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 そんなわけで、私たちは翌日より作戦を実行に移した。

 まずは谷田がニコニコご満悦で、雫と婚約したと言いふらす。

 まだ本性の知られていない谷田は、学校では人気者の一人だ。その谷田が婚約したと言えば、噂は瞬く間に広まる。しかも相手は嫌われ者として知名度を上げてしまった雫。話題性は高い。事前に雫に付きまとっていた事も知られている為、疑う者もいなかった。


 あちこちで噂話がされる。


 そこに現れた小野寺ティーチャーが、「あれはやり方が良くない」と、独り言のように呟くのだ。呟きは傍にいる人には聞こえる程度の大きさで、聞こえた人はそれをまた、誰かに伝える。

 小野寺ティーチャーは学校では良い先生だ。生徒思いで知られ、人望も厚い。先生だし、立場上何か知っているかもしれないと、誰もが思う。そんな人が呟いた言葉は、その声の大きさ以上の影響力だ。


 休み時間に話題の一つとして噂話を聞かされたルネは、何かを知っている気配を出しつつ、「権力で無理矢理は良くないと思う」と天使の顔で言う。

 ルネも「天使ちゃん」などと言われて大人気だ。人を殺せるような本性は知られていない。可愛らしい顔と声で言われた言葉は純真な子供のそれで、誰もが真実と思う響きを持っている。しかも最近谷田と少し話している様子など目撃されていた為、何らかの事情を知っていてもおかしくないと思われた。


 そこに、ご当人の雫だ。

 谷田の婚約者という立場は、演技ではない真実の嫌悪感を伝える。本気で嫌がっている気配は、「無理矢理権力で従わせた」という噂を信じさせるには充分だった。


 誰もが「あの雫が、谷田の婚約者になったらしい」「しかも無理矢理権力で従わせたそうだ」と噂した。噂が完全に広がった頃には、後者の「無理矢理権力で」の出どころも話題にならないほど、共通認識となっている。

 桜峰学園は、もはやこの話題でいっぱいだった。


「……ここまでは上手くいっているようですね」


 周囲の様子を窺いながら、十三が満足そうに頷いている。

 一連の流れは十三が考えたものだった。十三が考えた通りの結果になっていることに、内心震えが止まらない。

 何この子、凄い怖い。

 脳裏に「山川先輩は才能がある」と言った、ルネの顔が浮かぶ。

 その才能はあっちゃ駄目なやつでは。やっぱり十三やばいのでは。何でこんなやばい性格のやつを従者にしているの、(紫朗)。大丈夫なの、桐生院家。

 いや、助かってますよ? 十三は有能です。今回のこれだって、計画通りで順調ですから。お仕事として有用なのは分かるんですよ。紫朗に従順であるのも分かってます。

 でも、怖いじゃないの……何この子。思わず繰り返しちゃう。


「後はこの噂を聞いた大蔵の反応次第になります」


 結果はどちらでもいいみたいな表情をしているけれど、この作戦を立てた以上、十三としては大蔵が動く可能性の方が高いとみているんだろうな。じゃなきゃ、こんな方法取らないだろうし。

 私もそう思っている。あれだけ奇怪な行動をとるようになっても、なんだかんだで雫の世話しているじゃない? 大蔵って。

 その気がなかったら、絶対見捨てると思うんだよね。学校の嫌われ者に関わるって、割と自殺行為だし。

 問題はどのくらいの時間で動くか、かな。

 雫が嫌がっているのが明らかである以上、すぐだと思うんだけど……。


 そんな事を考えていたら、谷田からメッセージが届いた。


『大蔵が凄く睨んできます。凄く睨んできます。凄いんです』


 ……あ、うん。

 大蔵がすぐにでも動き出しそうなのと、睨まれて嬉しいのが伝わったよ……。後者の情報要らないからね、谷田……。でも、学校で『酷い男』と噂になっているのが嬉しいのは、言わずに自重したんだね。偉いぞ谷田……あれ? 褒めるところかな、これ。


「十三」


 呼んで画面を見せたところ、何故か十三は歯を食いしばった。何を耐えたんだお前。


「谷田の分際で……もう紫朗さまの連絡先を知っているなんて……」


 そこかよ。

 しょうがないだろう、作戦の都合上! 私だってあいつと連絡とるの嫌なんだよ!! 十三に全部任せる手もあったんだけど、何かあった時の為に紫朗の連絡先だって知らせておく必要があるでしょうが!!

