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43.変光星よ輝いて

「なんで……?」


 怪物と入れ替わりで目の前に立った人物を見る。

 肩に掛かるくらいの黒みがかった茶髪に暗い瞳。見慣れない服装をした少女。彼女のことはもちろん知っていた。鏡に映った姿を私はずっと見ていたから。彼女はこちらを見るとパッと顔を明るくした。


「よかった無事で!あのさ、ミラのこと助けたいんだけど困ったことに魔物が黒いドロドロにしか見えなくて。だからミラの力を借りたいんだけど」


 その顔にぴったりな笑みを浮かべ自分の手を取って外を指差した。彼女は自分を助けてくれようとしている。

 だからその手を弾いた。


「ミラ……?」


 そんなの困る。生きるということはまた二人が死ぬかもしれないと怯えて過ごさなければいけないということ。やっと、楽になれたのに。


「無理です」


「……あの映像私も見てた。あの二人、外で待ってるよ?」


 人の過去を見ていておいてなんでもなかったように振る舞うからなおさらタチが悪い。


「だからこそもう無理なんです!!今回は貴方がいたからあの子達は助かって。でも次は……?耐えられない!」


「次なんてないよ」


「貴方はそうでしょうね!だからこそ貴方がいなくなったら次はこうはいかない。だからもう楽になりたい。二人は助かったんだって貴方がいればこの先も大丈夫なんだって!そう思ったまま終わりたい!」


「駄目だよ」


 はっきりと告げられた一言は少しも考える素振りを見せなくて、彼女は初めから何を言われてもそう言うつもりだったのかもしれない。地面に叩きつけられ壊れた装置を見てしゃがみ、そこから何かを取り出す。


「それは駄目。私にはすべきことがある。……ミラは知ってるでしょ?」


 そう、彼女からしてみれば何一つとして終わっていない。むしろ始まってすらいないのだ。

 五年後にナタリアお嬢様は……いや、クラージュ•アビスとクロエ•ダルティフィスは死ぬ。


「その為にミラの力が必要だから、それは出来ない」


 彼女もまた自身の大切な人を失おうとしている。一緒だ。私一人では二人を助けられなかったから彼女を利用した。彼女だってその為に私を利用しようとしている。だけど……、


「なら今度こそ私はあの二人をこの世界から消します」


「……」


 脅しなんかではない。あの世界に引き戻すというならこちらだって本気だ。あれらは今も未来も禍根にしかならない。


「それが嫌なら────」


「ミラ、戻ってきてほしい。私、シリウスさんとアルゴルさんの二人を見捨てることはしたくないな」


「────」


 そんなのハッタリに決まっている。だって彼女は強くて、


「完全に魔物になっちゃったら普通の人の攻撃なんて効かないんだよね」


 他人が傷つく姿を見て心を傷める善良な人間で、


「大切な人がいなくなるって辛いよね。気持ちわかるよ。だから私はミラだった魔物を攻撃なんて出来ないな」


 見ず知らずの人間を助けるほどお人好しのはずなのだ。


「何も出来ない私達は一体どうなっちゃうんだろう?」


 なのにこれ以上拒否すればあの街も二人も見捨てると、そう言っているのか?本当に?彼女が?


「は」


 しゃがみ込んでいた私より少し上の目線まで屈む。


「ミラ。本当の私の姿に初めて気づいてくれた人。それって本当に嬉しいことなんだよ。ミラ以上に大切な人はあの場にはいないよ。だから戻ってきてほしいと思うし、生きてほしいと思う。それにね……」



「人に何もかも押し付けておいて自分は楽になるのはちょ~~~っと違うんじゃないかな~?って」


 こちらを優し気に諭していた雰囲気はすっかり影を潜め、こめかみに青筋を立ててながら声が荒げないようにこちらになんとか言い聞かせる姿に流石に気付く。これは大変ご立腹である。なんなら私がクラージュ・アビスを狙ってあの部屋に入った瞬間からずっと怒ってのかもしれない。


「……、はは……」


 もう笑うことしかできない。私に初めから選択肢なんてなかったのだ。


「酷い人」


 思わず出た負け惜しみに近い悪態に少女は何も言わなかった。先ほどの装置から取り出したものを出し、壊れかけているそれを構わず自分に押し付けた。


「じゃあ先に戻ってるね」


 そのまま彼女は壊れた扉の先、暗闇しかない空間へ躊躇なく足を踏み出した。


 彼女は強くて何かあれば周りが手を差し出してくれる幸福な少女だと、失ったこともない無垢な少女だと思ってた。でも何もかも違ってるのかもしれない。今分かってるのは私が失いたくない二人はそんな彼女の手の中、それだけだ。


