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49 掴む一手

 

「ここダヨ!」


 着ぐるみに案内されある部屋の前につく。中の様子が伺えるように窓がついたその部屋には女が一人、ベッドで眠りについていた。


「彼女は?」


「彼女はここ最近、自身を傷つける行為が多いためここへ連れてこられた」


 なるほど、だから縛られているわけだ。だけど……


「でも、それって本当に魔物のせいなんですか?もしかしたら病気とかの可能性もあるんじゃ」


 詩音が素朴な疑問を口に出せば公爵はなぜか黙って着ぐるみの方に視線を向ける。着ぐるみは自分を指差しニタリと口角を動かす。


「ワタシが保証するヨー」


「彼は半人半霊だ。魔物の気配を感じ取ることはできる」


「ソユコトー」


 半人半霊。そんな存在もいるんだ。……いたかなぁ……?


「半人半霊……つまり貴方様のご両親は精霊と人間ということですか?そもそも親という存在がいるんでしょうか?その格好が本体には見えないのですが何かに憑依することで活動することが可能ということなんですか?あと魔法は使用はうわっ!?」


 着ぐるみをじっと見ながら矢継ぎ早に質問をし始めたクラージュに詩音はその両目をそっとふさいだ。


「クラージュくん、あまりジロジロ見るのは良くないよ」


 メッ、と人差し指を少し動かしながらたしなめればクラージュは気まずそうに眉を顰め、着ぐるみに頭を下げた。


「……不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」


「このスケベ!」


 己の体を抱きしめてそう叫ぶ着ぐるみにクラージュは頬を引き攣らせた。


「だが、気にはなるな。半分とはいえ精霊なんだ、実は見えるだけではなく魔物もどうにか出来るんじゃないか?」


 そのフードルの一言に公爵はため息を吐く。着ぐるみは首を振り、


「自分達には関係ないヨ〜」


「この一点張りだ」


「なんで!?」


 ……いや、でも精霊ってそんなものなのかも。興味あるものには力も貸してあわよくばその人の魂を持っていく。


 水の中で体を沈められながら心臓を撫でられるような感覚を思い出し詩音は身震いする。


「だからこそ魔物に取り憑かれた人を救うのは人にしか出来ない」


「そうだね、大人しく自分たちでどうにかしよう!助けた代わりに魂要求される可能性もあるかもしれないからね!」


「ナタリア様?どうしてそう思ったのですか?そういう経験があるのですか?」


「も、物の例えだよ!」


 クラージュくんったら相変わらず目ざとい……。


 詩音はクラージュの視線から逃れるようにフードルの方へ振り向く。


「フードルくん行こうか!」 


「あのさ、別にいいんだけどナタリア?僕はまだ説明が──」


「あ、ごめんね!そうだな……一緒に人助けをして二人のところへ帰ろう!」


「……え?」


 簡潔すぎる言葉に呆気にとられているフードルの背中を押し、詩音は進んでいく。


「ナタリア様、僕達は」


「クラージュくんとミラはまずは外から見てて!」


 早口にそう告げられながらもクラージュは頷く。


「ナタリア様、お気をつけて」


「うん!」


 扉が閉まる音が静かに響く。

 詩音は靴音を鳴らしながら女の目の前に立つと相手の意識がないことを確認し、フードルを隣に呼んだ。


「それじゃあフードル君にはある呪文を唱えてもらいます」


「あの、二人のところに帰れるって……なにかの冗談?」


「帰れるよ。フードルくんの頑張りしだいでね」


「二人のところに……」


 フードルの唇がわずかに動き、かすれた声が漏れる。胸の奥深くに閉じ込めていた想いに光が差し込んできた気がした。


「絶対私がなんとかする。信じてほしいな」


 詩音の瞳は揺らぎひとつなく、ただ真っ直ぐにフードルを見つめている。

 フードルは、しばらくじっと彼女を見つめていたが──やがて、何かを振り切るように頷き、己の佇まいを正した。

 その様子を見た詩音は微笑み、呪文を教えるが……。


「うぇ、呪文教えただけなのに気持ち悪い……」


 顔を顰めて胸を抑えるのでフードルも途端に不安が募る。


「ねぇ、本当に大丈夫なの?」


「あら、心外!私はフードルくんに痛い思いなんてさせないよ。フードルくんは傷をつけたけどね!」


「あいたたた、なんだか心が痛い気がする!」


 ぐいぐい火傷後の残った左腕を見せつければ胸を押さえ誤魔化すフードル。

 それを笑い、詩音はその背中を優しく押した。


「まぁ、だからこそキミに聖女の加護があるってわかったんだけどね」


「え?」


「じゃあ、お願い!」


 詩音の促しにフードルは覚悟を決めて深く息を吸い込み目を閉じる。詩音は何があってもいいよう拳に風を纏う。


月の導きあれ(ルークス・ルーナエ)


