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44.忘れじの子守歌

 正門を右に出て道なりに暫く歩く。住宅地を抜けて更に進めばコンビニが一店舗。その先には川があり、そこに掛かる橋を渡った先、そこに我が家があった。

 懐かしい風景に初めは今までのことが全て夢かと思った。しかし荒々しく降る雨がこちらが夢なのだと乱暴に教えてきた。


 覚えている。あの日は酷い雨だった。部活も急遽中止になり私は一人帰路についていた。水嵩が増した川を見ておっかなびっくりしながら急いで橋を渡っているとそこには男が一人立っていた。


 足は勝手に進む。逃げ出せないから目を閉じる。続きは見たくない。


「許せない」


 だけどこの言葉だけは忘れないで。

 これでまたちゃんと(詩音)として生きていける。


 ……?



 聞こえていたのは雨の音だけ……だったはずなのだ。それが不意に違う音が耳に入ってきた。


「歌……?」


 歌が聞こえる。

 音色的に子守唄なのだろう。低くて柔らかくて落ち着く歌声だ。一体誰が?……お母さんは音痴だからもし歌ってるとしたら……


『花の名前をつけたいっていうのが元々お母さんの希望だったんだ。詩音の名前はね、僕の人生の内お母さんの次に大切にしてきたものを詰め込んだんだ。同じようにそれを好きになってくれたらいいなって思ってね』


 ううん、違う。だってこれは夢なんだから。私はまだ帰れない。

 でも……もし叶うなら、


「会いたいよ」





「おと……さん……おかあさん……」


「おや、目が覚めたのかい?」


 詩音が目を覚ませばそこはナタリアの部屋だった。周りが暗いのでまだ夜なのだろう。声のしていた方に顔を動かせばそこには書類作業をしているテオフィルスがいた。


「おはようナタリア。随分長いお眠りだったね」


 詩音は体を起こし喋ろうとした途端咳き込む。するとテオフィルスはそれをわかっていたのか水を渡してきた。ゆっくりそれを飲み干し周りを見渡すと部屋にはテオフィルスしかいないようだ。


「……何日寝てた……?」


「十日だ」


「げっ!!」


 起き上がろうとする詩音をテオフィルスは制す。


「君、街で倒れてたところを保護されていたらしいよ。ダルティフィス公爵が家に来た時は心臓が飛び出ちゃうかと思った」


 二人が気絶した後騎士団に保護され巡り巡ってナタリアの顔を知っていた宰相であるダルティフィス公爵に回収されたらしい。ダルティフィス家にはお世話になりっぱなしだと内心詩音は苦笑した。


「さて何があったか覚えがあるかな?」


「覚えてる」


「……あのさぁ、もう少し申し訳なさそうな顔してくれる?君はね、僕に迷惑掛けたの」


 即答した詩音に頬を引き攣らせたテオフィルスは真剣な表情をする憎たらしいその額を中指で弾いた。


「ほんと相変わらずな子だ。嘘ついた瞬間、一緒に引き取った奴を追い出してやろうと思ったんだけどな」


 一緒に引き取った奴とはミラのことだろうか。彼女はどこだろう?


「その子は今どうしてる……?」


「別部屋で寝てる。まだ一度も目を覚ましてないよ」


「そっか……」


 彼女の身には色々なことが起こったから回復に時間はかかるだろう。


「あの、迷惑をかけてごめんなさい……」


 なにから言えばいいのか。どこから話せばいいのか。一番初めに伝えるべき言葉を漸く口にして次に何を口にすればいいのか言い淀んでしまう。


「えっと……」


 ミラのあの状態のことをどう説明したらいいものか、正直に話したらミラ追い出されちゃうよね……?誘拐された時にミラも巻き込まれたことにする?いや私、嘘下手だしな、嘘ついてたら追い出してたって言われたばっかりなのにそんな容易に嘘つけないな……。どうにか穏便に済ませたいけど……