 ◇


 身動きがなかった二人だったが片方が勢いよく体を動かした。


「お前!」


「ミラァアアア!!!」


 詩音が叫ぶとその声に合わせて怪物の背後から鏡が現れる。そこに映るのはミラと彼女を強く握って離さない魔物の姿が。


「ありがとぉおおお!!!」


 特大の礼を告げると詩音は胸に突っ込んだままだった両手を強く引っ張る。


 力を注げ。鏡に映る形を再現させろ。ナタリアがやったことと同じように。


「ぐぅ!お、重っ……!」


 突如、手元がグンッと重くなる。バランスが崩れそうになるがそれでも詩音はその手を離すまいと踏ん張る。その両腕を人狼の姿をしたシリウスが掴んだ。


「わ!」


「早く持ち直せ!」


 詩音は慌てて体勢を立て直すと今度は二人同時に引っ張る。


 ズルッ


「ッ、出てきた!!!」


 鯨のような体と尾鰭、大きなカギ爪の生えた前足。頭部は犬のような形をしていてするどい歯を持つ口から涎を滴らせていた。その体はあまりに大きく、部屋の中には収まらず天井を突き破る。


「このっ!」


 隣にいる眠ったままの小さな体を抱き寄せ魔法を使って風で破片を吹き飛ばす。


「ぐ……」


 目の前がチカチカと点滅し、動悸が激しくなる。思わず胸を抑えた。今度は霊薬の影響だ。

 建物を破壊しそのまま上空へ向かうと思っていた魔物。しかしその方向を詩音達の方へと変えると口を開き四人に襲い掛かる。


 まだミラを諦めてないってこと!?


「は!?しつこくない!?」


 いい加減にしろと思いながら魔力を右手に集める詩音の前にシリウスが立った。


「シリウス!」


「来るな!三人は流石に守り切れる気がしない」


 駆け寄ろうとしたアルゴルを制したシリウス。そんな彼に魔物は容赦なく噛みついた。


「────!!」


 凄惨な状況に詩音は目を見開く。

 だがシリウスもやわな作りをしていない。体を噛みちぎられるのを己の両腕で阻止していた。


「ぐっ」


 だが、噛み付く魔物は力強く、一歩、一歩押し込まれていく。


「シリウスさん……!」


 背後か聞こえたか細い声、自身の後ろに守るべきものがあるということが彼に意地を見せた。魔法で自身の背後に大きな岩を形成してそれ以上下がらないように踏ん張り、両腕に力を込める。


「うぉおおおおおおおおお!!!!」


 魔物の口を腕力でこじ開けると上歯と下歯を掴むと声を上げながら自分よりも何倍もある図体をぶん回すと空高く投げ飛ばす。詩音はすかさず魔力を溜めた両手を魔物に向けた。


「吹っ飛べ!!!」


 攻撃が魔物の腹部に直撃し更に空高く押し上げられる。詩音は自身の足に力を込め腕に抱えたミラをシリウスに預けると拳を握った。


空の果てを(フォルケルス・)目指す者(カエリー)


 鳥のようになどと可愛いものではない。まるでジェット機のようなスピードで魔物へと一直線に飛んでいく。

 その行く先を遮るように幾重にも重なった大きな鏡。ミラの力を奪った魔物が出したものだろう。


 魔法を使えばきっとそのまま跳ね返ってくる!


 詩音は勢いのまま自身の体で鏡を突き通る。一枚割ればその先も鏡、その先も鏡。弾丸のように鏡を貫いていく。詩音の姿を映した鏡を貫いて貫いて貫いて貫いて貫いて貫いて貫いて貫いて貫いて、残るは図体の大きな魔物だけ。


「っらぁ!!!」


 詩音はその大きな的に一撃を喰らわせる。痛みに悶え苦しむ魔物に詩音は追撃をしようと拳を強く握り直す。するとこのままでは不味いとでも思ったのだろうか魔物は突然形が変わった。

 それは白く長い髪を後ろで三つ編みをしたいつもの給仕の服装を着た寸分違わないミラの姿だった。色素の薄い水色は青く染まっていきその瞳から涙を一つ流す。


 詩音は目を大きく見開き、拳は魔物の前でぴたりと止まった。その姿にほくそ笑んだ魔物が手を伸ばす────前に彼女は魔物の首を両手で強く掴んでいた。


「シリウスさんとアルゴルさんには見せたくないからさ……手酷くいくね」


 まだ暗くてよかったなぁ。そう呟いた彼女の仄暗い瞳のせいか、彼女という存在が自分よりも圧倒的な格上だとようやく理解したのか魔物はミラの姿のまま恐怖の表情を浮かべ元の姿に戻ろうとしたが、判断が遅すぎた。