 呪文が静かな空間に響いた瞬間、眩い光が女性の体を包み込んだ。途端に女性が苦しみ出す。詩音は暴れ出した女性を魔法で抑え込む。

 フードルの額には大粒の汗が浮かび、膝が震え始める。体の芯から力が抜けていきそうな感覚に立っているのがやっとだった。


「待ってナタリア!?これすごい魔力持っていかれるんだけど!」


 フードルから悲鳴のような声が上がる。


「そうなんだ。やっぱり精霊に力を借りるのとはまた違うから浄化魔法は魔力がめちゃくちゃ必要なのかな?聖女が傍にいるほうがいいとか……?」


「考えてないで止めていいかな!?」


「どこか激しい痛みは?」


「それはないけど!」


 私の時みたいな症状はないみたい。


「じゃあ、もうちょっと我慢しよう。浄化は出来てる!」


 女の人の様子はミラの時と同じ。この調子なら──


「えぇ!?」


 詩音の指示に不満の声を上げながらもフードルは言葉に従い必死に耐え凌ぐ。女性の体は依然として光に包まれ、次第に強度を増していく。

 フードルの顎に汗が伝い、落ちる。


 その時だった。女性の体から黒い影が飛び出したのは。


「あ!」


 詩音は反射的に小さなそれを右手で捕らえ、壁に叩きつける。グシャという生々しい音にフードルは思わず顔をしかめた。

 詩音が手のひらを見れば黒い泥のようなものがこびりついて、しばらくするとサラサラと消えていく。


「魔物が……!」


 これが浄化魔法……。魔物に力がなくなって何もできそうになかった。


「見て!」


 思わず詩音は手のひらを見せる。


「うっわ、普通潰したものを見せる?」


 見てはくれなかったが。


 二人が騒いでいれば微かな呻き声とともに女性の瞼がゆっくりと持ち上がった。詩音はそれに気づくとすぐさま駆け寄りそっと女性の背を支えて起き上がらせる。


「貴方は……?」


 不思議そうな顔をする女性に子供らしい笑顔を見せた。


「ここのお手伝いです!お身体は大丈夫ですか?」


「あら?」


 そう問えば女性は思い出したように自身の体を見た。

 これまでの青白かった顔に血色が戻り始めている。痛みもないのか女性の表情は柔らかい。


「えぇ、今まであんなに辛かったのに今は体が軽いわ」


「よかった!」


 詩音の笑顔に思わず女性も自然な笑みを返す。その様子を見守っていたフードルだがついに魔力の消費で崩れ落ちる。その体を誰かが支えた。


「ダルティフィス公爵……」


「フードルくん!大丈夫?」


 駆け寄る詩音にフードルは力なく笑う。


「うん。だいぶ魔力は削られたけど」


「ならよかった。…………クロエ様のお父様」


 鋭い眼差しで状況を見定める公爵に詩音は一歩、前に進み出た。


 これだけで証明できたとは思えない。今のはフードルくんの力だ。


「次の人の元へ連れて行ってください」


 今度は私の番。魔物に取り憑かれる人は残らず助ける。

 この人に必ず味方になってもらう。


 公爵は詩音の一言に思案する。

 納得するにはまだ少し足らない。しかし彼女のような軽度の症状の者はもうこの場にはいない。あとここにいるのは────


 公爵は詩音に目を向ける。炎のように燃える意志が、揺るぎない覚悟がそこにはあった。


 もし、この少女が彼を救えたのなら────そんな一縷の望みに賭けたくなってしまった。


 公爵は静かに瞑目した後、一人の白衣を着た男を呼んだ。


「……私達は地下の部屋へ向かう。何かあった時は繋がっている通路を閉じなさい」


「地下へですか!?危険です!彼はもう……」


「頼む」


 彼の厳かな声音に、反論の余地はなかった。




 一行は地下へと案内される。

 女性がいたところは質素だが温かみがある部屋だった。しかしこちらは分厚い鉄格子の嵌まった冷たい牢屋だった。

 そこには一人の男が重い鎖で拘束されていた。体は痩せ衰えてかろうじて人の形をとどめているようだった。


「これは……随分、痛々しいね」


「彼は騎士の一人だ。しかし魔物討伐の際に味方構わず剣を振りここへ拘束されることになった。武器を没収した今でも時折暴れ、この状態になるまで誰一人として近づけなかった」


