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「ねぇ、これ私の意見はナシの方向なの?」


 (前世さん)が大変不愉快そうに呟いた。

 うんうん、分かるよ。谷田が嫌なのは分かる。

 だが、キミの意見はきかないよ。その嫌な相手ってのも、計画に有効だしね。


「あなたの意見が通ると思っていたのですか?」


 十三が、やや冷たい顔で雫を見た。


「ご自分がしてきた事を考えてください。私たちはあなたが大嫌いです。紫朗さまがいらっしゃらなければ、今頃この場にもいないくらいに」


 十三のきつい言葉に、谷田以外が全員頷いている。

 ……まあね。私も彼女が千代にした事を許してはいない。だから谷田を押し付けるのも平気なわけだし。


 ただ、私は二つほど、知っている事がある。

 一つは、彼女がここを「ゲームの世界だから」と思ってしまっている事。

 それがなければ、彼女も暴走しなかっただろう。……多分ね。


 そしてもう一つは、雫本人はただの恋する乙女って事。


 前世の記憶持ちとして、責任感みたいなものがあるのよ。

 彼女がそのまま普通に暮らしていたら、近いうちに大蔵と付き合いだしていたと思うんだ。それを、前世さんが邪魔しちゃったみたいに感じるの。

 私自体も被害者側に入るけどさ、分かっちゃっている手前、放置出来なくて。雫、助けてあげたいじゃない……。

 もちろん、二人をくっつけちゃえば、前世さんも落ち着くだろうと見込んでの事だけど。


 でも、予想以上に十三達は怒っていたんだな。これ、こんなに嫌っているのに協力させるの可哀相かしら? 大丈夫? 労働条件としてブラックじゃない?

 十三は私の視線に気付いて、珍しいくらい柔らかに笑った。

 あ、嫌な予感がする。この顔は今、何か企んだぞ。


「でも、紫朗さまは寛大でお優しい方。だから、あなたに協力しています」


 わー、良く言うよ!

 本当は大蔵とくっつけちゃえば静かになるからだって思ってんだろ! それで協力しているのに、何だその全部私が善人だからみたいなセリフ!

 あと、分かっているからな! お前それ、雫じゃなくて私に聞かせたかったな!? 恥ずかしいから止めろこの野郎! わざとらしい笑顔つけやがって!!


 自分の働かない表情筋に助けられつつ、私は十三の言葉を遮る為に口を開いた。


「……許してはいないから、後で千代に謝って」


 雫は口をむぅっとへの字にした後、急に眉を八の字に垂れさせた。

 あ、これ前世さん引っ込んだわ。分かりやすすぎる……。


「後でじゃなくて、すぐにでも……謝らせていただけるのなら」


 あら素直。

 ……と思ったら、実は既に何度か謝りに向かったらしい。ところが草の者に邪魔されて、千代には近付けなかったそうだ。

 そうか、そうだったわ。ルネにセキュリティ強化と言われて、草の者にも伝えてたわ。千代側のスタッフにも伝達していたから、そりゃ近付けなかっただろうよ。途中から十三ママも加入したもんね。うん、それは無理だ。


