に大蔵エンドを迎え、千代は雫と和解。その後、何故か意気投合。現在は一緒に部活を立ち上げ、小野寺ティーチャーを顧問にし、頑張っているらしい。

 ……なお、その部活とは漫画部との事。ちょっと羨ましい……混ざりたい。

 近々大きなイベントがあるとかで、最近は千代の訪問も減っている。すっかり千代が可愛くなっちゃった私としては、寂しい限りだ。更に二三ちゃんも千代と一緒に行動している為、寂しさ倍増。残っているの男ばっかりだぜ……。


「桐生院先輩、どうかしましたか?」


 動きを止めた私に声をかけてきたのは、大蔵だ。

 あぶれた男どもが、何故か我が家に集まっている。従者化した城之内がいるのはまだしも、彼女()がいるルネや、大蔵とは婚約騒動で敵対したはずの谷田までいる。

 いや、ちょっと分かるよ? 我が家、空調完璧だし大画面モニターあるし。ゲームも何でもあるからね。皆で集まるのにも丁度いいよね。

 でも、何故集まったし。


「……どうしてこうなったのかなって」


 特に大蔵、お前な。

 大蔵は雫と仲良くイチャイチャしているべきだろう。今原稿中なのかも知れないけど、そもそも家が隣なんでしょ? すぐ会えるように家に居なよ。何で我が家にいるのさ。大画面でゲームしている場合じゃなくない?


 あの後、婚約は谷田の側から解消させた。大蔵と雫が付き合っている事が分かったから、身を引いたという形で。

 だが、学園内では「寝取られた男」として、谷田は憐れみとからかいを含んだ目で見られている。彼にとってはこれ以上の褒美はあるまい。


 この件で、新たに注目されたのは大蔵だった。元々女子の人気の高い大蔵が、好きな女の為に戦ったと取られ、更に人気が上がったのだ。

 ……実際は、意図的に一服盛られてようやく思いを口に出来るレベルのヘタレなわけですがね。

 その辺まで詳しくは知らない彼女たちは、物語の登場人物のように、大蔵をちやほやした。近くを通ったらキャーみたいな、分かりやすいアレである。

 基本的に目立つのを嫌っている大蔵は、それをよしとしなかった。


「木の葉を隠すなら森の中ですよ」


 大蔵はしれっとした顔で言う。

 紫朗()は森かよ……。

 大蔵の言葉に大きく頷きながら、十三がお茶を出してくれる。


「その辺の美形が束になってかかっても、紫朗さまの前に出たら霞みますからね」


 ヘタレ大蔵は、私を隠れ蓑にしやがったのだ。

 確かに紫朗の顔は美しいし、従者の十三も美形だし、最近はルネや城之内も近くにいる。たまに谷田や小野寺ティーチャーもいる。これだけ多種多様な美形が揃っていれば、単体に目が向きにくい。大蔵が一人加わったところで、大差なかろう。

 分からなくはないのだが、納得するかどうかは別の話だ。


「……それに、紫朗さまのお傍は居心地が良い」


 城之内の言葉に、その場にいた紫朗以外の全員が頷いた。

 ……そりゃそうだろうよ。紫朗お金持ちだもの……周辺環境整っていれば、居心地よくて当然ですよ……。

 そう考えて内心ちょっと拗ねてたところに、相変わらずの便利機能付き十三が言葉を続ける。


「紫朗さま、少し変わられましたからね」


 へ?

 え、何それ。私変わった? というか、私が変わったから居心地良いの? 環境が原因じゃなくて、私が原因?

 不思議に思って十三に目を向けたら、十三は胸を抑えた。それからやや息を荒くし、その呼吸を整えるようにして、ようやく続きを口にする。


「以前よりも、私たちを受け入れてくださっています」


 うん……それはあるかも。

 その辺見ていてくれたのはすごく嬉しいけど、ちょっと小首傾げた顔くらいで一々動揺しないでくれるかな、十三。嬉しいより面倒臭いが上回るから。

 大蔵が、頷きながら言う。


「そうですね。前の雰囲気のままでしたら、雫が居ても近寄りがたかったです」


 大蔵の話によれば、だからこそ陰ながら雫の尻拭いをしていたらしい。

 ところが、雫がブチ切れて大蔵を連れてきたあの日。

 雫に連れられて近くで紫朗を見て、雰囲気の違いに気付いたそうだ。


「……今の桐生院先輩には、何か母性的なものを感じるんです」


 黙れマザコン設定。あと、頷くな周りのやつら!!