「これはミラやシリウスさんに近い状態なのかも。なら急がなきゃ」


「ナタリア様!」


 牢屋に近づき鉄格子を開けようとする詩音をクラージュは引き止める。


「僕達、いや、僕は……」


 その声には迷いが滲んでいた。


 次は自分も何か出来れば。だけど今それを口にして逆に彼女の負担になってしまうかもしれない。


 クラージュは視線を落とし拳を握る。詩音はその姿を見て軽く微笑む。


「クラージュくん魔法は使えそう?」


「……まだ完全に元通りではありませんが」


 その答えを口にするだけでも心が痛い。完治もしていないのに何か出来るだなんて烏滸がましい。


 しかし詩音はそれを聞くとグッと右手を突き出す。首を傾げるクラージュに笑いかけた。


「じゃあ、今度は頼りにしちゃおっかな」


 その言葉に、クラージュはわずかに目を見開くが、すぐに顔を引き締める。内心で喜びを噛みしめながら拳を握り直した。


「っ……はい!」


 拳同士が軽くぶつかり、クラージュの手に温かな感触が伝わった。


「と言っても完治してないなら檻の外からサポートをお願い。無理は駄目だからね」


「わかりました」


「ミラも鏡を出してくれたら外に出てもらってもいい?」


 先程から病院に連れてこられた犬のように心底嫌そうな顔をしているミラと同じ目線まで屈んで返事を待つ。


「……ヴゥ」


 とても嫌そうだ。


「上手く言ったらフードルくんここから出してもらえるんだ」


「あの子達の仲間のことまで興味ないですけど……」


 容赦のない態度に思わず笑いが出てしまう。

 それでもあの二人が大切ならやっぱりミラは手を貸すしかないんだ。


「フードルくんが二人の元に戻ればシリウスさんがまた何かあってもなんとかしてくれるよ。さっきの見てたでしょ?」


「…………」


「もう今までみたいにシリウスさんが魔物になることはないんじゃないかな」


 そう言えば何故かミラの唇が歪み、更に眉を釣り上げた。


 ま、まだ何か気に食わないの?


「貴方その為にわざわざこんなことしてるんですか?」


 ミラの意外な問い掛けに目を丸くして、首を振った。


「違うよ〜。私の為だよ」


「……」


 なにをへらへら笑ってんだこのガキが。


 しかし、その言葉にミラの気持ちは一気にささくれ立った。


 なぜわざわざ面倒ごとまで背負い込むのか。私に恩を売る為?いいや、あの子達の為かもしれない。それとも名前知らない者の為?

 ────あぁ、イライラする。

 彼女はこれから自分が選んだ道を苦しむことになる。いつか後悔する。それがどうしようもないくらい、嫌だ。


「ミ、ミラ〜?どうしたの?」


 顔色を伺う詩音を睨みつけると、ミラはその横を通り過ぎる一瞬、魚の尾のような長い髪をバシッと詩音の体に打ちつけた。


「いった!?!?」


 知ったことはないとミラは先にずかずかと牢屋の扉を開けた。


 そこ自由に動くんだ!?というか、


「なんで怒ってるの!?」


 詩音も後へ続き、その後を公爵が続く。


「なんで入ってきてるんですか!?!?」


 クロエ様のお父様が牢屋に入ってきたんだけど!?


「なぜだ?」


 なぜだってこっちのセリフだよ!?