 無罪になったものの、雫が元凶と考える人は多かった。雫自体、自分が悪い事は分かっている。だから、千代以外の被害者たちには既に謝罪したとの事。

 なので、私はメッセージで千代を呼んだ。


 ……千代、あれからメッセージを送ってくれなくなっていたのよね。私は許しているのに、あの子自身が自分を許せないみたいでさ……。

 千代の積極性は怖いけど、そんな姿は見たくないっていうか……可哀相で見てられないっていうか……うん。正直言って、ちょっと寂しいんだわ。

 しょっちゅう来たりメッセージしてたりって子が、急に音沙汰なくなったんだもの。寂しくて当たり前よね、うん。

 ……矛盾しているのは分かっていますとも。

 構われるのが怖い反面、好かれているのは嬉しいのよ……。


 私からの呼び出しに、千代の返信は無かった。無かったけれど、来るのは分かった。あの子が紫朗の呼び出しを無視するわけがない。

 待っている間に、私はひとつ、雫に聞いてみる事にした。


「……記憶の方が強い時、君はどうなっているの?」


 雫は少し考えて、言葉を選びながらゆっくり答える。


「そのままです。……でも、少し……感覚が変わるというか……何をしても良いという、変な万能感みたいなのがいっぱいになって……」


 あー。

 うん、そうだよね。前世の記憶でこの優秀ボディ手に入れると、変な万能感は出る。雫ボディも相当優秀だもん、出るよなぁ万能感。

 ……いや、ちょっと違うか。雫は「何をしても良い」と言っているから、これは「ゲームだから」感覚か。


 これも、そのうち彼女に分かるだろうな。

 もう差異を感じているように……完全に同じではなく、ここは似た設定があるだけの「別の世界」って。


 ゲームに入り込んだみたいに思うけど、違うんだよね。生身の体がある、それぞれの感情もある。ゲームに登場しない人たちも、ちゃんと存在している。

 自分勝手にしていい、都合の良い世界では無いんだよ。


「正気に返った時に、後悔でいっぱいになるんです。それで落ち込んでいると、また万能感が出てきて」


 何それ、無限ループみたいで怖い。

 話した感じは、前世さんと同じかな。雫の説明の方が分かりやすい。人格が完全に分かれているわけじゃなくて、ものの感じ方が変わるのかな。

 でも表情や口調まで変わっちゃうから、別人格っぽいんだよ。早いとこ落ち着いてもらっとこう。見てる方が不安になっちゃう。

 そんな事を話している間に、談話室の扉が静かにノックされた。

 十三が扉を開くと、数日ぶりに見る千代がいる。いつものすっ飛んでくる千代じゃない、まだしゅんと落ち込んだ感じの千代だ。……あ、後ろに二三ちゃんもいるね。一人じゃ不安だったかな。千代に付き合ってくれてありがとう、二三ちゃん。

 私は十三に、二人とも入れて良いと合図した。


「お兄さま……」


 千代は部屋の中に雫がいる事に気付き、酷く緊張したようだった。その肩をぽんぽんと叩いて落ち着かせて、雫を見る。

 雫はすぐに頭を下げた。


「ご迷惑おかけしまして、申し訳ございません……」


 触れたままの千代の肩が、びくりと揺れる。私はそれを抑えるように、手に少しだけ力を込めた。千代はそれでも落ち着かないのか、紫朗の上着の端を掴む。

 あらやだ可愛い。こんな可愛い千代珍しい。本当に怖いのね……。

 雫はまだ頭を下げている。千代が声をかけるまで、上げる気が無いのが分かる。


「千代」


 私が呼ぶと、千代は泣きそうな顔で私を見た。今度はその頭をぽんぽんと叩いて、少しだけ笑って見せる。働け私の表情筋。


「許すのでも、許さないのでも、返事をしてあげて」


 千代の背中に、二三ちゃんがそっと手を添える。それでやっと千代の口が開いた。


「絶対許さない! あなたのせいでお兄さまに迷惑かけたんだもの……私にそんなことさせて、絶対許さないんだから!!」


 そう言いながら、千代の声は震えていた。

 ああ……怖いというのとはちょっと違うんだな。嫌なんだ、ただひたすらに。もう近寄りたくないし、関わり合いになりたくないんだ。

 偉いなぁ、千代。そんな嫌な相手に、良く声を出した。私なら誰に頼まれても逃げちゃうよ。

 私は千代の頭を撫でた。偉い偉い、良く出来ました。


 あとね、雫も偉いわ。

 同じ学年だから、お互いの情報を持っているはず。お互いその学年の有名人だもの、何もしなくても、勝手に耳に入るだろう。雫は自分が嫌われている事も、重々把握していたに違いない。

 それでもちゃんと謝って、ただ怒られているんだもの。


 ああ、雫が凄く可哀相になってきた。

 この子、前世の記憶が無ければこんなに嫌われなかったと思う。素直だし頑張り屋さんだし、むしろ人気者になったんじゃないかしら。もしかしたら、千代とも友達になれたかも知れない。


 うーん……同一人物ではあるけれど、もうちょっと前世さん部分に反省して欲しい。彼女、もう少し痛い目をみるべきというか……これも本来、彼女が受けるべき罰では?

 ……違うな。

 もう前世の記憶が出てこないよう、雫が幸せになれば良い。


 急に思い出したよ。

 前世の母親がね、良く言っていたんだ。

 誰かの不幸を願う暇があったら、大事な誰かの幸せを願った方が良い。同じ願いでも、叶った時の嬉しさが違うって。


 生まれ変わって、初めて実感した。一回死んだからこそ、良く分かる。

 わざわざ不幸を祈りたくなるようなヤツの為に時間使うの、無駄だわ。時間は有限なんだぜ。


 よし、改めて決定。雫を幸せにしよう。

 幸せにするの私じゃなくて、大蔵だけどな!

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