 それはあれなの? お前の中のマザコンの血が、本能かなんかで感じ取っているの? 紫朗の中の私が駄目なのか? うぎぎ……!

 でも確かに、ルネや城之内に母性がわく事はある。可愛いからね。これのせいかなぁ?


「駄目でも、失敗しても、受け入れていただける感じがします」


 ルネがキラキラした目を向けてくる。

 ほらね、この目。こんな目で見られたら、母性わくでしょ。男でも母乳出るでしょ。仕方がない。

 まあ、ルネの駄目さは本来許される範疇を超えているんだけどさ。でも実行はしていないし、結局咲の力で更生しているし、良いかなって。

 ルネ以外も皆、十分駄目な部分がある。何しろ君尻はそういう設定のゲームだった。駄目キャラには当然、紫朗も入っている。

 見た目と能力だけは素晴らしくても、中身が私じゃどうにもならないもんなぁ……。元の設定の紫朗と、全然変わらない。ダメダメだ。


「……皆も……僕を受け入れてくれている」


 私が受け入れているというよりも、皆が受け入れてくれていると思う。こんな駄目な私だけれども、皆、私を否定しない。有難い。内心感謝している。

 ただし十三、お前は別だ。お前は紫朗の(この)顔であれば、中身はどうでも良いだろうからな!


「紫朗さま……!」


 十三がうるうるした目でこっちを見てくる。

 感極まっているようだが、お前はカウントに入っていないからな? 勘違いするなよ? やだな、なんかツンデレみたいじゃないの。違う違うのよ、本当に十三はカウントに入れて無いんだからね……!

 おいこら何でさっきまで一緒に感動していた十三以外が、急にほっこりしているみたいな顔になっている。本当だ、本当に十三はカウントに入っていないんだ……!


 居た堪れない空気になったところで、来客の知らせがあった。地獄に仏。しかも来たのは千代らしい。

 やった、千代に久し振りに会える。

 前と違って勝手に突入してこなくなった千代は、今はこうして事前にちゃんと連絡をくれる。さっきも思ったけど、最近あまり来てくれなかったから、ちょっと寂しかったのよね。

 状況的にも丁度いいので、十三にお迎えを頼んだ。


「……そういえば、咲も漫画作成に参加してましたよ」


 あまり聞いちゃ悪いかと思って聞かずにいたけれど、なるほど。それでルネもこっちに来ていたのか。何だよ、結局寂しい男の集まりかよ……。全員顔が良いのに、何だこの悲しい集まりは。

 ちょっとしょっぱい気持ちになっていたところで、十三が千代を連れて戻ってきた。


「お兄様、お久しぶりです」


 久しぶりに会った千代は、夏だというのに全く日焼けしていない真っ白な肌だった。その千代の後ろには、同じく全く日焼けしていない二三ちゃんもいる。


「二人とも、久しぶり」


 千代と二三ちゃんに挨拶したのに、何故か十三がグッと拳を胸に当てて堪えた。何を堪えたのお前。


「紫朗さま……笑顔など、なんと珍しい……」


 可愛い従妹と後輩に微笑んだだけだ。お前にじゃないぞ、十三。

 ブレない十三を無視して、千代と会話を続ける。


「今日はどうしたの?」


 千代はニコニコしながら、一冊の本を取り出した。薄くて表紙フルカラーB5サイズのそれは、どう見ても同人誌だ。


「みんなで作っていた本が出来ましたの! 是非、献本させてくださいませ」


 あ、ついに出来たのか。イベント間に合うんだなーおめでとう……なんて思いながら、私は差し出される本をそのまま、手に取ろうとした。

 手に取ろうとしたから、当然、表紙がしっかり目に入る。


『紫朗総受け本』


 私は動きを止めた。

 それから、気のせいかなって思って、瞬きしてから良く確認してみた。


『下剋上! 紫朗総受け本』


 もっと酷かった。下剋上って事は、この『総』の中に十三が居やがる……。

 動きの止まった私を見て、千代は何故かとても満足そうに頷いた。


「どうしてもお兄様より思い入れのあるキャラクターは作成できませんから、お兄様をモデルにしたんです!」


 あ、うん……そんなに紫朗を好きでいてくれて、すごく嬉しい、よ……?

