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食事を終えて部屋に戻ると、二三ちゃんからメッセージが届いていた。
中身はヒロイン……雫の事。
どうやら彼女、既に女子から総スカンを食らっているらしい。ただし、体育会系からは熱烈な支持を得たようだ。
まあ……うん。分かるよ。あのすげぇ動き見たら、部活に勧誘したくなるよね。十三も草の者に出来そうとか言ってたし。
あああ、そこからか! そこから谷田落とされたか!! あいつ陸上部だったもんな!
私は思わず顔を覆った。
十三へのアピールだったのかなって思ってたけど……それだけじゃないわコレ。コミュ障の紫朗にはマイナスなだけで、十三も運動部もプラス評価だもの。幅広く攻めてるわ。完全に全員攻略狙いですね、雫さん……。
ヒロインへの恐怖に震えながら、私は二三ちゃんに情報のお礼を返信した。そこからはいつもの通り、二三ちゃんのスタンプと私のテキストのやりとりで終了だ。
奇天烈と思ったヒロインが、意外とやり手です。おっかないよぅ。
恐怖で完全に体が冷えてしまっている。
私は体を温めるべく、風呂に入る事にした。
こんな時はシャワーで済ませず、湯船につかるのが一番である。部屋にお風呂ついてて良かったよ。お金持ち万歳だぜ。
せっかくだから、いい匂いのバブルバスにしよう。
私はメイドさんを呼ばずに自分でお湯を溜め、お気に入りの入浴剤を入れた。
あわあわになったお湯に浸かると、冷えていた体が温まっていくのが気持ちいい。紫朗の長い足でも伸ばせちゃう、広々湯船最高。
人心地ついてホッとしたところで、バァンと音を立てて風呂の扉が開いた。
「紫朗さま、報告いたします」
キャー!
十三、十三お前! いくら男同士だからって、ノックくらいしろよ! 何勝手に入ってきているんだよ! 緊急事態ですって顔しているけれど、風呂出ろって言わないから違うだろ! 分かってんだからな!
以上の事を顔にも口にも出さず、私は静かに十三を見た。
湯船の中で良かったよ。泡ぶくぶくで、体見えないし。
いや、男同士だから大丈夫って分かっているし、着替えも見られているし、今更なんだけどね。急だと焦るんですわ、中身半世紀ものの女なんで。
「……紫朗さまに襲い掛かったあの女生徒ですが、名前は立石雫。奨学金で桜峰に入学しています」
うん、知ってる。
あとな、十三。喋る前の間な。
お前、露骨に「おお……湯に浸かる紫朗さま……眼福です」って顔していたからな? なんかお前、ビーでエルな雰囲気出てるぞ。恋愛物なんだから気をつけろ。
「幼少の頃より頭脳、身体能力共に優秀。中学までは比較的大人しい生徒だった、との事です」
へぇ……高校デビューが激しすぎますね。
その急な変わり方、ちょっと嫌な予感がするわ。
「ですが、一部の者の間では、野獣のようだとの評判でした」
あ、前世の記憶思い出したパターンじゃなかった。良かった。いや、まだ分からないけど。
私みたいな転生者でアレだったら、厄介この上ないもの。出来れば違っていて欲しいわ。
「紫朗さまが挙げられた『協力者』のうち、現在既に彼女の手駒となっているのは二名」
良かった、まだ二名か! もうがっつり攻略進んでいるかもって、びくびくしていたよ!
