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45.貴方の為ならば 前

 

 人々が修復に励む街中、彼女は一人そこにいた。


「ナタリア様」


 彼女の目の前に立ち、名を呼べば地面から目線をこちらに向けて呑気に笑いかける。


「クラージュくん!よくわかったね。体はもう大丈夫?」


「完治とまではいきませんが貴方と違って外に出る許可は出てます」


「へへへ、痛いところを突くなあ」


「それで?目覚めたばかりの貴方がわざわざここまで足を運んでなにをしているんです?」


 そう言っても仕方がない。声を掛ける前に少し遠くから詩音の様子を眺めていたクラージュだったが詩音はしゃがみ込んで地面をじっと見つめているだけだった。


「ぶっ飛ばした魔物がこの辺に落ちていったから何か残ってないかなって。流石にもう何もなかったけど」


「……それなら戻りましょうか。伯爵がキレながらお待ちです」


 伯爵という言葉にゲッと顔を歪める。


「クラージュくんちょっと助けてくれたりは……」


「しません。完全に自業自得でしょう?」


「え〜!」


 詩音は不服そうな声を上げながらもクラージュから差し出された手を取って立ち上がる。


「……ミラは目覚めた?」


「それはまだです」


「そっか」


 あっさりとした短い返事をするとそのまま二人は歩き出した。詩音は手を引きながら先を歩くクラージュの背を見つめる。


 もしかしたらクラージュくんなら来るのかなとは思ったけど本当にここまで来るとは……。


「……はぁ……」


 彼がくる前、メモの代わりに地面に書いた故郷の文字は風もないのに消えていった。

 それを思い出して無意識に出たため息に詩音は慌てて口を閉じて前の様子を伺った。


 詩音がここへ来たのは魔物の残骸探しというのも本当だが一人になって考えをまとめたかったからというのもあった。

 自分自身のこと、ここに来るまでの経緯、この世界について知っていること。……これから起こるであろうこと。自身はどうすべきか。


 未来(ゲームストーリー)ではナタリアとクラージュくんとクロエ様は死んじゃうんだよね。それはミラの記憶でも必ず起こってみたいだし絶対阻止しないと。

 二人が死んだのは闇の力を悪用しようとして逆に呑み込まれたからで。ナタリアはそれに巻き込まれた。今の二人ならそんな力、求めたりしない……と思うけど何が起こるかもわからない。確実に二人を守ってくれる味方と場所を増やしておきたい。


「あとは……」


 私をこの世界へ連れてきた……いや、ここに連れてきたのはナタリアだから少し語弊はある。正確には()()()()()()()()()()()()()()()人物のことだ。

 今までの記憶は思い出したけれど何故かその人の姿や声は覚えてない。でもこの世界を滅茶苦茶にしたいという目的があったのは覚えているからそれも阻止して今もあの暗闇に捕らえられているであろうナタリアを助ける。そして……、元の世界へ戻る。

 うん、間違いない。全部思い出せてる。こっちの問題は……誰かを巻き込むのはあまり得策ではないかも。まだ謎が多すぎるから。

 とりあえずこれらを全て解決させる為にはまず闇の力っていうものを詳しく調べないと。


 百歩譲ってて事前報告したらいいって言ってたしクラージュくんにも相談しよっかな!とは思ってたんだけどね……。 

 私、これからしようとしていることって悪い事なんだよね……。クラージュくんがそれに手を貸すようなことがあればもしかしたらクラージュくんを悪役に近づけちゃうってこと?


「…………」


 うん、やめとこ。

 クラージュくんはそのまま清く正しい……というわけではないけどちょっと胡散臭い程度で収まっていてほしい!

 いや、でも相談しないと嫌だろうな。あんなに心配されてたのに。……というか私、クラージュくんにバレないように行動とかできる?

 でもこんな荒唐無稽な話信じられる?流石に鼻で笑われない?

 いや!クラージュくんなら信じてくれそう!なんやかんやいつも甘いし。

 いやでも──


 そんなふうに考え事をしていれば前のクラージュが立ち止まったことに気が付かなかった。


「…………さっさと言ったらどうなんですか?」


「ぶへぇあっ!?」


「うわっ!?」


 背中を向けたままそう言葉が投げかけられると思わなかった詩音は素っ頓狂な声を上げながらその背中にぶつかった。


「な、なんのこと!?」


「は?惚けるつもりですか?」


 動揺が明らかな声で誤魔化すが内容は聞こえずともさっきから小さな声でブツブツと独り言を呟いていたのを気づいていないとでも思ったのだろうか。クラージュは手は離さず不機嫌そうに振り返る。


「貴方がわざわざ誰にも言わず黙ってここへ行く理由なんてないじゃないですか。それなのに一人で行ったのは何か企んでいるからです」


「企んでる!?せめて悩んでるって言ってくれる!?」


 びしりと指を差してそう指摘され思わず詩音はそう返してしまい、自身の軽い口を両手で塞いだ。


「やっぱり。貴方が悩んでいると最終的に一人でなんとかしようとして自爆するか近場の人間を巻き添えにしながら強行するかのどちらかです」


「私ってそんなやばいやつ認識なの…!?」


「やばいやつです」


 嘘……!?そこまで酷いと思わなかった!