「いいよもう」


 そんな考えは透けて見えていたのかテオフィルスはふぅ、と大袈裟に息を吐いた。詩音の体は強張る。


「ま、とりあえず僕が後処理する必要があることだけ言ってよね」


「え?」


 テオフィルスは持っていた書類を眺めたままそう言うものだから詩音の口から間抜けな声を出てしまう。


「ん?お礼が必要なお偉いさんの相手とか君が壊したものの弁償とかだよ。また結構壊してきたんでしょ」


「ま、まぁ……そうなのかな……?」


 自分が壊したのはクロエ様のドレスくらいだけど……いや、あのドレスめちゃくちゃ高そうだな。


「言いたくないことは言わなくてもいいさ」


「あ、ありが──」


「ただ、もし君が周りの反対を押し切ってまで得たものがあるのなら……僕はそれには何もしてあげない。厄介なことに巻き込まれたいわけじゃないからね。それは自分一人でしっかり責任を持ちなさい……」


 全てを見透かすような目を詩音は見つめる。


「まさかあれを連れてくるだけ連れてきて他人に任せようなんてことしないよね?」


「もちろん」


「なら、いいんだ。じゃあ早めに報告頼むよ」


「実はクロエ様のドレスを滅茶苦茶にしちゃって」


「はーー!?!?やだやだ聞きたくない聞きたくない!絶対高いよ!まだ眠ってくれる!?はぁ……見舞いに来てた子達には目を覚ましたと伝えておくから」


「お父様」


「ん?」


「ありがとう」


「……好きにやったんだ。暫くは外へは出さないと思った方がいい」


 書類を投げ出し眉間を抑えるテオフィルスに申し訳なく思いながら詩音は眠りにつくため天井に目線を向けた。


「……」


「……」


 目が冴えてしまっている。十中八九あの夢のせいだろう。もぞもぞと布団の中で丸まってみたが耐え切れなくなってつい隣にいるテオフィルスに声を掛けた。


「悪い夢を見たの」


「知ってる。すごい魘されていたからね」


 だから何だと言おうとしたテオフィルスだが目を丸くする詩音の様子に首を傾げる。


「何?」


「だから歌ってくれたの?」


「……なんの話だい?」


「子守歌。思い出してみたらお父様の声だった気がする」


「耄碌してたんだね」


 と言われたものだから詩音は覚えていた音程を出来る限りの音量で鼻歌で歌う。テオフィルスは迷わず詩音の頭にチョップした。


「痛い……」


「やめてよ。マリアが起きる。うるさいのに無駄に上手いし………そうだよ、僕だよ。耳に残ってたのをつい口ずさんじゃっただけなんだけど。何?うるさかったわけ?はいはい、男の子守歌なんて耳障りで悪かったね」


 渋面を作ってそう捲し立てるテオフィルスに詩音は不思議そうな顔をして首を振る。


「ううん、逆だよ。私は好きだなって。おかげで悪い夢から覚めたし。お父様ありがとう」


「……」


 屈託のない笑顔を向けられテオフィルスは何かを言おうと口を開け、そして閉じる。もしかしたら照れてなんと言おうか迷っているのかもしれない。

 だから詩音は少しだけ甘えてみた。


「ね、お父様もう一回歌ってよ」


「嫌だね。自分で歌えば?」


 即答だった。しかしこのままでは本当に眠れない詩音は粘る。


「あー、このままじゃあ眠れなくて外に飛び出してるかもなー」


「…………はぁ」


 テオフィルスはでっかいため息を吐くと眉間に皺を寄せて詩音の方に向き直る。


 調子に乗ったのかもしれない!


