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私の言葉に、十三は少し驚いた顔をした。でもそれはほんの少しの事で、すぐに満足そうな表情へと変わる。
「……かしこまりました」
十三は恭しく礼をして、部屋を後にした。
部屋を出ていく前に、「さすがです紫朗さま」って顔してたな。私に言わせれば、「さすがだな十三」だよ。
あの少しの間で、私の考えが分かったって事でしょう? あの顔。
よくあれだけで分かったな。私はお前が怖いよ。どんだけ紫朗見てるの……。
「ルネって、園芸部の天使ちゃんの事ですか?」
私の胸から顔をあげ、千代が問うてくる。
そういえば、そんな風に呼ばれている設定だったね。
「お兄さま、天使ちゃんとお知り合いなの?」
私は頷いた。
今日知り合いになったばっかりだけどね。でも、咲の事があるから協力してくれると思うんだ。多分。きっと。おそらく。そうだと良いなぁ。
一応言質は取っているので、協力してくれると信じたい。
「……そのルネと話があるんだ。今日はもう、お帰り」
話の内容的に、千代に構っている暇はない。場合によっては、千代の精神に追い打ちをかけるだろう。立ち会わせるより、帰してしまった方が良い。
千代は拗ねてみせながらも、素直に帰っていった。見送りを兼ねて、二三ちゃんにも出てもらった。二三ちゃんは察しが良いので、目が合った時に「分かっています」って顔をしていた。大変助かります。
「紫朗」
珍しくマミィに呼ばれ、私は振り向いた。
静かすぎて綺麗な背景になっていたけど、マミィも部屋にいたんだもんね。マミィは引き続きお部屋にいてください。お家の話なんで。
「お父様をお呼びしなくて大丈夫?」
私は頷いた。
お呼びしなくても、自動でお父様に話が通っていると思います。
マミィのイケメンダディへの信頼が凄いな。でも、もうちょっと息子も信用して? 中身の魂はアレだけど、ボディはとっても優秀ですよ。それにお付きの十三も無駄に多芸で有能だし。
肯定しただけで安心したのか、美貌のマミィとのお話はそこで終了した。相変わらず口数少ないなぁ。人の事言えないんだけどさ。
再びマミィと二人きりのお茶タイム。
どのくらいで来てくれるかなーと思っていたら、予想以上に早くノックの音がした。さっきと同じく、マミィの許可で扉が開く。
「お待たせしました」
いえいえ、それほど待っていません。
っていうか、本当に早いな。連絡して訪問して説明して戻ってくる……の時間じゃないぞ。何か端折った?
十三に続いて入ってきたルネを見て、私は到着が早かった理由を悟った。
「お、よびいた、だき、ありがとう、ございます……!」
ルネは息が弾んでいて、顔が真っ赤っかだった。
うん、これは色々端折りましたね。どう見ても走ってきてるじゃないの。
「まあ、真っ赤なお顔」
マミィが眉間に皺をよせ、心配そうにする。
心配そうな顔も麗しいですね。でもお顔が麗しすぎて、ルネが益々真っ赤です。マミィは暫く美しい背景でいてください。
ルネも少し休ませた方が良いよね。口数少ないマミィが喋るほどって、相当だからね。
「お電話をしたのですが、彼は詳細を説明する間も無く、こちらに駆け付けてこられまして……」
なんでも、ルネは「紫朗さまがお呼びです」って言っただけで、電話を切って飛び出してきたらしい。藤岡さんの車で十三が迎えに行き、途中で拾って移動の車内で説明したとの事。
それって、十三が説明終えるくらいの時間は、車に乗っていたって事でしょう? それでこんな息が切れているって、どんだけ走ったの。
咲が大事なのは分かるけど、そんなに必死に恩返ししなくて良いのに。
でも、恩返しして気が楽になるなら、それで良いのかな? 逆に気を使わせずに済むのかも。
「来てくれてありがとう」
私がそう言うと、ルネは弾む呼吸を整えながら、嬉しそうに返事をする。
