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 顔が良くて頭が良くて運動神経も良い。お家はお金持ちで地位も名声もある。


 ……そんな生まれなら勝ち組と思った時が、私にもありました。


 今は分かっている。上記全ての条件を持っていようとも、上手く生きられるかどうかは全て性格次第。性格が駄目なら全部持っていても駄目。


 私は桐生院紫朗(きりゅういんしろう)(十七歳)。

 上記全てを兼ね備える男子高校生。

 しかしながら、中身がアラフィフで死んだ喪女故に、ままならない日常を送っている。


 前世のお母さん……娘はイケメンになってもコミュ障です。



 自分の前世を思い出したのは、五歳の誕生日の朝の事。

 あの時のショックは、中々忘れられない。

 だって、女だったのに乙女ゲームの攻略キャラに転生するとか、設定苦しすぎると思うじゃないの。何でそこでヒロインじゃないんだよ、せめてライバルの悪役令嬢だろ?ってなるでしょう。


 そう、桐生院紫朗は乙女ゲームのキャラなのだ。

 しかも、落とすのが一番難しいキャラ。

 外見は、日本人にしては全体的に色素が薄い感じで、男だけど妙に儚げに見える美しい顔。それでいて身体能力も高く、頭もよく、やろうと思えば何でも出来ちゃう多才なタイプ。お家は冗談みたいなお金持ちで、地位も名声もある。

 そんなキャラなのに俺様ではなく、物静かで落ち着いている。ここまでだと完璧かよって言いたくなるけど、そうはならない。


 何故なら、このゲームは必ずキャラの本性が設定されているから。


 ゲームのタイトルは「君の秘密を知りたくて~桜峰学園物語~」。

 タイトル付けに悩んだのかな?ってくらい直球すぎるタイトルだよね。ネット上での略称は「君尻」。


 親密度が上がると、段々キャラの本当の姿が分かってくるという、ありがちな設定のゲーム。その中で桐生院紫朗は「何でも出来るけど、コミュ障で人との付き合い方が分からない」という、いかにもな設定になっている。中身が私でも何の問題も無いのが、非常に悔しい。

 でも一応、性格の不器用さとキャラ絵の美しさが受けて、一番人気だったのよ。

 他にも「エスの人っぽいのにエムの人だった」なんてお約束パターンから、「優しい人だと思ったら殺人鬼」なんて心底ヤバいのもいる。


 まあ、それは良い。殺人鬼はどのルートでも紫朗と関わらないし。

 それより問題は、ヒロインの方だ。


 普通の乙女ゲームのヒロインは、不器用だけど努力家だったり、健気だったり、プレイヤーの心証を悪くしない性格である事が多い。

 だが、このゲームのヒロインは違う。最初から玉の輿を狙い、金持ち生徒ばかりの名門・桜峰学園に奨学金で入学した、超肉食系女子なのだ。

 そんな主人公故に、システムも変わってる。通常は複数ルートの攻略にはセーブデータを駆使して頑張るものだが、このゲームの場合は「キープ」なんて恐ろしいモードが存在している。キープされた攻略キャラは親密度そのままで保留され、エンディングでキープの中から本命を選べる仕様だ。しかもキープに順位をつける事が可能で、その順位もエンディングに関わる。

 プレイヤーとしては素晴らしいシステムだと思っていたけれど、攻略される側となると実に恐ろしい。

 この仕様にコミュ障キャラとしてぶっこまれるとか、まさに地獄。全てを持つイケメンであっても、何も嬉しくない。


 あとね。

 喪女がイケメンに転生とか、あんまり需要無いと思うのよね。

 そこに自分がきちゃったのも、地味にダメージ。


 ゲームは主人公が入学するところからスタートする。それは紫朗が高校三年生の時で、まさにこの春からだ。

 私はヒロインから逃げ回らなくてはならない。


 何故って?

 肉食女子とか、怖いに決まってんだろ。コミュ障なめんな。

 あと、私、中身女だし。性の目覚めは前世のスマートドスケベブックの記憶だからね。今もネットでたっぷり読んでるよ! ネット万歳! 周りの目が気になるイケメンも、気にせず趣味に没頭出来るの最高だわ。


 あ、ちなみに女の子も嫌いじゃないよ?

 身体がコレだし、裸には普通にドキドキする。股間の紫朗も立派になるよ?


 でもね、ほら。

 女として生きた記憶の方が長いからさ。嫌な面もいっぱい知っているし、裏でどんな事言っているのかも想像つくわけよ。

 そうすると、付き合う気が起きないじゃない。いや、コミュ障ってのが一番の問題点ではあるんだけど。


 かと言って、男にも興味ないです。

 折角イケメンになったんだから、イケメンとイチャイチャすれば良い? スマートドスケベブック実践?

 馬鹿を言うな。あれは見てる側だから良いんだよ。自分が混ざっちゃ駄目なんだよ。いくら綺麗でも駄目なんだ。

 良いか?

 私は女だった頃から、推しと付き合いたいと思った事は無い。推しが推しに愛でられるその様を、あわよくば天井から眺めたいんだ。

 え、床はダメなのかって?