 またチョップされるのかと頭を守ってみたがどうやら違うらしい。テオフィルスは少し強めに詩音のお腹を叩きながら夢で聞こえてきた子守唄を口ずさみ始めた


 そんなに外出てほしくないんだ……。


 ショックを受けつつも詩音はしばらく歌を聴いていれば急に眠りに引き込まれてきたのか微睡む。ぼやける意識のなか詩音はふわふわと言葉を洩らし始めた。


「……お父様はやり直したいほどの後悔をしたことはある?」


 歌は止まらない。しかし、詩音は続ける。


「やり直して良い結果になったとしてもこれ以上未来に希望が待てない。そのまま終わりたいって。後悔をやり直せるってきっとすごいことだけど……また失うと思うと怖くて、辛くて、気が気じゃないんだと思う」


 脳裏に浮かぶのは悲壮な表情のミラ。


「けど私は……あの後悔を乗り越えられると思えないの……。ならそんな臆病な私達はどうやって進めばいいんだろう……」


 テオフィルスは答えない。答えるとも思ってはいなかった。


 まだ時間がある。どうかこの夢にいるまでは考えて、考えなければ。私が私に戻った時、どうすべきなのか。

 子守唄を耳にしながら詩音はまた眠りについた。


「……」


『テオ。私は貴方の歌好きだよ』


 テオフィルスは寝息を立てる我が子の頰に触れ


「テオフィルス様……?」


「……マリア」


 ようとしたその手を下ろす。

 入ってきたのは寝巻き姿の美しい女だ。


「いい加減休んだほうがいいと思うの。ずっとこの子に着いているでしょう?」


「気にしなくていいよ。僕にしか出来ないことだ。傍にいたほうが何かあればすぐに気がつく」


「……ごめんなさい。私、そういうことは鈍くて」


「責めているわけじゃないよ。それは仕方のないことさ」


「でも」


「……ねぇ、マリア。臆病とはどんなの人に当てはまると思う?」


「え?んと……私にはわからないわ」


 困ったようにそう答えるマリアにテオフィルスは優しく微笑んだ。


「僕はね、全てを知っていながら関わることを拒否し、何もしなかった連中のことをそう言うと思うんだ」


 だから僕たちは臆病でも愚かでもないんだ。


 ◇


「それで彼女達はまだ眠ってるというわけですか……」


 と言うクラージュ自身霊薬の副作用や魔力欠乏で目を覚ましたのは三日前。たった今、自身が気絶した後のあらましをリアムから聞いていた。


 まさか婚約者の使用人に命を狙われていたなんて……。


 一体何がどうしてそうなったのか。しかし事情を知っている二人はいまだに眠っている。


「もどかしいことでしょう。貴方様も」


 聞けばリアムも掻い摘んで話を聞いただけであとは彼女の頼みを聞いていたらしい。ナタリアの部屋を見ているリアムに同意を求めてみるが珍しく微妙な顔をしていた。


「まぁ……俺は……」


『クラージュくんが危なくなったらお兄様だけが頼りなの!お願い!おねがーい!!私絶対どうにかするから!!』


 ついて行きたかった。だけど床に頭をつけそうな勢いで頼む妹を思い出してリアムは頬を掻いた。


 どうにかするっていうのは事態を解決するだけじゃなくてあいつ自身無事で帰ってくるって意味だと信じてたんだけどな……。


「これなら大人しく言うこと聞かなきゃよかったかなぁ」


「え?」


「ま、でもさ、これはこれでよかったと思ってるよ」


 リアムは目の前にいる弟分の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。きっと妹はこの元気な姿を見れば自身がどれだけ痛くても何よりも嬉しそうに笑うのだろう。


