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思いの外あっさり谷田が落ちたので、不安しかない。
こちらの手駒が増えるのは、本来は良い事のはず何だけどなー……これで雫の手駒が大蔵だけになるから、さすがに何か仕掛けてくるんじゃないかと思うのよ。
むしろ、仕掛けてこない方が怖い。何を考えているのか分からないもの。
雫、何がしたいんだろう?
最近ずっとその事を考えている。
最初は普通に紫朗狙いなんだろうなって思っていたけど、もしかして違うのでは? 雫の行動は、玉の輿狙いにしてはおかしすぎる。
そもそも、男を落とそうとしている態度じゃないよね。明らかに怖がらせているじゃない。コミュ障でも分かるよ、これが駄目な手だって!
本当の狙いが別にあるって、皆が思わないだけじゃなかろうか。何でも持ってて顔も良い紫朗の存在が、思考を狭めていない?
ぐるぐる考えちゃってとっても不安になったので、全員集めて相談中。
なお、ティーチャーと谷田を家に入れたくなかった為、場所は学校の談話室です。もちろん、三階のやつですよ。
「狙いが別にある可能性はゼロではないと思いますが、紫朗さまが関わる事は確実でしょう」
十三からは、そんな答えが返ってきた。
うーん……まあ、そうだよね。紫朗に絡んできているのは確かだから。これで紫朗が無関係の方がびっくりか。
紫朗のお家のお金が目当てだとしても、それなら玉の輿狙うでしょ。地位も同じよね。顔……は、狙ってどうすんの? この世界にも他人の顔を奪うなんて方法は無いし……思いつかないわ。
「紫朗さまの存在そのものが神なので、ご利益が欲しいのでは?」
ルネの答えが、十三より参考にならない。
……ねぇ、なんか前より酷くなってない? 大丈夫なの、ルネ。紫朗拝んでも何のご利益も無いんだよ……?
殺人鬼ルートを外れたせいで、別のルート入っちゃったんだろうか。私はルネの未来が心配。
心配事が増えただけでヒントにすらならなかったので、城之内にも聞いてみた。
「えっと……見ているのでは、ないかと」
見ている?
城之内はうまい表現が見つからないのか、考えこみながら答える。
「紫朗さま、綺麗だから……見たいんじゃないかな、と思います」
んん?
いや、まあ……確かに見られはしているけれど、それはもう、他の色んな人にされている事だしなぁ。ただ見るだけならば、雫の異常な行動に説明がつかない。
城之内はまだ少し考えていて、言いたい事がきちんと伝えられていない感じだ。
この子私の部下になってから、言葉が拙くなっているよね。何だろうこれ。前はもうちょっとちゃんと喋れたはずなんだけど。
甘えられるようになったせいか、小さい子供みたいになっちゃってるなぁ。この子も心配……暫くすれば、元に戻るかなぁ? なんかそんな記事を前に読んだような気がするけど、多分前世の事だから曖昧だわー。
城之内の意見を聞いていた谷田が、相変わらずの気持ち悪い感じで割り込んでくる。
「見られたい、の方かも知れませんよ」
それはお前だけです。引っ込んでろ谷田。お前の意見は求めていない。
言っていないのに感情が気配に乗ったのか、谷田が嬉し気に身悶える。やだー、怖いよぅ。助けてぇ。
そこに変態代表、小野寺ティーチャーが混ざってくる。
「……観察に近い感じはするかな。仲間の気配がする……」
待って待って、仲間って何。不吉なワードを気安く口にするんじゃありません。ティーチャーの仲間は変態でしょう。止めてちょうだい。
心から拒否しようとしたその時、城之内が口を開いた。
「観察。うん、観察だと思います。紫朗さまの、周りも見ている」
私は城之内の顔を見た。
城之内は考えがまとまった事が嬉しいのか、にこにこして頷いている。
「あの女は、紫朗さまを変な風に好き。多分、付き合いたいと思っていない」
私の中で、何かがざわざわした。
その感覚……なんか知っているよ。ちょっと近い事を、前にも考えたんだ。
やばいとかまずいとか、そんな言葉がぐるぐるする。前は何となく考えたそれが、近付くと物凄く恐ろしい事に思えた。
私の顔を見て、十三が心配そうに手を伸ばしてくる。その手が、途中でサッと庇う動きに変わった。ルネや城之内も、紫朗を背に庇うようにして扉の方へ向く。
「あたりー!!」
バーンと扉の開く音と共に、可愛らしい澄んだ声が響いた。
いやああああ! 噂をすれば影がさす、そのままの状態止めてぇぇぇえ!
