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私の孤独はさておき、十三ママの現場派遣は大変に好評だった。
まず、居るだけで士気が上がるらしい。うん、分かる。あのレベルの美人が見られるのなら、仕事に張りが出るよね。眼福だもの。
あとね、頭領が厳しくて死にそうですって報告が、凄い嬉しそうに上がってくる。語尾全部にハートが見える感じで。
おかげさまで、雫の監視が楽になったってさ。
……ねぇ、うちに仕えてくれている人たち、大丈夫なの? なんか特殊な性癖の人ばかりになっていない? 大丈夫?
私に仕えているのが大丈夫じゃない筆頭・十三だから聞けないけどさ。
十三ですか? いつも通り、やや後ろで一定の距離を保ちつつ、私についてきています。途中で突然スピードを変えても、この距離が変わらないんだよ。怖いね。
今日は、小野寺ティーチャーを何とかしようの日。何とかの部分は全部十三に任せた。だって、買収に使うの紫朗の写真だっていうんだもん。何か関わるの危険じゃない。少し距離置きたいでしょ?
まあ、そんな事は許されなかったわけですけどね。
そんなわけで、小野寺ティーチャーとの待ち合わせ場所に向かっております。
「紫朗さまは、後ろで立っておられるだけで大丈夫です」
十三が自信満々に言う。
それって私がいる意味があるんだろうか。早く帰りたい。
十三の反対側にいるルネは、何故か大変にご機嫌だ。時々嬉し気にポケットを撫でている。そこに何が入っているんだ、ルネ。
城之内は一番後ろから、大変大人しくついてきている。
そうだ、彼の見た目が大分変ったんだよ。
前はいつも顔色が悪くて髪がボサボサ、だるそうな感じだったのが、今はお顔ツヤツヤ髪サラサラ。私だけでなく十三やルネにも従順に懐いちゃったから、いっぱい構われて幸せになっている模様。良かったね……チョロびん。
今回の待ち合わせ場所は、前回とは違う。
小野寺ティーチャーは紫朗を見ても逃げる恐れが無いし、挟み撃ちは必要ない。その為、視聴覚室を使うとの事。
何で視聴覚室なのかなぁ……紫朗の写真渡すだけじゃないの? 視聴覚室って一年の教室のある一階だから、出来れば近寄りたくないんだけど……。
私は疑問に思いながら、視聴覚室のドアを開いた。
「おう、遅かったな」
いつも通りの気さくな感じで、小野寺ティーチャーが右手を上げる。私は軽く会釈だけして、十三の言った通りに視聴覚室の後ろの方に移動した。十三たちが代わりに前の方に出てきて、いそいそと準備を始める。
「お待たせしまして、申し訳ございません。すぐに終わりますので」
そう言いながら、十三がてきぱきとプロジェクターを設置した。ルネがスクリーンを下げ、城之内が電気の光量調節をする。
えっと……何故プロジェクターを出しているの? 写真……渡すんじゃ……え?
「最近、小野寺先生のところにも一年・立石雫が来ているかと」
十三の質問に、小野寺ティーチャーは頷いた。
「来ているねぇ……俺はありすちゃん一筋って言っているんだけど」
ティーチャーは、『ありすちゃん一筋』を公言している。ありすちゃんが「ハイハイ」で流しているし、ティーチャーの見た目が見た目なので、皆は女子の告白除けだと思っているけどね。
実は当のありすちゃんもそう思っている為、ティーチャーはわりと報われない。
「彼女には私たちも手を焼いておりまして……こちら側に来ていただけませんか?」
「んー……先生だからさ、一人の生徒だけ特別扱いは出来ないんだよ」
城之内が落とした光量の中、眼鏡をきらりと光らせて喋る十三が悪役っぽい。対して、それに答えるティーチャーも、顔に色気がありすぎて堅気には見えない。
うわぁ、悪い取引しているみたいだなぁ……。
「フフフ……それは、こちらをご覧になっても言える事でしょうか」
十三がそう言うと、スクリーンに紫朗の写真が映された。
ティーチャーの顔色が変わる。
「こ、これは……!」
ぎゃー!!!
