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ああ、スチルと同じだわー……。
それが雫を見た感想だった。
あんなに見るのが怖かったのに、見てしまえばなんてことはない。他の登場人物たちと何も変わらなかった。
ただ、強いて言うなら目が違う。
こう……大きさは目狸っぷりがゲーム通りで全く変わらないんだけど、絵より媚びた感じが無いのよね。ギラギラして、可愛いっていうより強い感じ。これは男にモテなさそうだな……顔立ちは可愛いのに……。
私が正面から見た事で、雫がテンション上げて騒ぎ出す。
「うほぅ、近い距離で正面から見たら益々美人! 完璧造形! これが人体の腹の中で作られたのかと思うと謎すぎだわ、すっごーい!」
あ、うん。それは私も思う。思うけど、今はそれどころではないんだわ。
雫は自分で気付いていないのかな?
紫朗のハーレムを作るとか言ってて、気付いていないの?
雫から紫朗を護ろうとする十三の肩を叩いて、スペースをあけさせる。十三は眉間に皺を寄せて、嫌そうにした。それでも開けてくれた場所から少し出て、きちんと前に立つ。
影だけ何度も見た彼女は、紫朗よりもずっとずっと小さかった。
そうだよな……並んだスチルだって、相当の身長差だったもん。公式設定152cmだっけ。小さいなぁ。
こんな小さいのに、この威圧感。中身の事が分からないと、怯えるよね。
でも知っているよ。分かっている。前世もコミュ障だったけど、あなたみたいな子は身近にいたの。お友達になったりもした。似た者同士としてね。
中身が分かれば、もう雫は怖くない。
「……君は僕のハーレムを作るというけれど」
「うほぉお! このボイス! 常に新規ボイス追加状態とか、最高ー!」
うん、分かるけど黙れ。
紫朗が喋ったら声に興奮しやがったか。くっそぅ、一々うぜぇ。すっごい気持ち分かるから、止めにくいし。
仕方なしに雫が落ち着くのを待った。こんな状態で話したって、まともに頭に入るまいよ。落ち着いたところで、紫朗が喋るとまたテンション上がりそうな予感はするけど。
雫のうほうほゴリラモードが静まったのを見計らい、続きを言う。
「……大蔵君は、君の幼馴染なんだよね?」
「連続新規ボイス! うん、そうだよー!」
やっぱり声に喜びつつも、一応会話にはなった。紫朗は先輩なんだからもう少し敬語使う努力はしようよと思うものの、そこまでつっこんだら話にならないのでスルーする。分かっているのか、十三もルネも苦々しい顔をするだけで、文句は言わなかった。
「君の言うハーレムを作る場合、彼も含まれるのでは?」
私の言葉に、雫がきょとんとした。その顔は普通に可愛い。
もったいないなぁ。顔立ちが可愛いんだから、もうちょっと表情工夫すれば良いのに。……あ、私が言うな? ですよね。無表情が多くてすみません。でもこの顔はそれで良いように出来ているんです……コミュ障用なんです……。
「サイシーは、私のものでは?」
可愛く小首を傾げて、雫が言う。
あ、やっぱりそういう解釈だったんだ。変だと思ったんだよね。雫の言い方だと、どうも大蔵だけ別カウントしているっぽかったから。
以前ちょっと考えた、大蔵が甘酸っぱい状態になっている妄想。あれ、強ち間違いでも無かったんだな……雫のこれ、無自覚? 両片思い? それとも自覚した両思い?
これは大蔵にも会っておくべきだったか。十三もさすがに彼は駄目だろうって思っていたみたいで、仲間にするって話が出なかったんだよね。
先に大蔵に会って、雫をどう思うか聞いておくべきだったかー……。まあ、惚れているんだろうけど。
「僕は君が声をかけた人ばかりを仲間にした。その考えからいくと、最後は大蔵君に声をかける事になる」
あ、後ろで十三が「紫朗さまがこんなにいっぱい喋ってる……」って震えている気配がする。
そうだね、基本的に話さないからね、私。元々のコミュ障に加えて、十三が傍にいると話す必要が無かったし。
でも、本当に無口っていうのとは違うんだ。普段は何喋って良いのか分からないだけであって、気の合う話し相手が居れば喋るよ? 雫の中身の子、女の子同士だったら友達になっている気がするもん。比較的話しやすいタイプなんだ。説明くらいなら出来る。……多分。
「……大蔵君がいないと、君の言うハーレムは完成しないんじゃないか?」
雫はぽかんとお口を開けたまま、私の言葉を聞いていた。時々少し頷く様子から、言っている内容を理解してはいるらしい。
意味も理解出来たかなぁ? 『攻略キャラ』って言葉を使わないようにしたから、通じたか不安。
雫が作りたいのって、紫朗ハーレムなわけでしょう?