「いいえ! いつでもお呼びください!!」
わあ、良いお返事。
息が弾んでピンクの頬になったルネは、本当に天使ちゃんって感じだ。実に可愛い。笑顔に邪なものを全く感じないわ。
咲を救って良かった。
これからのお願いの為にもね。
「僕は、セキュリティの穴を見つければ良いんですよね?」
私が頷くと、ルネは可愛らしい瞳をくるくる動かして、ちょっと考える仕草をした。その仕草だけで、もう思い当たることがあるのだと分かる。
やっぱりなぁ。
殺人鬼ルートでライバルキャラを殺せるルネには、セキュリティの穴が分かるんだと思ったのよね。しかも彼、草の者がこっそり見張っている事にも気付いてたし。
今考えてみれば、草の者がルネに怯えたアレ。トラウマ心配したやつね。
アレは多分、ルネが草の者の実力と人数を、探ろうとしたんじゃないのかなぁ。私と十三にも、わざと殺気みたいの出していたじゃない。
あれって、ただ殺気出しているだけじゃない気がするのよ。詳しくは分からないけどさ、紫朗ボディがそう言っている。アレはやべぇって。
もちろん、ただの高校生にそんな事が出来るわけ無い。
でもほら。
ルネって絶対、ただの高校生じゃないでしょう?
「……僕はネット関係が弱いんですけど」
そう言いながら、ルネはポンポンと目につく穴を上げていく。
「まず、密な付き合いのある親戚は全員再チェックが必要です。それからこのお屋敷自体も、僕ならそのまま侵入出来そうな所がありました。ここに到着するまでに複数だったので、そこは早急に塞ぐ必要があるかと」
ぎゃー!
予想していたより駄目な予感ー!!
私はチラリと十三を見た。十三も、思わず喉を嚥下させている。
「……私にはどこだか分かりません」
そう言ってから、十三は悔しそうに唇を噛んだ。
うわあ……十三が負けを認めた! 私の為に相当修行したせいで、普段は割と自信満々なのに! 十三のプライドへし折ってる! ルネすげぇ!
その後聞いたところ、幼い頃のルネは精神を鍛えて殺人衝動を抑えようと試み、様々な習い事をしていたらしい。
だが、ルネは徹底的に殺しの才能に恵まれていた。次々技術を習得した結果、最終的には一流の殺し屋のようになってしまったそうだ。皮肉なもんである。
……初耳ですよ。
こんな設定、無かったと思うんだけど……裏設定なんだろうか。
まあでも、大蔵とヒロインが幼馴染だもんなぁ。違うところがあって当然か。
「山川先輩が気付けないのは当たり前だと思います。僕のは目線が違うんで」
なるほどね。
ルネのは完全に侵入者目線なんだ。我が家のセキュリティも、一応それなりに犯罪者目線も取り入れているはずなんだけど、ルネのようなレベルじゃなかったって事か。そりゃ、防ぎきれないわ。
おっかないのは、雫側がルネと同等の目線って事よ……。
雫……一体何を鍛えたの……。もっと違う事に青春捧げようよ……。
「……時間のある時にでも、詳細を伺えるだろうか」
ルネの言葉で復活した十三が、すっかり犯罪者目線を学ぶ姿勢になっている。
おい、お前はそれ習うな。十三に犯罪者目線追加とか、なんだか凄く不安だから! 既に些か怪しんだから、それ以上犯罪者側に行くんじゃない!
私の心中も知らず、ルネが良い笑顔で返す。
「明日は学校も休みですし、時間はたっぷりありますよ!」
おお、神よ……何故今日は金曜なんだ……。
結局、ルネは泊まり込みでセキュリティチェックを行ってくれた。おかげ様で、我が家のセキュリティはかなりのアップグレードを果たせた。
ついでに草の者のうち、修行が足りなそうな者まで鍛えてくれてね……本当に凄いなルネ。これ本格的に雇った方が良くない?
……十三鍛えたのだけは、余計だったけどね。「凄いです、山川先輩は才能あります!」とか言っていたの聞いて、心臓止まりそうだったから。
まじでやめて。
読んでいただけて嬉しいです。
有難うございます。