おま、おまえ、十三! 何でお前、この写真……!!!
「これは紫朗さま初等部入学式の朝のお写真でございます。留めるだけタイプのリボンタイを見た奥様が、お戯れに紫朗さまの頭におのせになりました。状況を理解されていない感じの、あどけなさが可愛らしいですね」
まだ小さい紫朗が、頭にリボンタイを乗せられた状態で、ぽかんとカメラを眺めている。大変可愛らしいが、自分の顔だ。猛烈に恥ずかしい。
写真、そのまま渡すんじゃないのかよ!! 何で一々スクリーンに大映しなのよー!! しかも解説つきとか、馬鹿なの? チョロびん、BGMまで流すな!
「続きまして、こちら……もう少し前のお写真ですね。奥様に花冠を作成されていらっしゃるところです。夢中になったせいで少しお口が開いてしまっているのが、無防備で最高に愛らしい。構図のせいか、穢れなき妖精のようです。……お次、こちらはお遊戯会の模様ですね。長靴をはいた猫役ですので、猫耳を装備されております。華奢なおみ足に武骨なブーツの対比が鮮やか。ただ立っているだけでも悲鳴が上がる可愛さでございましょう」
スクリーンには十三の言葉通りの写真が、次々映し出されている。
正式に私に付いたのは中学生からなのに、何故こんな前の、しかも凄い狙い澄ました構図の写真を持ってるの? 何この子、知ってたけど怖い。あと、凄い恥ずかしい。悶絶したい。下手に全部覚えているのが、性質が悪い。
お分かりいただけるだろうか、この……親戚の集いに行った時に、大人たちに小さい頃の可愛かったところを語り合われる居心地の悪さに似た、この……。おのれ十三。
腹を立てて顔を上げたら、十三と目が合った。
……良い笑顔で返された。
これかぁぁぁあ! きさま、この為に後ろで立ってろって言ったなぁ!? わざとだろうこれ、わざと怒らせてんだろ!!
全力で逃げ出したいが、今逃げたら十三が次に何を出しやがるか分からない。気になってしまい、その場を離れる事も出来ない。なにこれ地獄?
止めたい。全力で止めたい。
でも許可しちゃった!! 紫朗の写真使って良いよって!! うわあああ! 次は用法を詳しく聞く!! 絶対だ!!
「おお……おおお……」
小野寺ティーチャーが言語でない何かを呟きながら、スクリーンに近付いていく。その様は凄くゾンビっぽい。イケメンが台無しである。
彼はそのままスクリーンの前で、崩れるように膝をついた。滂沱の涙を流し、手を合わせ、拝むように天を仰ぐ。
「尊い……」
何だろう……拝むまでの流れは凄く理解出来るんだけど、それが凄い腑に落ちない。ヤツの事が少しでも理解出来てしまうのが、めちゃくちゃ嫌。だが分かる。くっそぅ。
矛先が自分の写真じゃなければ、同じ事を散々やっているからね。神絵師の作品とか、公式の供給とか、有難い有難い。
そんなティーチャーの肩に手を置き、ルネが天使の笑みでポケットから写真を出す。もちろん、今スクリーンに映っている写真だ。
そこに入ってたの、紫朗の写真だったのか……。
「今ならこの秘蔵のお写真、差し上げても良いんですよ?」
反射的に手を伸ばしてきたティーチャーをひらりと躱し、ルネは笑みを深くする。
「こちらに付きますね?」
疑問形だが、これは命令だ。欲しかったら言う事きけよオラって言ってんのと変わらない。
言われたティーチャーは、迷わず即答した。
「はい!」
わぁ、良いお返事……。
……うん。知ってた。途中からもう「ティーチャーは確実に落ちるな」って、分かってた。
考えを改めるよ。君はロリコンティーチャーじゃない。ただの子供の敵だ。こっちに付いても、ずっと草の者つけとくからな。くっそぅ。
あと十三。
写真没収。
部屋のも全部だぞ。