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「紫朗さま、本日は早目にご帰宅された方がよろしいかと」
十三の提案に頷いて、早退する事にした。まだ午後の授業があるけれど、紫朗の頭なら授業受けなくても支障ないし。時間割通りの帰宅時間は雫にも分かるわけだから、また校門のところで狙われるかもしれないしね。予定通りに動かない方が安全。
校門は校舎から丸見えの為、藤岡さんに教員用の出入り口に回ってもらった。車までの道のりが、やけに長く感じたよ……何だこのクリーチャーに追いかけられるゲームみたいなノリ。
まあ、授業中の時間に出たから、大丈夫だったわけですが。
それでも緊張したんだよ……いつどこから出てくるか分からないんだもの、あのヒロイン。やっぱほぼクリーチャーでしょ。
さっき考えた甘酸っぱいモードは無さそうだわ。あのヒロインで甘酸っぱい展開とか、特殊性癖のゲームになっちゃうよ……。
藤岡さんの安全運転で無事に帰宅して、私は速攻でお部屋に戻ろうとした。今すぐ引き籠りたかった。
だけど、そうもいかないらしい。
「セキュリティのどこかに穴があるからこそ、紫朗さまの情報が洩れ、ハッキングされたのです」
十三がかなり真剣な顔をしている。割と大ごとだとは思っていたけど、これは予想以上だわ。あの十三が、紫朗の顔に構っていられないくらいの仕事モードだもん。かなりやばい。
っていうか、もう完全にハッキングされちゃってたのか。怖いなぁ、ヒロイン……。
仕方なく、麗しのマミィと応接室でお茶飲んでます。お互い無口だから、お茶飲んでふぅってしている音しかしないよ。それでも嫌じゃないけどね。沈黙が心地良いってやつかな。
暫くそうしてまったりしていたら、ドアをノックする音がした。
「どうぞ」
マミィが了承したところで、十三が扉を開く。
開いた先には、千代が居た。
私は咄嗟にお茶を置き、飛びつかれる覚悟をした。お茶零れたら大変だからね。やけどしないよう、配慮配慮。
ところが、千代が動かない。
少し首を傾げた辺りで、千代の後ろから「千代さま、頑張って」って声が聞こえた。続いて千代の背中が優しく押される。
「あ、あの……」
良く見たら、千代はとてもしょんぼりした顔だった。いつもは勝気な感じに上がっている眉が、困ったみたいに下がっている。勝気美少女のしょんぼり顔とか、ご褒美だわ。眼福です、ご馳走様でした。
押し出されて一歩前に出た千代の後ろに、また別の美少女が現れる。
ああ! 久しぶりの二三ちゃん! 相変わらずなんて美少女!!
二三ちゃんは、全体的に十三に似た感じではあるんだけど、十三みたいな「出来る」って雰囲気じゃないのよ。もっとおっとり柔らかな印象で、それでいてしっかりしているの。肩の辺りでふっつり切った髪も濡れたような瞳も真っ黒で、目元はすっきりとした切れ長。主張しすぎない鼻と、ふんわりした唇。透き通るようなお肌。
千代とは違って、日本的な感じが凄く強い美少女よ。可愛いというより、美人系かな。身長は千代くらいあるから、女の子にしては背の高い方。
その二三ちゃんが、再び千代の背中を押す。
それで吹っ切れたのか、千代は背筋を伸ばして息を吸い込んだ。そして息を止めると、一気に頭を下げる。
「ごめんなさい! 私のせいなの!」
……何が?
と思って、気が付いた。
そうか、セキュリティの穴!!
「私が……禁止されていたのに、占いのページで情報入力しちゃって……」
そう言って頭を下げ続ける千代に補足するように、十三が続ける。
「非常に当たるとの噂で、女生徒に一気に広まったようです」
なんでも、最初は凄く簡単な情報だけで占えたらしい。千代も紫朗との相性が気になって、二人の誕生日を入力したのだそうだ。気になって詳細に占ううち、必要になる情報が増えていったとの事。
「お兄さまについて、凄く的確に当ててきていたから、信じてしまって……」
え、それどんな内容なの。ちょっと気になっちゃう。
「……ほぅ? 参考までに、どのようなものかお聞かせ願えますか?」
私よりも先に、十三が食いついた。言葉の字面はお願いだけど、口調は完全に上から「聞いてやろうじゃないか」みたいな感じなっている。お前は一体なんなんだよ。もう。
だけどそれを気にするでもなく、千代が答える。
「気高く慈悲深く、それでいて謙虚。万能でありながら決して驕らず、公平。かなりの美貌の人であり、その姿は神々しくもある」
まるで読み上げるように朗々と言う千代に、十三が眉を顰める。私も眉を顰めた。
何だその内容。神でも讃えてんのか。というか、千代には紫朗がそんな風に見えているの? ……もうちょっと見る目を養おう?
