幕間 舞台からは降りられぬ
玉座の間に、凛とした声が響く。
「貴方が解放なさったのは、隣国の第三王子、レヴィン・サウスに間違いありません!」
バージルはクロエの父、ヴェルサンに詰め寄る。語気の鋭さと裏腹に、バージルの目には焦りの色が滲んでいた。
なんと目の前の宰相。あの王子を解放したというのだ。
「あの容姿そして雷の力。紛れもなく王家の血に連なる者のものです!なのに誰にも相談せず解放など!貴方は一体どういうおつもりだ!」
今にも掴みかかりそうなバージルに対してヴェルサンは顔色一つ変えずに淡々とした態度で答える。
「殿下。仰ることはもっともでございます。……ですが、私は、あの者が王子であるという言葉に嘘を見出しました」
「……!」
「この身にはご存じの通り真偽を見極める術がございます。あの者の名乗りは偽りにすぎぬものでございました」
祝福。その言葉が頭をよぎるたび、嫌悪がこみ上げる。それを悟られぬようバージルは唇を噛む。
「……確かに貴方の祝福はこれまで国に多大なる貢献をしてきました。しかし、それを理由に独断で行動とはいかがなものだろうか!?」
「それは確かに貴方がお怒りになるのも至極当然のことでしょう。……しかし、失礼ながら殿下のご判断もまた、見た目と能力のみでのご推察に過ぎないのでは?」
「ッ」
図星を突かれバージルは動きを止める。
「その希少性を前提にした推測に過ぎぬまま、他国の人間を捕らえれば、それは明確な外交問題となります。たとえ事実でだったとしても、証を欠いた判断は拉致と紙一重なのです」
バージルが口を開こうとしたするがヴェルサンは続ける。
「仮にあの方が本物だとして、隣国がそれを公に認めず交渉の場に引き出すことさえ拒んだとしたら?──我らは民間人を捕らえた加害国として悪名を背負う可能性もありましょう」
「……では、解放こそが正しかったと?」
バージルはヴェルサンの態度を見ていると先ほどよりも落ち着きを取り戻したのか静かに問う。
ヴェルサンは頷くことも否定することもせずゆっくりと言葉を選ぶ。
「正しかった、とは言えませぬ。私はあの者の言葉と声と目を通じて彼はこのまま解放しても無害であると判断しました。が、それは私の個人の能力に依るものではあります」
視線を王へ向け、静かに言葉を紡ぐ。
「しかし他国との無用な緊張を高めることこそ長く見れば、王国にとっての致命であると考えました」
「……リスクを天秤に取った結果、というわけか」
「無害であると見た者を、確証なきまま扱うよりも解放の後に慎重な調査を進め、民心と秩序を保つ道を、私は選んだ次第」
ヴェルサンの声音の芯は揺るがない。
しかし彼の普段の様子を見ている者なら気付くであろう。彼はいつもよりも饒舌で一歩も退かぬという意思が見えた。
彼は静かに頭を垂れる。
「しかし、今回の件について、私の独断に近いものであったことは認めざるを得ません。重ねて深くお詫び申し上げます。今後このような事態が起きぬよう、どのような小事も、必ずご相談の上で対処いたします」
沈黙が落ちた後──
「……よろしい」
「父上!」
静かに王が口を開いた。重みのある声に、玉座の間の空気がひとつ整う。
「バージル。お前の見立てを決して軽んじるものではない。だがヴェルサンの申すこともまた道理にかなっておる」
王は息子であるバージルを真っすぐに見つめる。
「正しさとは信頼を損ねてまで押し通すものではない。それにその者は今は解放された。それが事実。これを必要以上に騒ぎ立てるほどに民の心を乱すことになる」
「……」
「バージル。正義のために動くことは尊い。だが、時に正しさだけでは事は成らぬ。慎重に歩むことが王には求められる。わかるな」
「……心得ました」
バージルは深く頭を垂れる。その姿は王家の子としての責任と、それを果たそうとする意志が確かにあった。王はそれをみて頷くとヴェルサンへと目をやった。
「今回の一件は今は良しとする。ただし、二度の独断は許さぬ」
「はっ。重々肝に銘じます」
こうしてその場は静かに収束したが、バージルは悔し気に俯いていた。
「やはりここに立つべきなのは────」
◇
こんなはずじゃなかった!
■■は早歩きに目的の地へ向かっていた。
早くしなければ誰かに見つかるかもしれない。早くしないとエレノアの叔父が来るかもしれない。早くしないと──
流行る心が足元を疎かにし、■■は躓き地面に転がった。
「ッ……」
私はただ、死んでしまったのならこの世界で時々、元の世界を思い返しながら主人公らしく振る舞えなくとも穏やかに暮らせればそれでよかったのに。彼らに会えればそれでよかったのに!
なのに!!逃げられない!エレノア•ラピスに────
《今のアンタ、ハイエナに追われたウサギちゃんみたい~》
気付けば視界を滲ませながら地面を強く引っ掻いていた。指先から血が滲んできたところでそう呆れたような声が届き顔を上げる。
「ハッ……ハッ……」
《雑に肉汁垂らして誰に食わせたいの?》
「違う!」
《じゃあそんな急拵えじゃなくてもっとゆ~っくりじ~っくり素材を煮込ませたら?このままお出ししたって相手が満足すると思えないけど》
「で、でも……」
《あのさぁ、落ち着いて聞きな。アンタは聖女なんかじゃない。アタシがそう言ってるじゃん》
「う、うん…」
《ほら、アンタが言ってたのはあっちっしょ。それまでに上手に御馳走になりな》
「うん」
彼女は起き上がりまた暗い道のりをよろよろとまた足を踏み出した。
誰もが胸に、形にならぬ思いを一つ、抱いたまま。