私は庇われるまま、さっと身を屈めた。何だかあの女の顔を見たら終わりな気がして、顔を確認出来ない。
そう、今まで何度も雫の顔を見る機会があったのに、私は一度も顔の確認をしていないのだ。顔と言うか……目を見たら駄目な予感がずっとあって、見る事が出来ない。とても怖い。
その気持ちを無視するように、雫はぐいぐい近付いてくる。
「最初はねー、シナリオ通りにしようとは思ったのよ?」
うわ、『シナリオ』とか言った! やばいやばい!
「だけどサイシーが幼馴染とか、見た事ないルートでさぁ」
『サイシー』は、ファンの間で使われる大蔵の愛称だ。他にも大蔵省とかひとし君とかあるけど、一番使われているのが『サイシー』。
しかも『ルート』かよ。何だよ、確定か。
「それに生しろたん、スチルより美人なんだもん! 落とすより観察したいでしょ!」
あー……うん。『しろたん』……紫朗の愛称ね。
言いたい事は理解出来るよ。私も自分の事じゃなかったらそう思うわ。
……何だよ、結局テンプレかよ。ヒロインも転生か。
何度か考えはした。
ヒロインも転生者で、似た思考の人だったら平和に過ごせるんじゃないかなぁって。
平和には過ごせませんね。無理でした。そうだよ、攻略される側である以上、似た思考の人は一番危険だったわ。
似てるって事は、『腐った人』って事。
それはイコールで、今現在男である我が身の危機。
「ルネきゅんがそっちついた時点で、しろたんハーレムルートにしようと思ったの!」
そんな『名案思いついたの!』みたいに言われても!!
ああああー! お客さまー、困りますお客さまー!!! そのような、ああああー!!
私は頭を抱えた。
急に雫の行動の理由が分かるようになってしまった。
この女……紫朗が怖がったのに気が付いて、途中からそれを利用してまで、こっち側の人員増やしに協力してたんだ。
城之内の時は仲間にさせる為に敢えて登場して怖がらせ、谷田・小野寺の時は動かない事で協力している。全部わざと。こっちの行動は雫の手のひらの上の事。
そうやって紫朗の周りに攻略キャラを集めさせて、『ドキッ! 男だらけの紫朗ハーレム』を作りたかったのだ。
やめて欲しい。
私は静かに生きたいんだ。スマートドスケベブックの実践はしない。そのうち穏やかな娘さんと結婚して、平和に過ごしたいんだ。放っておいて。
いや、ぶっちゃけ中心に紫朗を置かなければ、攻略キャラ同士でハーレム作っても構わない。むしろ推奨しても良い。最悪、想像だけなら紫朗を入れても許す。そこは止められないしな。
だが現実に紫朗ハーレム作ろうとしないで。お願いします。
「……な、なにを言っているんですか」
おい十三。お前今、『紫朗ハーレム』に釣られそうになっただろ。やめろ。お前が考えているのとは違うぞ。紫朗がチヤホヤされるだけじゃないんだ、貞操の危機なんだからな。それは美味しくありません、ペッしなさい。
「そうですよ、そんな汚らわしい……紫朗さまは信仰対象です」
ルネ、お前はもう黙れ。どうして殺人鬼ルート回避したら信仰ルート入るんだよ。しかも対象が紫朗かよ。せめて咲にしとけ。
……城之内、「当たったから褒めて」みたいなキラキラした目で見るな……あとで撫でてあげるから!
「……ハーレム……そこで……俺だけ蔑んだ目で見られるとか……あふぅッ」
前は雫、後ろは谷田。なにこれ、逃げ場がない。誰か一人、谷田からも護ってくれないかな……怖いよぅ。
怯える私の横から、小さな呟きが聞こえてくる。
「……小さい時なら、最高だったんだけど」
凄い、初めてティーチャーが変態で良かったと思った! 良かった、成長してて! 良かった、時間よありがとう! これでティーチャーからも怯えなきゃいけないとか、地獄極まりなかったわ。あー、育ってて良かった。
「ほらほら、もうほぼ完成してるじゃないの!」
囲まれている紫朗を見てご満悦の雫に、私は首を傾げた。
ほぼ完成。
完成させるなら、サイシーこと大蔵も必要だよね? その大蔵はまだそっち側に付いていると思うんだけど……完成していない状態で、出てきてバラしちゃって良いの?
……それとも、大蔵は別?
私は顔を上げて、雫を見た。