「……なるほど。それは私でも信じてしまいそうですね……なんと悪辣な」
お前も信じるのかよ!
十三は忠誠心が強すぎて、目が曇っていると思う。時々するあったかい目とか、まじでどうかしているからさ……。
「でも……途中で気付くべきだったわ。ご迷惑おかけして、申し訳ございません」
千代はそう言って、再び頭を下げた。
最終的には、かなり色んな情報を入力してしまったとの事。その詳細は既に十三に報告済との事だけど、状況を見る限り、相当駄目な情報も入れちゃってそうね。
うーん……もう、漏れちゃったもんはしょうがないな。そこから色々されちゃって大ごとになっているけど、過去はどうしようも無いし。
流れも大体分かったわ。そのページ作ったのが、ヒロインか大蔵なんでしょう? 意図的に流行らせて、情報抜いたわけね。これは桐生院以外もヤバいんじゃないの?
「現在、学園内の他の利用者のところに連絡を入れております。なお、製作元となっていた会社はダミーでした」
ですよねー。
十三が話すたび、頭を下げた千代の肩がぴくぴく揺れる。自分の家だけじゃなく紫朗の家にも迷惑かけたから、千代もショック受けているんだな。
年頃の女の子に、流行りに乗るなっていうのも難しい話。しかも占い系はね……しょうがないよね。
「ごめんなさい……私のせいで、ご迷惑おかけしちゃって……」
何度も謝る千代があんまりしょんぼりしているから、可哀相になってきた。
禁止されている事をしたんだから、怒られるのは当然。しかもそれで本当に周りに迷惑かけちゃったしね。
だけど、この子はもう二度とそんな失敗しないでしょう。そんなおバカさんじゃないもの。
私は立ち上がり、千代の傍まで行った。頭を下げる千代の、さらさらの髪の毛を撫でる。すっごいさらっさらで、毛並みの良い猫を撫でている気分になった。
「もう良いよ」
その言葉に、千代が恐る恐る顔を上げる。
眉毛、完全に下がっちゃってるじゃないの。何その怒られた犬みたいな顔。背が高いくせに、チワワっぽい。
「ほんとう?」
すぐに喜ばない辺り、本当に反省しているのが分かる。それだけ悪い事をしたとも理解しているわけで、分かっているなら問題ないのだ。
私が頷くのを見て、千代の大きなくりくりの目に、みるみる涙が溜まっていく。すぐに涙は零れ落ち、千代の頬を濡らした。
「ありがとう……ありがとうお兄さま……大好き!」
結局、千代は私に飛びついた。
でも分かっていたからね。ちゃんと受け止める体勢でしたよ。ばっちこーい! 構えておけば、一応受け止められるからね!
抱き着きながら泣いている千代の背中をぽんぽん叩いていると、それを「よく頑張った! 感動した!」みたいな表情で二三ちゃんが見ていた。
この二人も、何気に幼馴染なのよね。千代ったら、二三ちゃんが居なきゃ謝りに来れなかったのか……フフフ……可愛いわ、女の子の友情。しかも二人とも美少女。フフフ。
美少女二人の友情にホクホクしていたら、二三ちゃんと目があった。
二三ちゃんは分かってますとでも言うように、ニコッと笑顔を浮かべる。
私もつられてニコッとした。……多分。紫朗、表情筋があまり仕事しないからな。日頃はそれで助かるけど、こんな時はやや不自由。
さて、千代の件はこれで良いとして。
雫はどうしてくれようかな。彼女、ちょっとヤンチャが過ぎると思うんだよね。そろそろやり返したいけど、大蔵の知識とヒロインの容赦のなさが問題だわ。
惚れさせようとしているとは思えないから、あの子の狙いは既成事実でしょう……。この世界、ガチの媚薬があるから怖いのよね。
まずはセキュリティをどうにかするのが先かぁ……。うちのセキュリティ、凄いはずなんだけどなぁ。
そこまで考えて、ふと疑問がよぎった。
うち、セキュリティ凄いはずなのよね?
なのに、何でルネ殺人鬼ルートで二三ちゃんは殺されてしまったのだろう?
千代のところだって、うちほどじゃなくてもかなりのセキュリティのはず。護衛も立派なのが付いている。
というか。
ルネ、見張りが居たのも気付いていたな……。うちの草の者も、かなり優秀なはずでは……? 何で気付いた?
談話室でルネが告げた言葉が頭の中に蘇る。
『僕に出来る事があったら、いつでも仰ってください』
「……十三」
「はい」
呼ぶと、十三はすぐ傍に来て軽く頭を下げる。
それを確認し、私は口を開いた。
「ルネを呼んでくれ」