「?」


「お前すごかったな」


 リアムがお世辞でそんなことを言う人間ではないと知っていたから、少しだけ温かな気持ちになった。が、クラージュは満足しなかった。


「いや、僕は……もっと……強くならないと」


 彼女にあんなことを言いながら最後は気絶して彼女に置いて行かれてしまった。クラージュは己の不甲斐なさにため息を吐いた。


「これじゃあ彼女の隣に並べない」


 リアムはそんなクラージュに目を丸くした。


 面倒ごとは嫌いで振り回されるだけのこいつが今では隣に並べていないと悩むなんてな。隣に人がいると分かることほど心強いものはない。それは自分からしてみればなによりも


「羨ましい」


「え?」


「それじゃあ、うちで腕利きのを用意して鍛錬させてあげましょうか?その代わり将来はうちで死ぬまで力を奮ってもらうことになるけど!」


 リアムの声に被せるように聞きなれた声響く。振り向けばそこにはクロエと大荷物を持ったマノンが立っていた。その量にクラージュは頬を引き攣らせる。


「クロエ様……これはまた……本当に見舞いですか?」


「こんなのほんの心ばかりよ。なんたってこの私を助けたのだから寧ろこれくらいじゃ足りないくらいよ」


 得意げに鼻を鳴らすクロエにミストラル伯爵に見舞い品の量を制限させようとクラージュは密かに思った。そんなことを考えているなど微塵も思わずクロエは何かを思い出したかのようにマノンから箱を一つ受け取るとなんとクラージュに差し出した。


「はい」


「…………なんですかこれ?」


「あんたのところなんてわざわざ行こうとは思わなかったし、届けるのも面倒だと思ってたけどここにいたならついでにあげるわ」


 ツンっとそっぽを向きながら渡されたのはどうやら見舞いの品のようだ。


 いや、嫌いなやつに直接物を渡す方が嫌だと思いますけどねぇ。


 クラージュは密かに思った。しかし今日はそんなことをわざわざ言ったりしない。品を受け取り当たり障りのない礼を告げる。


「はぁ……ありがとうございます」


「ちょっともっと感激しなさいよ!」


「は?」


「この私がわざわざ手ずから渡してあげたのよ?もっと何かないの?」


「なるほどなるほど……これは私の手に余る代物なのでお返しします」


「返さないでくれる!?」


「こらこら、まだ寝てるやつがいるから二人とも騒がない」


 そう穏やかに言いながらリアムが拳を握るので二人はすぐさま黙った。クラージュはクロエの方を伺う。


 それにしてもこの方はこんなにしつこい人だったろうか?


「……貴方……いつ寝ました?」


「何よ急に?」


「隈が出来てますよ」


「嘘!?」


 クラージュの言葉に慌ててクロエは目元を隠した。


 寝不足か。それならこうもテンションが高い理由も態々見舞い品を手渡しする理由がわかる。元々働いていない頭が更に働いていない。


「ナタリア様が心配なのはわかりますがあの方は──」


「違うわ。これはまた別件よ」


 力強く否定されクラージュはクロエの後ろにいるマノンを見てみる。彼女はその視線に気付くと事実だと肯定するように頷いた。どうやら本当に違うようだ。


「私も意外と忙しいの。じゃあね」


 クロエはそう告げるとマノンを引き連れナタリアの部屋に向かった。その背中を見送るリアムはぽつりと呟いた。


「確かに魔法だけじゃ駄目なのかもな」


「魔法以外なら貴方様に聞いたらいいじゃないですか」


 リアムな困ったように笑う。


「拳なら俺が一番強い自身あるよ。だけど以外は無理だ。俺はきっと剣も槍も使えない。だからクロエに頼むのも一理あるな」


「……」


「まぁ、今のお前は薬の副作用で魔法の方も調子悪いんだし休んだ方がいい。考えるのはそれからでもいいだろ?」


「まぁ……そうですね」


 クロエ様に頼むってことはそ あの人に借りを作ることになる。それはちょっと……


 と頭を悩ませているとナタリアの部屋からクロエが飛び出してきた。


「ちょっと!」


「何かありましたか?」


「ナタリアがいないんだけど!?」


「はぁ!?!?」


 確かに彼女は部屋の中にいなかった。他の部屋も伯爵に頼んで探してもらったが見つからない。


「どこに行ったんだあいつ」


「早く見つけないと」


「伯爵ぶち切れてましたからね」


 その報告を聞いた時のミストラル伯爵といえばまず手元にあった書類を真っ二つにした。クロエの手前無理やり笑顔をを保とうとしていたが頬が大分引き攣っていた。


「ほんとどこいったのかしら……?」


 彼女が起きてすぐ行きそうな場所………。


「……ナタリア様が見つかった場所を教えてください」



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