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 翌日から一気に話が進んでいった。


 学校を平和に過ごせたと思ったら、休む間もなく藤岡さんの運転で咲のいる孤児院へ直行。孤児院の院長に十三が説明。

 私がするのは、それを横で偉そうに聞いているだけのお仕事だ。紫朗が居ると居ないじゃ、説得力が違うらしい。紫朗の顔はイケメン御曹司として知れ渡っているから、桐生院の仕事って証拠になるそうな。

 元々咲が通っていた病院通して、桐生院グループのお医者さんが説明入れてくれていたみたいで、話はすいすい進んでいく。


「……当グループにおける実力の提示としても、社会貢献の証としても、実に有効でして……」


 しかし、十三凄いなぁ。よくもまあ、研究の為だの社会貢献だの、それっぽい大人の事情風に嘘がつけるもんだ。治してあげるのは本当だけどさ。

 私は感心しつつ、目の前に座る咲をチラ見した。


 咲は凄く可愛らしい顔立ちなんだけど、あまり外見を気にしない子なのよね。実物も設定通りだわ。

 可愛いのに髪がボサボサ。寝ぐせもついている。でも、それが彼女のポヤンとした可愛さに、微妙に合っている。

 あと、巨乳。

 絵で見た時も思ったけど、実物だと迫力が違うわ。おっぱいから凄い圧がくる。手足華奢なのに凄いな……どうなってんだあの乳。元女でも分からんわ。

 咲、ライバルキャラの立ち絵では一番好みだったのよねー。童顔で巨乳とか、夢いっぱいじゃない。最高かよ。セクハラになるからじっくり見られないのが残念。

 正直なところ、この子がグラビアとかやったら、すぐに売れっ子になるんじゃないかなって思う。ルネが絶対許さないと思うけどね。

 それ以前に、病気治さないとか。


 咲の病気ね、元の世界にも似たような病気はあったの。でもその病気はあっちじゃ治せない。まだお薬は開発されていなかった。

 医学はこっちの方が進んでいるのかな? 助かる人が多いのは素敵だよね。元の世界で半世紀生きた分、悲しい出来事も見たからさ。コミュ障でも、そこは素直に称賛出来るよ。

 他もぽろぽろ違う。

 孤児院って名称は、元の世界じゃ、私が生まれる前に変わってたはず。地名やメーカー名も、偽物っぽい微妙に違う名前になっている。歴史も違っているしね。ここ、現代日本っぽい異世界なんだって、あちこちで実感するわ。


 一番実感するのは我が家だがな。

 何だあの家。豪華すぎるし使用人は優秀すぎるし、家族も美しすぎだろ。意味分からん。


 そんな事を考えている間に、十三の口八丁タイムが終了していた。

 咲は桐生院の系列病院で、集中的に治療する。通いやすいよう、個室に入院だ。実際はヒロインに何かされないよう、ガード固めてるだけだけどね。

 孤児院の院長は泣きながら感謝の言葉を述べ、咲もにこにこ嬉しそうだ。すげぇな十三。いや、凄いのは桐生院の金か。どっちもか。まあいいや、咲助かるし。

 話の間に藤岡さんが咲を病院に連れて行く用の車も手配していて、またもやすぐに移動。咲の顔色はまだ健康そうだけど、治療は早い方が良いもんね。体力が残っているうちの方が、お薬も効きそうだし。何より、早くしないとルネがヤバいし。


 手続き済みの病院に私が顔を出せば、咲の保護は終了。

 凄いわ紫朗、顔だけで何でも可能だわ。このキラキラフェイスが登場しただけで、全部の説明になってる。喋らないで良い! コミュ障こじれる! これは酷い!


 取り合えず咲の病室を確認してから、いつも通りに藤岡さんの運転で帰った。

 病室、ホテルの部屋みたいだったな……咲は素直に喜んでいたけど、保護者としてついてきた院長さんの恐縮っぷりが凄かった。分かるよ……有難いけどやりすぎだよね。私もそう思う。

 でもまあ、良くしている分には良いでしょう。ここまでやれば、ルネだって喜ぶ……はず。喜ぶと良いなぁ。


 翌日、それはすぐに確認出来た。

 情報早いよね。

 ルネ、わざわざ紫朗の教室まで来たの。お礼を言う為にね。


「有難うございます……桐生院先輩のお陰で、咲が助かります」


 そう言いながら、ルネは大きな目いっぱいに涙を溜めていた。ちょっと前まで草の者が怯える気配を出していたらしいのに、今はそんな気配は欠片もない。ただひたすらに感謝を溢れさせ、咲が助かる喜びに満ちている。一度頭を下げたら下げっぱなしで、中々上げてくれない。


 あ、こんな話は教室じゃ出来ないから、談話室に移動しているよ。談話室は三年の教室のある三階の物を使用。ルネには居心地悪いかもだけど、(ヒロイン)が来たらヤバいからね!