 二人の周辺の風が渦を巻きながら吹き上がった。それは変化している華奢な体では耐えきれない勢いで、魔物の体は軽く捻じれる。息を吸うことも吐くこともままならずそれでも風は止まらない。


「元に戻るか、このままか。選んで」


 魔物に言語が通じるかは詩音にはわからない。だからいくら藻掻こうが爪でいくら傷つけられようともその手は離さずその時を待っている。

 首元がぐるんと一回り出しそうになった時、魔物の形は元に戻り詩音の手では掴みきれなくなった。背を向けて逃げようとするその姿に詩音は手の平を向ける。


「悪いわね」


 強い風。そう気付いた時には魔物の身体は崩壊していた。

 塵になって消えていく体。離れ落ちていく魔物の頭部は音を立てて地面に転がる。

 その隣に着地した詩音は魔物の最後の姿をずっと見ていた。全てが消える寸前、その一部を詩音は掴む。


「……」


 そこで気が抜けたのか詩音はその場に倒れた。アルゴルはそんな彼女に駆け寄る。


「ちょっと!」


「だ……いじょう……ぶ」


 手を上げてのろのろと振る姿にアルゴルは安堵の息を吐いた。シリウスはそんな詩音の隣にミラをそっと置くと大きな狼の姿に戻る。


「アル、こいつらはここに置いて行く。乗れ」


「え、なんでよ!」


「さっきの騎士達が来る。そいつらに保護してもらえばいいさ。もうそろそろ俺達が脱獄したこともバレているはずだからな。一緒にいるよりここで別れた方がいい」


 シリウスは詩音に顔を寄せてまだ意識があることを確かめると告げる。


「何を聞かれても知らない、そう言わされたとそう言え。いいな。あとは約束した通りに頼む」


 詩音はぎりぎりの意識を保ちながら頷き、これだけは言わなければと思っていた言葉をなんとか呟く。


「……ありがとう……」


 聞こえたかな。あぁ、でもなんかすごい顔してるから聞こえたんだろうなぁ……。


 二人は崩壊した建物を通り消えていく。


「それは…………こっちのセリフだろう」


 曖昧な意識に最後そう聞こえた気がした。


 あぁ、とても眠い。今ならわかる。魔物に近いこの身体に精霊の魔力が合わなかったからなんだな。


 詩音はそう思いながら傍で眠っているミラを見つめる。ミラの体は魔物にさまざまなものを奪われた影響なのか小さくなり、元の髪色は黒々と染まっていた。その姿に心が痛くなる。


 ミラが望むようにしてあげられなかった。酷いと言われた。それでも……諦めてほしくなかった。生きてほしかった。そう自分の勝手でこちらを戻したこと彼女はどう思うだろうか。願うならどうか


「許さ……ないで……」


 詩音の瞼は下りた。


 ◇


 派手な音と何かが崩れる音にその騎士は直ぐに振り返る。そこには薄暗い空を五メートル近い魔物が彷徨っていた。


「行くぞ」


「はい」


 すぐさま魔物の元へ向かおうとした男はその時魔物に近づいていく何かが見えていた。

 魔物は姿を変え、そして姿を戻すという不思議な行動をとると最後には崩れ落ちていった。


 すぐさま魔物が落ちたであろう場所へ向かえばそこは他と同じように建物が崩れボロボロで人気はない。しかしよく見れば二つの人影がそこにはあった。


「この子は……」


 この銀髪はあの時魔物になった身内を殺さないよう必死に説得していたあの少女だろうか。後から来た騎士の報告にあったあの男と大きな狼はもういない。恐らく逃げたのだろう。

 だとすればその隣の真っ黒な小さな子供は……、


「本当にやったのか……」


 部下の男は自分の目の前にいる男がどんな感情でそう呟いたのかわからなかった。それよりボロボロになりながら寝息を立てている二人の子供の方が気がかりだ。


「隊長」


「……あぁ、彼女達はこちらで身柄を保護する。」


「了解っす」


 黒い少女を気味悪がって誰も持ち上げないので仕方ないので二人とも自分が抱えることにした。二人の少女の身体は軽く。温かい。


「あーあ、もう朝かぁ」


 差し込んできた光に男は目を細める。


 星は完全に姿を消し、長い夜はようやく明けたのだ。


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