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雫の嫌われっぷりに、ちょっと可哀相な気がしてきた。
自業自得ではあるけれど、前世さんが絡まなければ、あの子そこまで嫌われる要素無いのに……前世さんだって、落ち着いたらあそこまで暴走しないはずだし。……しないよね? しないと思いたい。
とりあえず、彼女の幸せはこの計画にかかっている。早いところ幸せになって、落ち着いていただこう。
「今日はもう、大蔵が大きく動く事は無いと思われます」
十三はそう言いながら、タブレットを出した。その画面には、谷田家の情報が事細かに書かれている。……うん……、谷田の性質まで書かれているね。
「これら谷田家の情報を集め、如何に無難に立石雫を解放するか、作戦を練る事でしょう」
谷田家は、比較的手堅い商売をしている。危ない橋は渡らないタイプで、つついても粗らしいものは無い。婚約破棄を狙う場合、谷田の性癖を知らせるのが一番良いように思える。
そこが罠。
上下関係がある以上、谷田の評判を落とすと「だからこそよろしく頼みますよ」と、押し付けられてしまう恐れがあるのだ。
……まあ、情報を見る限り、谷田のご両親はそんなことしそうにないけどね。凄く穏やかで真面目との評価だもの。……なんで息子は……いや、止めておこう。なんか谷田の事を考えたら負けな気がする。
個人的にはさ、昔の映画みたいなのをやって欲しい。結婚式に乱入して、花嫁を連れて行くやつ。あの名シーンの再現を、美男美女で見たい。子供の頃、あのシーン真似したりしたよね。え、知らない……? 良いんだよ、分かる人だけ分かれば!
「一番簡単なのは、立石雫の父がいる系列会社の乗っ取りですかね」
ルネが淡々と言ったそれ、普通は簡単じゃないよね? 一般的な高校生には不可能だよね? いや、大蔵が一般的でないのは分かっているけれど。
あー……そういや、大蔵って確か……中学生の内から凄い画期的な会計ソフトとか作っちゃって、一財産築いてんだっけ。
ルネの言葉に、十三が首を振る。振った方向は横だ。
「資産的には可能です。ですが、未成年なので難易度が上がります」
そうね。お金持っていれば色々有利に動ける部分があるとはいえ、未成年ってだけで動きは制限されちゃうよね。
あと、確か大蔵って、それほど目立たないようにしていたはず。設定的に。
ソフトが売れて、お金入ったじゃない。あれのせいでマスコミに騒がれちゃって、懲りてんのよね。だから会社の乗っ取りみたいな、目立つことも避けると思う。
「大蔵の行動パターンからみれば、谷田の系列会社のシステムへの介入や、評価を落とすところから始めるかと」
十三の予測に、内心ため息をついた。
高校生のやることか、それ……。大蔵、嫌な高校生だなぁ。もっと単純に生きようよ。唐揚げ美味しいとか、あの子おっぱい大きいとか。いや、好きな子の為に動いているなら単純なのか? わけわからんな。
私は前世の高校時代を思い浮かべた。
修学旅行の時、男子がお風呂でシャンプー中、他の子がその頭に股間のモツをのせて「ちょんまげ!」って遊んでたって……言ってたっけ……。
アホだなって思うけど、楽しそうだな。今の私じゃ出来ないわ。やる相手がいないし、してくる人もいないし。望めば十三辺りは嬉々としてやるだろうけど、それは危険すぎる。色々と。
最近は十三とルネが仲良しだから、この二人がやったらどうだろう? ……美貌ゆえに雰囲気が妖しすぎるな……や、それはそれでアリか? でもほら、ルネには咲がいるから! そっち方面に妄想するのは止めておこう?