「……研究と社会貢献の為だから、気にしなくて良い」


 そう言って頭を上げさせるが、ルネの目は完全に「先輩、パないッス」になっていた。困って十三を見たら、「フフ……紫朗さま、わざとあんな事言って」みたいな顔をしている。おのれ十三、何だその顔は。

 これでルネがヒロイン側に付く事は無くなっただろうけど、ルネに懐かれそうな気配が怖い。大丈夫かな……この子、根底に殺人衝動持ってるじゃない……いや、咲が居れば大丈夫なんだろうけど。


「あんな女の口車に乗らなくて良かった……」


 ルネがぽそりと呟いたセリフが耳に入り、私の顔から一気に血の気が引いていった。

 何それ、あんな女って……え、まさかもうヒロインと接触してたの!? 草の者の話にそんなのあったら、絶対十三から報告くるはずなんだけど! 聞いてないよ!? え、見張りつける前?

 呟きは十三にも聞こえていたようで、十三も真顔になってルネを見ている。これは十三も初耳っぽいな……ヒロインやべぇ。


「……僕に見張りをつけていたの、先輩ですよね?」


 あ、バレてましたか。そうです、見張り付けていましたよ。

 返事が無いのを肯定と取ったのか、ルネが話を続ける。


「それもあの女のせいだと思ったし、信用出来ないから、話に乗らなかったんです」


 ルネの話によると、実は入学式翌日……あの移動教室でヒロインが現れた、あの日だ。あの日、既に話を持ち掛けられていたのだと言う。

 直後に見張られている気配を察し、ああこれは(ヒロイン)のせいだな、と思ったらしい。

 まあ、入学式当日にあれだけ派手にやらかしてたからね。直接の理由は違うけれど、大体あってる。


 しかし……早いな、ヒロイン。

 やっぱり大蔵が幼馴染なのが利いているのか。ルネはまだ殺人を犯していないはずなのに、もう行動範囲を掴んでいるとは。おっそろしい。

 早めに咲を救い出して正解だった。本当、ギリギリだったのね……。


「なんて言われた?」


 十三の問いに、ルネは少し笑った。

 その笑顔を見た瞬間に、ぞわっと本能的な何かが警告を告げる。顔立ちは可愛いルネのままなのに、纏う気配が一気に変わった。十三も同じように感じたのか、咄嗟に庇うように紫朗の前に出てくる。


「……やっぱり、気付きましたか」


 その言葉と共に、危ない気配は霧散した。元の危険のない雰囲気に変わり、警戒が解けていく。

 この間にルネの見た目に変わったところはなく、ゲーム内の、被害者にすら気付かせずに殺すルネが思い出された。

 紫朗を庇うように前に居る十三の、首筋に汗が流れている。十三って相当鍛えているらしいのに、その十三に冷や汗かかせるとか……やべぇな……。


「お察しの通り、僕、危ないヤツなんです。あの女にもバレていました」


 良い笑顔で、ルネが言う。

 それ、そんな笑顔で言うセリフじゃないと思う……逆に怖いよ、ルネきゅん……。

 でも、ヒロインにバレてたって……それって、もう誰か殺している……? 間に合わなかった……?


「週末に……危ない事、しようとしてたら声かけられまして」


 あ、まだだった。良かった。間に合ってた。


 どうやら攻略通り、「私が紫朗を落とせば咲は助かる、協力しろ」と言われたらしい。

 だが、何しろ前日の様子がアレだ。ルネには(ヒロイン)が紫朗を落とせるとは思えなかった。

 そんな女に咲を任せるわけにもいかず、当然、交渉は決裂。

 彼女はまた来ると言っていたものの、直後に見張りが付いたので、これはダメだと確信したそうだ。


 見張りがいるから殺人を実行に移せず、かといって咲が助かる目処も立たず、途方に暮れていたところに、昨日の出来事。

 ルネはそこでようやく、何かから解放された気持ちになったのだという。


「本当に……本当に有難うございます……」


 再び頭を下げるルネは、小さく震えていた。


「僕、咲が居ないと駄目なんです。人間じゃなくなっちゃう」


 頭を下げていて顔は見えないけれど、彼が泣いているのは分かった。震える声と、足元に落ちていく涙が証だ。

 小柄な体が震える姿が、酷く心に突き刺さる。


 何だか申し訳ない気分だ。


 私にとってルネは、恐ろしい殺人鬼だった。咲の事があるとは言え、胸に殺人衝動を抱える子など、恐怖の対象でしかない。

 だけどこうして目の前で苦しんでいるのを見ると、違うと思う。

 ルネはまともな判断力を持っているからこそ、自分の衝動を抑えていた。咲の存在があれば、彼はただの悩んでいる子供だ。


 唐突に、もりもりと。


 私の中の半世紀生きた女が、そんなもん持ってたのかって自分でびっくりするような母性を出した。小柄なルネはただの子供にしか見えなくて、優しい気持ちが湧いてくる。


 私はそっと手を伸ばし、下げられたルネの頭を撫でた。

 金茶の柔らかい髪がふわふわで、気持ちが良い。


「彼女は助かるよ」


 だからルネは、ずっと人間。

 心配しなくていい。泣かなくていい。


 ルネの喉が、ヒュッと鳴くような音を出した。

 彼はそのまま跪き、頭を撫でる私の手を両手で包む。


「僕は……僕は一生あなたに感謝を捧げます」


 いっぱい涙を流した顔で、ルネが私を見る。普通より色の薄い瞳は、濡れた事で良く光を弾いて、キラキラと輝く。


「僕の命は、あなたの物だ」


 私の脳内に、紫朗エンドでヒロインに跪くルネのスチルが浮かんだ。

 このキラキラのルネは、正しくそのスチルのまま。


 え……もしかして、ルネ落としちゃった……?

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