 駄目に決まってんだろ。床なんて、推しに踏んで貰えるじゃねーか。贅沢すぎんだろ。しかも、もしかしたら押し倒された推しの全身が味わえるんだぞ。なんだそれ、天国過ぎて怖いわ。無理だわ。

 同じ理由で壁も却下。壁ドンがあるからな。

 大掃除の際に拭かれる程度の天井。それが良いんだ。


 そんなわけで、特に誰かと付き合いたいと思いません。家を継ぐ都合上、相手は必要かなって考えはするけど……何とか似た性質のお嬢様見つけて、一緒にひっそり生きられたら良いんだけどなぁ。無理だろうなぁ。


 そんな事を考えながら、私はぼんやりと窓の外を眺めた。

 今日は一足先に在校生の始業式があったので、学園に来ている。明日が新入生の入学式だ。季節柄、窓の外は桜が満開。学園はその名に恥じず、桜の名所でもある。


「ああ……今日も紫朗さまが美しい……」

「あの淡い色の髪と瞳が、桜の薄紅と最高に合う……」

「見て? 紫朗さまの横顔が壁に影を作っているけれど、その影に睫毛があるの。ねえ、影が、睫毛の影が……」

「なんていうか、もう、顔が良い」


 同じクラスの女子が、紫朗の容姿を褒め称える声が聞こえてくる。正直、この見られ続けるのが慣れない。放っておいて欲しい。

 いやね、分かるのよ。見ちゃう気持ちは。観察したくなるよね、語りたくなるよね。語っているうちに感極まって段々語彙力が無くなるの、凄い分かる。

 そう、分かるのは見る側の気持ち。

 いくら綺麗に生まれたからって、見られる側の気持ちはいつまでも理解出来ない。ただ嫌だなって思うだけ。今すぐ隠れたいけど、桐生院家の跡取りがそんな奇行、すぐに噂になってしまう。逆に目立って注目を浴びるだけだ。

 しかも、移動も目を引いてしまう。簡単に抜け出すわけにもいかない。常に人の目があるせいで、外にいる時はひたすら緊張している。

 せっかく綺麗に生まれたし、お家はお金持ちなのに、性格のせいで全く活かせない。本当に不便だ。なんて儘ならないんだろう。


「紫朗さま」


 不意に声を掛けられ、私は視線をそちらに向けた。実際は向けるまでもなく、声で相手が分かっている。


「お車の用意が出来ました」


 そう言って頭を軽く下げるのは、紫朗付きの従者だ。同い年で、名前は山川十三(やまかわじゅうぞう)

 黒髪で眼鏡の、お堅いインテリ風の外見だ。ほっそりして見えるけれど、主である紫朗を護るべく、ちゃんと鍛えている。脱いだら凄い系だ。

 ちなみに、ゲーム内では彼も攻略対象になっている。十三は紫朗にとても忠実で、決して裏切らない。紫朗の為なら世界も敵に回せるほどの忠誠心だ。

 何故そうなったのかが、ゲームの中で明かされている。


 幼い日に、些細な喧嘩で妹を池に突き落としてしまった十三。まだ泳げなかった十三は、妹を助ける事が出来なかった。

 その妹を助けたのが、紫朗。

 これがきっかけで彼は紫朗に誠心誠意仕えるようになり、次第に心酔していくのだ。

 ……ゲームの中では。


 この出来事よりも前に、私は前世の記憶を蘇らせていた。記憶がある以上、当時まだ三つだった十三の妹が溺れるイベントを、そのまま起こさせる気にはなれなかった。

 だって、凄い可愛かったのよ。十三の妹ちゃん。二三(ふみ)ちゃんっていうんだけど、凄まじい美幼女でね……苦しい思いとか、怖い思いとか、させたくないじゃない。


 はい、全面回避させました。

 必要イベント? 知らんな。幼女は正義だからな。可愛ければ特に。


 別に十三が忠誠誓ってくれてなくても、全く構わなかったしね。むしろヒロインから逃げる為には、丁度いいかなくらいに思っていた。ゲーム中のイベントでは、十三絡みからヒロインが接触してくるし。


 ところが。

 なんという事でしょう。


 イベントの起こる池で待ち構え、二三ちゃんが落ちないように喧嘩を仲裁したところ、たったそれだけで十三に懐かれました……。

 チョロすぎないか、十三。

 分かってはいたけど。


 えーっと。

 十三の内面ね。ゲーム上の設定のあれね。

 「異常なほどの面食い」。男女問わず。

 このゲーム内だと、紫朗の顔が一番綺麗って事になっているわけでね。ほら、ね。お察しください。


 ……顔が良ければそれで良かったんだよ。十三従えるのなんて……。イベントなんて必要ないんだ……。あのゲーム内のイベントだって、単なる顔合わせだったんだよ……従者として育つ十三とはいずれ会う事は決まっていたんだから、十三の忠誠心からは逃げられない運命だったんだ……。


「紫朗さま?」


 動かず考え込んだ私を見て、十三が少し心配そうな顔を向けてくる。

 良いんだぜ、十三。心配しているようなフリしなくても。どうせお前、紫朗は顔があればそれで良いんだろう?

 そう思いながらも、私はすぐに立ち上がった。あまり気にされたくないし、相手もしたくない。仕えてくれているのに悪いけど、中身知ってるからさ……。


「行こう」


 振り向きもせずに歩き出すと、十三は私のカバンを持って右斜め後ろに立った。そこが十三の定位置だ。途中でスピードを変えようが止まろうが、ほぼ同じ距離でついてくる。

 知ってる。そこが紫朗の顔を堪能出来る良い位置なんでしょう? ゲームの中で力説してたもんね。睫毛の長さと鼻の高さが素晴らしいって……。

 ゲーム内でスチル見た時は完全に同意しかなかったけれど、我が身になると話は別だよ。怖いわ、本当に。

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