それは攻略キャラたちが雫じゃなくて紫朗を囲むハーレムなわけで、ならばそこには大蔵が必要なわけよ。雫自分でも「ほぼ完成」って言っていて、今の状態が足りない事は分かっている。
でも、大蔵は雫のもんだという。
矛盾しているじゃない。
自分で言っている事がおかしいって、分かったかなぁ?
「しろたん……サイシーが好きなの?」
そんなわけあるか。もうちょっとまともに考えろ、雫。あと、小さい声で「しろたん」とかざわつくなよ、十三とルネ。お前たちがそう呼ぶことは許さないからな。絶対だ。
「会った事も無い」
首を横に振って答えたら、雫は考え込んだ。ようやく自分の矛盾に気付いたのか、キョロキョロと視線を動かして落ち着かない。
そんな彼女に、私は聞き返す。
「君は大蔵君が好きなの?」
雫は固まった。
それから小さくぷるぷる震え始め、爆発するみたいに真っ赤になった。
あらやだ可愛い。
「さ、斉史は、幼馴染、だもん。それだけだもん……いう事きいてくれる、便利な」
呼び方が『サイシー』じゃなくなった。しかも言葉が切れ切れになっている。
真っ赤な顔で震えてこんな言い方したら、もう『好き』って白状しているのと一緒だ。
これは……今まで無自覚だったな、多分。大蔵が攻略キャラだったせいで、自覚出来なかったのかしら? 今気付いたっぽいよね。
今のこの震えている雫は、前世どうこう関係ない。ただの普通の女子高校生だった。変な威圧感はすっかり消えている。もじもじする様は初々しいったらありゃしない。
おめでとう、大蔵。
お前、幼馴染を落としているよ。
私は『会った事も無い』大蔵を、心の中で祝福した。
言う事きいてくれる便利な幼馴染……なるほどね。この滅茶苦茶な女の言う事きいちゃうくらいなら、それは惚れた弱みでしょうよ。頑張ったな、大蔵。フフフ。
私の言いたい事に気付いたらしい十三たちも、ちょっとニヤニヤ観察モードに入っている。この雫は明らかに脅威じゃないからね。警戒するまでもない。
「その便利な大蔵君を、僕の仲間にしても良いの?」
雫の眉が、きゅぅっと寄った。怒って寄る皺じゃなくて、眉が垂れる事で出来る皺が可愛い。普通の女の子の顔だ。
「だ、だめ。斉史は私の」
そこまで言ってから、雫はおろおろした。また真っ赤になって、涙目になり始めている。そしてついに耐え切れなくなったのか、頭を抱えて蹲った。
「……何これ、私の知っているしろたんじゃない」
そりゃそうでしょうよ。あなたの知っているしろたんじゃなくて、別の人生を知っているしろたんだもの。
この子、前世の記憶が無い方が良かったんじゃないの? そうしたらとっくに大蔵とくっついて、紫朗にこんな意味不明な行動取らなかっただろうし。紫朗に変な行動取らなければ、普通に優秀で可愛い子だったはずでは?
私は振り向くと、もう一度十三の肩を叩いた。
私の出番はもう終了。
ここからはいつも通り十三に任せるよ。雫と大蔵くっつけちゃえば、もうこの子はおかしな行動を止めるはずだもん。……多分。
十三は軽く礼をすると、するりと雫の前に出た。そして、蹲る彼女に話しかける為、軽く膝を折る。
「何なら、貴女と大蔵の間を取り持つ事も吝かではありません」
十三の言葉に、雫が少し顔を上げた。その目が詳細を聞きたがっているようで、食いついたのが分かる。
その反応に頷いて、十三が続けた。
「……その代わり、ハーレムについて詳しく説明願います」
こら! それは美味しくないからペッしなさい!
私の怒りの気配を察したのか、「冗談です」って言ってたけど、あれは絶対本気だろう。分かるんだからな。十三、後で説教な。