「危ないんですよ!クロエ様のお父様って戦えるんですか!?」


「何かあった時にお前達を守ることは出来る」


「え……、いらない」


「…………」


「申し訳ありません公爵様! ナタリア様の代わりに、私が謝罪いたします!ナタリア様は、自分の実力に絶対の自信をお持ちなので!決して公爵様のお力を疑っているわけではございません! それにもしも公爵様の身に何かあったら、そう考えるだけできっと気が気ではないのでしょう。だからこそついあのような言葉になってしまったのではないかと……そうですよね、ナタリア様!」


 クラージュは檻の外から必死にフォローを入れようとナタリアに同意を求める。


 なんかごめんね、クラージュくん。


「そう!クロエ様のお父様に何かあったらクロエ様が傷つくでしょうが!」


「貴方が傷ついてもそう思う人がいると思うんですけど……そのへんどう思ってます?ナタリア様?」


 あれ、急にクラージュくんがこっちを刺してきた。耳が痛いな……。


公爵は大人しく聞いていたと思えば、


「………娘は何も思わない」


そう言ったものだから思わず詩音は公爵に詰め寄る。


「はぁ!?!?その目は飾りなんですか!?」


 ガシャアン!


 派手な音を立て、金属が軋んだ。鬼のような形相でクラージュが檻を掴んでいた。


「ナタリア様は壊滅的に言葉選びが下手なので!公爵様はクロエ様のことを少し勘違いしているのではないかと伝えたかったそうです!」


「…………そう!」


「…………」


 嘘だなっと言いたげな目で見られてる気がする。


「というか、その話はいますることではありませんよねぇ!?時間もありませんから!お互い余計なことを言う前に始めましょう!!」


 ごめんって……。


「とにかくクロエ様のお父様は駄目です。ほら、出て出て!」


「しかし……」


「見てて下さい!」


 まだ納得していない様子の公爵に詩音は握りこぶしを作り笑う。


「私、誰にも負けませんから」




 湿った空気が肌を這う。薄暗くて、光が僅かしかないこんなところで一人だなんてきっととても心細くて、辛い。体の調子も悪化しているだろう。


「ミラ、お願い」


 詩音がそう頼めば大きなため息と共に右手を上げる。すると、男の後ろに大きな鏡が鎮座した。


「よし!ミラは外出て扉を閉めてね」


 ミラは頷き檻の外へ足を進める。


「……お気をつけて」


「うん!」


 素直に出ていってくれて助かるな。……なるべく、この鏡の前に立つ時は人がいいから。


 詩音は鏡の前に立つ。


 映っている。魔物と自身(詩音)の姿が。


 詩音は男の胸へと触れ───ようとしたが大人しかった男が動いた。しかし詩音はそれを予想していたのか男の後ろに回りその膝裏を蹴り上げた。


「悪いわね」


 バランスを崩す男の背後から心臓部分に右手で触れる。

 魂に触れるたび見える映像、その人の記憶が一つの物語のように流れている。


 助けられなかった人、泣き崩れる人達。自身の無力さ。

 そうした苦しみが彼の魂に魔物を呼び寄せたのだ。


「掴んだ!」


 詩音はそれを思いっきり引っ張る。ずるり、泥のようなものが形になる。現れたのは蜥蜴の異形の魔物。それは外に掴みだされた瞬間、一直線に詩音の顔面を狙って襲いかかった。


「!」


 詩音は咄嗟に頭を横にずらす。耳元を風が切る音。

 その攻撃を避け、蜥蜴の魔物の腹部を蹴り飛ばした。しかし壁に叩きつけられると思った魔物だがそのまま壁に張り付き床に天井に縦横無尽に這い回る。


 早い。


 魔法を放っても体を捻って避ける。天井から飛び降りる魔物の鋭い爪先が僅かに髪をかすめ、床に深い傷跡を刻む。休む暇もなく尾が鞭のようにしなり襲ってくる。


「この……すばしっこいな!」


 広範囲の魔法で圧し潰していいけど、あまり精霊の力に頼るのは控えたい。

 最小限の魔力で最大のダメージを。


 じりじりと後退する詩音。背中が冷たい鉄格子に触れる。

 魔物は獲物を追い詰めた獣のように低く唸り、両腕の爪を大きく振り上げた。


「クラージュくん!!」


 そう叫んで詩音はひらりと横へずれる。

 金属が軋むような音と同時に青白い光が走る。パキパキという音と共に、魔物の爪と鉄格子を氷が覆っていた。


「ナタリア様!」


 流石だよ、クラージュくん!


 動きが止まったその瞬間を逃さず、詩音は高く飛び上がる。天井近くまで跳び上がると、両手を握り締め、全身の重みを込めてその頭上へと拳を振り下ろした。


「う、らぁああああああ!!!」


 轟音が空気を震わせ地面が大きく揺れる。

 床にめり込んだ魔物は軋むような音を立てやがて砕けるような音とともにキラキラと消えていった。



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