だけど、安心してはいられないか。二名の内訳によっては、今後の危険度が違うもんね。
谷田は決定として、もう一人がルネか城之内か。
「昼に彼女と一緒に居た谷田、もう一人は二年の大蔵です」
ちゃぷ……と、お湯が鳴った。私が動揺して、体を揺らしたせいだ。
攻略順がおかしい。
二年の大蔵は、情報部を立ち上げた生徒だ。切れ長の目で、唇も耳たぶも薄い。鼻も細く、全体的に薄い。それでいて、目尻にほくろがあるのが妙な色気になっている。髪も瞳も真っ黒で、少し神秘的な印象だ。
情報部と言うだけあって、パソコンが得意である。周辺機器にも詳しく、些かガジェットマニアの気配も見せている。
こんな彼の裏の顔は、マザコンだ。
出会いが難しい代わりに、落とすのはチョロい。母が男を作って逃げてしまった直後なので、母性を見せればイチコロ。すぐ落ちる。
だが、彼は城之内を落とさないと、出会う切っ掛けが作れなかったはず。スパイである城之内が、情報部のパソコンから生徒のデータを抜くのを手伝う事で、ヒロインは大蔵と出会うのだ。
「谷田は昨日の騒ぎが切っ掛けで、彼の方から近付いたようです。大蔵は幼馴染との事」
まじか。
ゲーム内にそんな設定無かったんだけど。
幼馴染とか強すぎない? 大蔵ルートのライバルちゃん、確か同じクラスのメカ音痴の子だったと思うけど……幼馴染じゃ出会う前に落とされちゃうじゃないの。無理ゲーだよ。
うわ、やべぇ。
これ完全にゲーム内の攻略順は無意味だわ。出会いの切っ掛けが変わっている。っていうか、そうだよ。入学式初日がもう違うじゃないの。
ゲーム内だと絶対出来ない攻略法だなって思ったけど……それどころじゃないわコレ。
ゲーム内だと、ヒロインは初日に何も出来ない。紫朗の美しいスチルが一枚あるだけで、あとは希望に燃えつつ「明日から頑張るぞ」って誓うだけ。
いきなりあんな猛烈アピールはしない。谷田が落ちるのも、もう少し先だ。
せめてもの救いは、まだルネが落ちていないこと。
「彼女は大蔵に、ドローンや発信機について学んだようですね」
あーうん。
気になってたよ、どこでそんな技術習得したんだよって。
そうか、大蔵からか……ヤツが教えていたんじゃ、どうしようもねぇな……ヒロイン、無駄に優秀そうだもん……。
幸い、大蔵は紫朗宅の情報を渡していないようだ。ヤツならドローンなど使わなくても、データだけで紫朗の居場所を突き止められるはずである。それをしていないのだから、こちらもちょっと違っているのかも知れない。
「小野寺先生ですが……、…………問題有りますが、関係は無いですね」
途中の間で明らかに何か飲み込んだな、十三。私の気持ちが分かったようで幸いだよ。いや、幸いじゃないか……アイツは災いだからな、別方向で。
「城之内については、元々草の者より他国のスパイであると報告が上がっておりました。桐生院家からすれば小物ですので、心配ご無用との事です」
わあ、攻略キャラが小物扱いされているよ! でもその通りだよね、孤独を癒されただけで落ちるチョロキャラだもん。ゲーム内ではわりと好きだったキャラだけど、現実じゃ使えない子扱いされちゃうよね……チョロすぎて。
孤独になるほどエリート教育されたのに、哀れだな……。
あと十三。「自力で気付くなんて、さすが紫朗さまです」って、顔に書いてある。これ、前世の知識だから。ズルしたみたいで良心が咎めるので、止めなさい。それならホカホカ紫朗にホクホクしている顔の方がマシ。
「問題の鈴原は……草の者曰く、何故か非常に恐ろしく感じるとの報告を受けています。何人かは見張り後、体の震えが止まらなくなったとの事」
あ、草の者にはルネのヤバさを察知出来るんだ。良かった、うっかり最初の被害者になったりしなくて! ちょっと心配だったのよね。
でも逆に、分かるせいで怖い思いさせちゃったか……ごめんね。
草の者の福利厚生ってどうなってんの? 震えが止まらないとか、トラウマもんでは?
「彼らには有休と臨時ボーナスを与えました。それでも体調が戻らない場合、カウンセラーの利用や職場の異動が可能です」
私の視線で察したのか、十三が説明してくれた。割と手厚いのね。良かったわ。
私は顎に手をあてて、少し考えた。
ルネをどうしよう。どうしたら良いだろう。
ずっと見張り続けていれば、ルネもうかつな事は出来まい。だけど、ゲーム内であれだけイキイキと人殺ししていたやつだ。何かの弾みでタガが外れたりしないだろうか? 草の者が殺されたなんて報告は、聞きたくない。
攻略方法……ゲームのままじゃないとしても、こちら側で使えないだろうか?
出会いの方法は使えない。
あれは既にルネが殺人を犯している事が前提だ。
だけど、出会った後の流れならどうだろう? ライバルたちを殺させない手段は、応用出来る気がする。