 ショックを受ける詩音にクラージュは呆れたような視線を向けて、


「だから誰よりも何よりも先に僕に相談してくださいって言っているでしょう?」


 そう当たり前のよう言った。

 紫苑色(私の名と同じ色)の瞳が濁りなく真っ直ぐ見つめている。


「ぐっ……でも……」


 その目に弱い詩音は既に揺らぎかけているグラグラと意思が揺らぎかけている。


「なんですか?無理そうなら構わず逃げるって言ったのを根に持ってます?」


「違う違う!そんなの気にしてないよ!」


「……僕は足手纏いになりますか?」


「えぇ!?!?誰がそんなこと言ったの!?あの時だってクラージュくんが作戦立ててくれてクロエ様を先に逃がしてくれたから助けも来てくれたし、クラージュくんの魔法のおかげで私、魔物に丸呑みされなかったし!足手纏いなんて絶対にないない!」


「じ、じゃあ話してくれますよね?」


「…………」


「ナタリア様」


 目を逸らされクラージュは詰め寄るが汗を流しながら詩音は両手で制す。


「ほんとにクラージュがどうこうではなく、クラージュくんにプラスになるならすぐにでも相談するんだよ?けど……悪いことはさ……」


「え!?何するつもりなんですか!?」


「くっ……」


 背に腹はかえられないか……話だけでもしよう。


「あのねクラージュくん」


 握っている手の力を強くした。


「ミラのこと任せてほしいんだ」


 途端、クラージュは眉を顰める。


「あの使用人ですか……リアム様には大まかな話は聞いています。……詳しいことの説明を求めても?」


「……元々クラージュくんとクロエ様が誘拐されそうになったり危害が加えられそうになったの原因はミラなの。あの子がいろんな場所から依頼してたみたい」


「どうしてそんなことを……」


「ちょっとそれは話が長くなるから……本当はお父様やクロエ様とクラージュくんのお家の人達で相談して処罰を決めるべきだと思う。だけどこれからミラの魔法は特殊でどうしても必要なの。だから彼女のことを私に預けて欲しい」


「……だから騎士団や父と母に彼女の悪行を告げるなということですか?」


「そう」


「これからもあの人が貴方の傍で仕えるということですか?」


「そう」


「本気で言ってますか?」


「……クラージュくん事前報告なら許すって」


「許すとは言ってないですけど!?貴方の破天荒な行為にはある程度目を瞑るっていう意味です!犯罪者のことまではいわかりましたって許すわけないでしょう?」


「わ、わかってるって!」


 でもミラがこの先どれだけ重要なのかクラージュくんには知ってもらわないと。


「あのね、このこともまた別で説明するけどシリウスさんやミラの悪意や殺意は魔物に体を乗っ取られて負の感情を増長させられたのが原因なの。今回はそれに気づくまで遅くてこんなことになっちゃったけどミラと私の力を使えばそういう人達を早い段階で助けることが出来るんだよ」


 どこでそんな知識を得たのか。それとも実際に経験したからなのか、だとしても、


「そんなこと!貴方がする必要はないでしょう!!」


「!」


「彼女に無理矢理価値を見出す為に貴方は自分自身に必要のない負荷を掛けている!僕がさっきから貴方の考えを知りたいのは…….」


 クラージュは苦しげに絞り出す。


「貴方に傷ついてほしくないからです……」


「クラージュくん……」


「その人がやったことは度を越えてます。だから──」


「ううん、違うよ」


 あんなに落ち着きなくこちらの様子を逐一気にいて姿が一変し詩音はしっかりとした口調で否定した。


「これは誰でもない自分の為なんだ。あ、そうだ!このことはクラージュくんに話しておきたかったんだ」


 というと詩音はポケットから持ってきていた刃物を取り出す。


「……何ですか?」


「ちょっとびっくりするかもしれないけど見てて。」


 そのまま刃を手首に当て──ようとしたがその前にその手をクラージュが両腕で掴んでいた。


「わかりました」


「まだやってないよ。待ってね」


「わかりました!!」


「いやだから……」


「わかりましたから!!!やめてください!!さっき僕が言ったこと覚えてます!?」


 あまりの大声に詩音は目を丸くして肩で息をするクラージュを見た。


「説明を……まず全部説明してください。暈したことも全部!なんなんですかさっきから話が長くなるからとか後で話すからとか」


 クラージュの的を射た指摘に確かにと詩音は一言呟く。詩音は少し黙って、ふにゃりと眉を下げた。


「説明か……あまりに現実味がない話なの。……それでも信じてくれる?」


「今更なんですけど。いつだって貴方のいうことは斜め上です」


 詩音はその応えに目を丸くするも微笑み、クラージュの両手を握ってこつんと額同士を合わせた。


「そうだね。……あのさ……─────」


 私ってナタリアじゃあないんだよ。


 その言葉はやっぱり音にならなかった。


「……」


 この姿は本当は違うのだと、本当は詩音って名前なんだと、伝えてみたい言葉は一つも音にはならない。

 唇を噛む。きっとここまで近いなら今の自分の表情なんてわかりはしないだろう。


「ナタリア様……?」


 しかし手を強く握ってしまったせいで戸惑うクラージュに詩音はパッと離れて言葉を続けた。


「そうだな……五年後にナタリアとクラージュくんとクロエ様が死んじゃうこととか?」


「は!?!?」


「え!?これは話せるんだ!?!?」


 制限がわからないんだけど!?


「どういうことですか!?」


「どうもその原因がクラージュくんとクロエ様だからミラは執拗に二人狙ったらしいんだよ。ミラは人生を何度もやり直してるらしいから」


「……そんな話を信じるんですか?」


「うん、信じるよ。私だって────」


 この世界の人ではないし。


 それはまた音にならなかった。


「ナタリア様……?」


「うーーん……そっか」


 未来のこと(ゲームのストーリー)は話せてもやっぱり自分自身の話や前の世界のことは制限されてるようだ。そうやって元の記憶を忘れさせるのが目的なんだろう。

 ……もしかしたらこの現象は私だけじゃないのかもしれない。


「何のためにそんなことを……?」


「なんですか?」


「んーん」


 まぁ、なら話せることを話そう。ミラのこと、未来に起こること、それから私の身体のことを。


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