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結局、私が真正面から普通に近付く事になった。逃げられるの前提で、十三とルネが後ろをガード。完全に退路を塞ぐ形だ。
その為に、呼び出す位置は新校舎と旧校舎を繋ぐ、長い渡り廊下。なんだそのすれ違うたび心臓が止まりそうな呼び出し場所。後ろ指さすなよ? 若い子分かりませんか、そうですか。良いんです、分かる人が「懐かしッ」って言ってくれれば。
えー……今、その渡り廊下の旧校舎側入り口です。とりとめのない思考で誤魔化していますが、大変に緊張しております。
城之内は入学式の代表挨拶で、近くの席にいた事があるだけ。今まで一度も話した事無いし、お互い顔を知っている程度だもん。それで呼び出しって、明らかにおかしくない? 呼び出された方は不安になるよね。
しかもさ、城之内は最近、ずっと草の者に囲まれちゃっているわけでしょう? この呼び出しを関連付けて考えて当然で、そうなると物凄く警戒されるわけじゃない。
そんな相手に代表で話しかけるのが、顔が良いだけのコミュ障ですよ。
まず、会話が成り立たない。何を言って良いのかも分からない。十三とルネは「紫朗さまなら間違いない」とかいう謎の自信のせいで、打ち合わせすらしてくれない。
だいたい、何て言って呼び出したかも知らないのよ? どうしろっていうのさ。
既に反対側に居るだろう二人に、存分に恨み言を言いたい。お前らは主への忠誠の方向が間違っているぞ。ダメダメな主なんだから、もっとフォローお願いいたします……。
それにしても、本当になんて言って呼び出しているんだろう? 今の城之内の状況を考えたら、知らない呼び出しなんて無視されそうなもんなんだけど。
手段としては、下駄箱の中に手紙を入れておくんだっけ……。古風な手だよねぇ。
少なくとも、私だったらそんな手紙は無視するよ。十三だって行かなくて良いって言う案件でしょう。それでも来るなら、結構な内容で呼び出しているのでは?
本当に呼び出し内容知らないままで良いのかなぁ……益々不安。
恐る恐る渡り廊下の真ん中辺りまで来た。
放課後の日の光が、足元に長い影を落とす。部活の始まる時間になると、この渡り廊下を使う人は減る。旧校舎は部活で使う教室が無いので、もうすぐ閉められてしまうからだ。
見える範囲に、誰も居ない。
……やっぱり来ないんじゃないの?
と思ったら、新校舎側に現れました。城之内です。
うわぁ……来ちゃったよ。しかも城之内の顔がいつもと違うよ。目が凄い怒っているんだけど。あの子、だるそうで眠そうなのが特徴だったよね? 手紙に何を書いたの十三!
顔だけじゃなく、全身からも怒りのオーラがダダ洩れていた。
うわぁ、どうしようこの子。どうすれば良いの……。
狼狽えている間に紫朗のすぐ傍まで来た城之内が、下から睨みつけてくる。下手に目鼻立ちが整っているせいで、怒っている顔が怖い。迫力満点だ。
「……お前……何を知っている」
何も知りません……と、今すぐ降参したい。したいが、何について聞いているの? やっぱりこれ、呼び出し内容知らないと駄目なやつ!
私は助けを求めて、視線を十三たちがいるだろう方向に向けた。退路を塞ぐと言っていたから、新校舎側にいるはずだ。
しかし、十三たちの姿は見えない。え、隠れているの? ……逃げようとしたら飛び出すのかな? 不安だから、姿見える方が良いんだけどな……。というか、この子どうすれば良いの?
私の視線を追うように、城之内の視線も動く。
「……なるほど……やっぱりお前の差し金か」
え、何が? 身に覚えが無……ああ、草の者?
私が取り合えず頷いたら、城之内の視線がきつくなる。
「あの女をどうにかしろ! もううんざりだ!」
……あの女?
そう言われて浮かんだのが、長い髪の毛先を緩くウェーブさせた、小柄な後ろ姿。
え、雫?
いやいやいやいや、違うから。あの女は関係者じゃありません。まさか草の者まで雫の関係だと思われている?
私は慌てて首を振った。振った方向は横だ。あと、言葉でも否定せねば。
「違う、誤解だ」
「何が違うって!? あのニンジャっぽいのと同じで、ずっと変な距離で追ってくるじゃねぇか!」
まじで。
あの子、草の者と同じような動き出来るの? いや、確かに才能あるって十三が言ってたけどさ……え、まじで? ハイスペックがすぎるのでは……? もう玉の輿なんか狙わなくても、自力でなんかやった方が稼げるよ……。
しょっぱい物を食べたみたいな気持ちになっているところに、突然悪寒が走った。
物凄く悪い予感がする。何か良くないモノが近付いてくるような、全身が総毛立つ感じ。
本能的な恐怖に襲われ、私は急いで城之内を抱えて蹲った。
放課後の日差しが、紫朗の上に長い影を落とす。
その影は恐怖の気配を振りまきながら、上をふわりと通り、軽い着地音と共に止まった。止まった事で分かりやすくなった影の形は、長い髪の毛先がウェーブした、小柄な女の子のもの。
ナニコレ……え、開いた窓から入ってきたの? えええ……。
私は影を見ながら、身を固くするしか出来ない。影の元が後ろに立っているのだ。咄嗟に庇った城之内も、腕の中で硬直している。
何この凄い圧迫感。後ろにいるの雫だよね? クリーチャーでもラスボスでもないよね?