「簡単な手はありますが、大蔵には無理ですし。本日はここまでにしましょう」
思考が逸れてきた辺りで、十三がお開きにしてくれた。
部屋に戻り、晩御飯まで少し考える。
どうしても、このまま上手く事が運ぶと思えない。十三は確かに優秀なんだけど、大蔵だって優秀だ。裏をかかれないとは限らない。
あと、何か重大な事が足りていない気がするんだよね。
雫が幸せになれる為の計画。
雫嫌いの十三だから、失敗したら罰になるよう采配されている。
……これ、雫は納得しないよね? 実際不満そうだった。
今は計画通りに進んでいても、このままで済むかなぁ……? 彼女、何かやらかさない? 今までの事を考えたら、とても安心できないんだけど。
むしろ何かやらかしそうだよね。いや、やらかすよ……絶対。
そしてそれを、見逃す十三でもない。
私は両手で顔を覆った。
やだもう、十三怖い。絶対あいつ企んでる。前世さんの暴走も計算済みだよ……。
コンコンと、ノックの音がする。
晩御飯の時間で、十三が迎えに来たのだ。
ドアを開けると、ご機嫌らしい気配がダダ洩れの十三がいる。
「紫朗さま、お食事の時間です」
……うん、それだけじゃないね? お前……報告があるんだろう?
十三は私の視線だけで、満足そうに口角を上げた。
「あと、お食事前にご報告もさせていただきますね」
ほらきた。
勝手にこっちの思考読んで、勝手に話していくスタイル。便利だけど十三ゆえに腹立たしいやつ。
こちらの返事を待たず、十三は先を歩きながら報告を始める。
「追い詰められた立石雫が、大蔵を襲いました」
は?
一瞬動きが止まりかけた私に構わず、十三が続ける。
「正確には、一服盛ったようです。大蔵側も承知で盛られていると思われます」
はぁ?
あ、いや……予測はしていた。前世さんが何かやらかすだろうなーって。それも十三は計画に入れているだろうなーってのもね?
でも、一服盛るって。
「『薬で正気を失っていたとはいえ、責任を取る』……と、言質も取れたそうですよ」
……はああああ?
何なのそれ。
十三の言う通り、大蔵が一服盛られたなら、承知で盛られているだろう。その辺が読めないタイプではない。
そこまでしないと告白も出来ない上、言った言葉はソレか? お前どこのハーなんとかクインのヒーローだよ。何でそんな男に惚れるかな、ヒロイン。
と言うか、あの事前のメッセージのスクリーンショットは……?
「大蔵の煮え切らない態度にブチ切れて、押しかけたとの事で」
聞かずとも勝手に答えるスタイルで、十三が教えてくれた。
あー……前世さんが切れたか。あれで。こっちには都合の良いお薬もあるからなぁ……うん……そりゃ、使っちゃうかぁ……。
頭に浮かんだのは、お開きにする時の十三の言葉。
『簡単な手はありますが、大蔵には無理ですし』
大蔵には無理って事は、雫が動くの待ってたって事か……。
結果的に良いのかも知れないけど、フクザツ。雫……初めてがそれは……なんか可哀相なんだけど……本人が良いなら良いのかなぁ……。うう……。そういった経験が無い元喪女としては、もうちょっとその辺に夢が欲しいよ……。
この日の晩御飯も、見た目を綺麗に盛られた美味しそうなご飯だったんだけど、心情的に楽しめなかった。
……報告、ご飯の後に聞けば良かった……。
そして翌日。
「ブチ切れちゃいました!」
良い笑顔で大蔵を引っ張ってきた雫は、前世さんじゃない方でした。
……うん。
そういえば、『君尻』ヒロインはデフォで肉食系でしたね。思い出しました。むしろ元喪女の前世さんが、尻込みして引っ込んだ模様。そうだよね、分かる。
腕を引っ張られている大蔵は、困惑しつつもちょっと嬉しそうだ。
……そうだね……君、マザコンだったもんね……女の子強い方が好きだよね……。その今の構図、ゲームのスチルで見た事あるわ……あー、これ大蔵斉史エンドかー。
「ふふ……婚約者を寝取られる……ふふ……ぅッ!」
嬉しそうに身悶える谷田を見ないようにしつつ、私は城之内の頭を撫でる。
こんな計画の為に、一人で谷田の運転手役やってたからね。偉い。頑張った。ちょっと褒めただけで凄い嬉しそうだから、心から不憫でたまらんよ……。良い子良い子。
小野寺ティーチャー? あれは十三から何か貰って拝んでいたから、もう良いんです。ルネも褒め済みだし。十三? 今褒めるとつけあがるので、落ち込んだ時にします。
それにしても。
狙われたのが紫朗でなくて、本当に良かった……。薬盛って既成事実とか、一番怖いやつじゃないの。大蔵が居てくれて助かったわ。お幸せにね?
あ、もう幸せですかそうですか。