 でも、何でそれでボーイがラブする内容に? 夢な内容では駄目なの? いや、理解はあるよ? 私も中身に腐った血を持つ女がいるわけだし。

 疑問が全部気配として外に出ていたのか、千代が続ける。


「もちろん、お兄様とヒロインも良いんですが……どこの馬の骨とも知れぬ女をお兄様にあてがうわけにもいきません。それに、お兄様はヒーローと言うよりヒロインだと思うんです!」


 待って。

 いくら中身がこんなんでも、ハイスペック男子にヒロインは無いんじゃないの? どうしたの千代。会わない間に可愛い千代に何があった。


「それで雫さんと話し合った結果、当サークルはお兄様をヒロインとしたハーレム路線で行くと決めたんです!」


 雫、お前か――――!

 確かに言ってた! 『しろたんハーレム』とか言ってた! 言ってたけど、おま、お前……大蔵という彼氏が出来てもそれか!


 私は頭を抱えたい気持ちをグッと堪えた。

 そして、もう一度本に目を向けて、驚愕した。


 え、上手すぎない? 誰が描いたのこの表紙。


 最初は自分の名前が書いてあるせいでそっちに目が行っちゃったけど、絵上手いな? 上手すぎて普通に君尻公式レベルの出来だから、違和感が無い。先に文字に目が行ったのは、それも原因だ。なんだこれ。

 本当に誰だ、これ描いたの。前世だったら行列作って買うよ、この本。まじか……。

 紫朗の目が絵にいった事に気付いた千代が、何故か得意げに胸を張る。


「ふふ……上手でしょう? メインの作画担当は二三ですの」


 二三ちゃんか――――!


 思わず視線を二三ちゃんへむけると、少し照れた様子で微笑んでいる。すごく可愛いが、描いた内容は紫朗総受け。可愛くない。そして絵が本当に上手い。何だこの才能。今より前世で会いたかった。


「宣伝がてらにウェブサイトを作成しまして、既に好評を得ているのです。今からイベントが楽しみでなりませんわ」


 千代の話によると、千代プロデュースで二三ちゃんが作画、サイト作成は雫で、イベントの申し込みや通販処理、印刷所の手配は咲がやっているそうだ。ストーリーは全員で作っている、との……事……。


 君たち……それ、ライバル全員で会社作るエンドに……近いね……。

 人数が足りない分、会社じゃなくてサークルになっちゃったのか。いや、良いんだけど……良いんだけど、本人に見せちゃうのはどうなの……。


 私は手元の本を見た。

 幸いなことに全年齢向けだった。そうだよね、千代たちそもそも十八歳未満だし。うん、良かったよ……。


「言い値で買おう」


 十三が二三ちゃんの肩に手を置いて、真顔で訴えていた。止めろ。美形兄妹で無駄に絵面が美しいのが腹立たしい。

 いつもなら十三ばりに食いつくルネも、今回ばかりは複雑な表情だ。


「ううう……紫朗様がお相手な事に不服は無いのですが、考えたのが咲だと思うと……」


 まじか……『総』のルネ部分は咲担当なの? 残酷過ぎない、それ。彼女に上司とのボーイがラブする話作られているの? うわぁ……ルネ、うわぁ……かける言葉が見つからない。


「雫はそれはやらないのが救いです」


 やや遠い目をした大蔵が、ぽそりと呟く。

 うん……ルネよりはマシではあるな。あるけど、似たようなもんでは? 大蔵にはザマァと言っとく。お前、ちょっと苦しんどけ。こっちは大変だったんだからな。


 あ、駄目だ。一番悲惨なの私だ。これ、紫朗総受け本だった。


「もう次の案もありますの! 楽しみにしていてくださいませ」


 とてもいい笑顔で千代が言う。

 その後ろでは二三ちゃんも、にこにこ可愛い笑顔だ。


「…………うん」


 ここで嫌だと言えるようなら、転生してまでコミュ障拗らせない。

 私は力なく頷いて、前世だったら並んで買うような本を見詰めた。



 中身のせいなのか。

 イケメンになっても、世界は全くままならない。

34話は十三パパの名前になるので番外編入れて、パニックルームのところの十三へのフォロー入れようと思ったのですが、あと一話で終わるところに番外編入れるのも何ですので……。


最後までお読みいただきありがとうございました。

よろしければ、★ぽちぽちしていただけると幸いです。

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