「紫朗さま!」
十三とルネの影が割って入り、雫の影は見えなくなった。それでも、心臓がバクバクいっている。
「……ルネきゅん、そっち付いちゃったかぁ」
凄く可愛らしい声で、そう呟いたのが聞こえた。
あああ、ヒロイン声! 無駄に澄んだこの声は、まさしく某有名声優さんの声だよ!
でも何だろう……この……声が可愛いのが逆に怖い感じ……夜中に幼子の歌う童謡が聞こえちゃったみたいな……。
紫朗の優秀なボディが、こいつぁ駄目だぜって言っている。全力で逃げるのを推奨中だ。そうしたいのは山々だけど、怖くて体が動かない。
「お前に名を呼ばれる筋合いはない」
ルネが凄い殺気を放った。その殺気に、ヒロインが小さく笑った気配がする。小さい笑いのはずなのに、何で気配が届くんだよ。怖いよ。
「多勢に無勢、ね」
そう言って、雫は入ったのと逆の窓から出ていった。
何がしたかったの……怖い、怖いよぅ。あの子本当に意味が分からない。確実にクリーチャーサイドじゃないの。
十三が窓の外に顔を出し、怒声を上げる。
「貴様ら! 減俸を覚悟せよ!」
あ、草の者さん……そうか。雫を紫朗に近付けないようにしているはずだもんね。失敗しちゃったか……でも些かしょうがない気がするよ。あいつは異常だもん。むしろ入学式翌日のアレから今日まで会っていないから、頑張った方だと思う。後でその功績言って、減俸無しにしてあげとこ……。
「……大丈夫?」
腕の中で紫朗と同じく震えていた城之内は、ゆっくりと視線を紫朗の方へ向けた。
良く見れば、目の下にクマが出来ている。元々顔色の悪い子だけど、これは異常だ。目もちょっと虚ろな感じだし、かなり追い詰められていたのかな……。
「あ、あんたも……追われてたか」
不幸中の幸いというか、これで城之内にも紫朗が雫側の人間じゃないと分かったらしい。気が緩んだのか、ホッと息を吐き出している。
紫朗の腕の中に居た以上、恐怖に心臓バクバクだったのも聞こえちゃっていただろうしねぇ。怯えが伝わったおかげで真意が伝わるのは、些か不本意ではあるけどさ。
「あんたが敵でないのなら、保護下に入れて欲しい」
城之内はそう言って、ここに至るまでの状況を説明し始めた。
その話によると、草の者が付くより先、雫が寄ってきたそうだ。……さすが、行動が早い。
『あなたの秘密を知っているの。……あと、求めているものも、ね』
彼女がそう言った直後に草の者が付き、城之内は草の者も雫の配下だと思ったと言う。実際は草の者は城之内を探りつつ、雫があまり接触しないようにしていた。そのせいで三者に妙な距離感が出来、付かず離れずで見張られ続け、城之内の神経がすり減っていった模様。
そこに、十三の呼び出しだ。
手紙には『お前の秘密をばらす』の一言。
……おい十三、お前の方が減俸されろよ。何だその呼び出し。たまたま上手くいったけど、これは普通はスルーされる案件だろうが。むしろ良く来たな、城之内。
紫朗の思う通り、普通なら無視するところ、先の雫の発言とかぶっていたので来たらしい。何を知っているのか、それでどうしたいのか聞き出し、場合によっては最終手段をとる気だったとの事。
「でも、もう分かった。あのニンジャっぽいのがあんたの支配下で、俺の事を護っていたんだろ?」
実際は護っていたっていうのとも、ちょっと違うけどね。見張り兼ねてだもの。秘密も実際に知っているよ。でもまあ、それは今言う必要もなかろう。
私が頷くと、城之内は少しだけもじもじした。
「……さっきも、ありがとう」
あら素直で可愛い。
咄嗟に助けた事になっちゃったけど、良かったわ。紫朗の働かない表情筋も、薄っすら笑顔を浮かべる可愛さよ。半世紀生きたおばちゃんの母性が、急に動き出すわ。
思わず頭を撫で撫でしたら、城之内はぷいっと顔を背けてしまった。
「こ、子供じゃねぇんだからやめろよ!」
おや? そんな事言っているわりに、撫でる手を払わないじゃないの。見えるお耳も真っ赤ですよー。フフフ……嬉しいのかな、撫でられるの……と和みかけて、ハッとした。
これ、城之内に懐かれているのでは?