 まあ、ここで十三じゃなくて紫朗の方に連絡を入れる谷田も谷田だよね。十三の連絡先も知っているのにわざわざこんな事するのは、後で十三にネチネチ文句言われるのを期待しているんでしょう……? あー……分かっちゃう自分が嫌。


「谷田が喜ぶレベルなら、大蔵はかなりあからさまに睨んでいるのでしょう。これは、もう一押しすれば確実……というところでしょうか」


 十三は悔しそうにしながらも、ちゃんとメールの文面を読んでいた。

 私もほぼ同意見なんだけどさ……一回ちゃんと大蔵を見てみたい気持ちがあるのよね。どんな風に谷田を睨んでいるのか、この目で確認しておきたい。その睨み具合で、雫への気持ちがどのくらいか分かると思うの。分かれば、今後の計画も立てやすくなるでしょう?

 ……決して「やきもちでメラメラしている青春真っ盛りの青少年」が見たいわけではないのよ。違うからね。ち、違うん……違いません。はい。


 見たいです。

 青春真っ盛りの、少女漫画みたいな展開を、美形ばかりで!!


 何が良いって、自分が直接は絡まない展開よ。計画側に居るとはいえ、私|《紫朗》は表に出ないじゃない。実際に青春劇場を演じるのは、雫や大蔵、谷田だもの。全員顔が良いし、展開はもろに少女漫画だし、ちょっと浮かれちゃうのは仕方がないと思うのよ。

 失敗すると雫が不幸になるので、遊んではいられないけどね。

 谷田の嫁とか、対応した性癖でないとただの地獄だもの。雫とは別に、対応した嫁を見つけて貰わないと。


 何にしても、まだ初日。計画は動き出したばかりだ。

 大蔵の性格からして、いきなり動く事はないだろう。事態が事態なので冷静さを欠いていたとしても、ある程度の準備はしてくると思われる。さすがに今日は何もないはずだ。

 今週中に動いてくれると、助かるな……。何らかのアクションがあれば、それはもう、雫を好きだと言っているのと変わりない。谷田を睨んだ時点で、大蔵は気持ちを白状したも同然だ。

 ただ、声に出してくれない事には、雫に伝わらない。二人の関係も進まない。


「……素直に口を割ってくれれば」


 私がそう呟くと、十三が深く頷いた。

 大蔵、ゲームや聞いた話の情報からでも、悪あがきしそうなんだよなぁ。雫を助け出したとしても、気持ちを言うか疑わしいところがあるのよね。

 目に浮かぶようじゃない。「何で助けてくれたの?」「そ、それは……幼馴染が、困っていたからだ!」みたいな展開。わー甘酸っぱい。じれったい。バレバレなんだよ、チッキショウ。

 それはそれで美味しい展開なんだけどさ、今回は困るわけよ。早いところ雫に幸せになってもらわないと、雫の前世さんが鬱陶しいもの。雫が幸せになる事で、落ち着いて欲しい。


 そんなわけで、今回は助け出せない展開です。十三はその辺抜かりないからね。かなり陰湿に包囲網敷かれているよ。

 大蔵が白状しない限り、雫は谷田の嫁決定。

 頑張れ大蔵。雫を幸せにする予定で立てた計画だけど、作ったの雫が大嫌いな十三だから。失敗した場合のリスクがすげぇぞ。


「今日は初日ですし……噂が広まっただけで充分でしょう」


 十三はそう言いつつ、谷田に『今日は雫と一緒の車で帰るように』との指示を出していた。もちろん、雫は安全にお家に送られる。谷田が雫に手を出すことはまずないので、この辺は安心だ。

 だが、安心しているのは私たちだけである。谷田の本性を知らない大蔵は、さぞ心配な事だろう。


「さて……どう出ますかね」


 お前さっき「充分」って言ってたじゃないか……その舌の根も乾かぬうちにこれか。

 ちょっと楽しそうな顔をした十三は、完全に悪人モードだった。

 似合っているので止めなさい……。

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