42.彼女しか知らない話
「あんたがトドメ刺してどうすんのよ!!!!」
「違うよ!?………え?本当に!?ど、どうしよう!?」
「いいから早く抜きなさい!」
「待て!下手に抜いて出血が止まらなくなったらどうする!」
「いや!魔物に取り憑かれてるなら抜いたとしても傷も治るはず……いや!私、加護持ちだ!?」
半ばパニックになりながら怪物の様子を伺えば右腕が刺さっているにも拘らずアルゴルの魔法が効いているのか未だに肩を上下させ寝息を立てていた。右腕からは鼓動を弱々しいながら感じる。
この状態でありながら彼女は生きているのだ。
詩音はそんな違和感だらけのその体に更に不可解な点を見つける。
「何もない……?」
体の中に入ったはずの手に何も触れないのだ。普通、骨や臓器があるはずだがそれらしい感覚がない。まるで泥の中に腕を入れているような感覚に詩音は眉を顰める。
「……」
迷った末に詩音は右腕をほんの少しだけ引いた。
「うわ」
溢れてきたのは黒い液体だった。それは詩音の右腕に纏わりついて傷を治していく。
「き、気色悪……!」
いや、でもこの感覚、どこかで覚えが……。
そうだシリウスさんを助けた時だ。あの時、私は何かしたんだっけ。
確か手を伸ばして……いや、その前に鏡がなぜかあってそこに映ってたものを見たとき私……ナタリアのことを思い出して……あれといまの私、同じもので出来てるって気づいたから……
「ッ思い出したぁーー!!!」
「!?」
驚く二人に目もくれず詩音は躊躇いもなく腕を引く。
「おい!」
「二人とも動かないで!」
ぽちゃん
怪物の胸から詩音の右手が抜けるとその手には何かが握られていた。詩音はそれに左腕も添え体全体を使って更に引っ張る。
出てきたのは真っ黒な尾鰭だった。
「え」
それは詩音の体をゆうに越えるほどの大きさで、それにもかかわらず重さを感じていないかのように詩音はズルズルと部屋の端まで引きずっていくと尾鰭から次は背鰭が見えてきた。
だが突然詩音の両手をそれはするりとすり抜けた。音もなく床を跳ねるとミラの体に戻っていった。
「ちょっ……」
「待って、もう一回」
アルゴルの声を制してそう言うと詩音は腕をもう一度引っ張り出す。結果は先ほどと同様で途中で詩音から逃れるようにすり抜け体に戻っていった。
「……」
「いまのはどういうことだ。何をしようとしている?」
予期せぬ出来事に言葉の出なかったシリウスだが我に返ると何かを考えている様子の詩音に問いかける。
「魔物をミラから引き剥がす」
思わぬ返答に二人は目を丸くした。
「出来るのか?」
「シリウスさんの時も同じことをしたから。アルゴルさんは見たよね。水の中から私達と魔物が出てきたの」
「…………もしかしてあれあんたが原因だったの!?」
「そう」
「嘘でしょ!?そんなことありえるわけ!?ってかだったら最初からそうしなさいよ!そうしたらあの騎士様にこんなにボロボロにされなかったでしょうに!」
「ごめん……。あの時のことを思い出したのが今だったばっかりに二人に沢山迷惑掛けちゃったね」
アルゴルは申し訳なさそうに眉を落とす目の前の女の前で地団駄を踏んでやりたくなった。
違うそうじゃない。
そんなアルゴルを宥めるかのようにシリウスは肩に手を置いた。
「気にするな。アルは時々こうなんだ」
「なんでよ!?私がおかしいっての!?揃いも揃って自分のこと後回しで!!」
アルゴルはシリウスの背中をバシバシと叩く。詩音はその様子に苦笑しつつも話を続けるため指を二本立てた。
「魔物を引き剥がすには魔物の正確な形を理解していないといけないっぽい。今、手応えが全くなかった。だからミラの力がいる」
彼女の鏡は全てを正しく映す。あの力は必要だ。
「あいつは今こんな状態だぞ。出来るのか?」
シリウスは眠っている怪物に視線を向ける。彼女が魔法が使えるようには到底見えなかった。
「やる」
短く揺るぎない返事だった。真っ直ぐ怪物を見つめる少女の瞳は濁りなく、それは眠っている彼女に対する信頼による返事というよりは何がなんでも必ずそうさせるという強固な意思を感じた。
ほんの少し圧倒されるシリウスの目の前にいる少女は既にその後のことを考えていた。
「あとは魔物をどうするか……か」
今回は加護を持った殿下もクラージュくんもいないから出てきた魔物は自分がなんとかしないと。怪我をしないよう二人にはミラを連れてこの場から離れてもらって……。
自分が────
『貴方の力になります。貴方は僕の力になってくれるのでしょう?』
自然と肩の力が少し抜ける。
なんで今、この言葉を思い出しちゃったんだろう。
「あの」
「なんだ」
「魔物は加護持ちじゃないと攻撃しても再生するしアルゴルさんの魔法も魔物本体には効きづらいと思う。正直二人じゃ無理だと思う」
「はっきりいってくれるな」
「だけど……魔物が出て来た時、私はすぐに動けないと思う。だから、だから……少しだけ……」
詩音はそこまで言っておきながら最後の方は口ごもり視線が下がっていく。
ぽん
頭に乗った重みに詩音は顔を上げる。
「お前達に指一本触れさせないようにしてやるさ」
アルゴルに視線を向けると呆れた表情でため息を吐いてから頷いた。
詩音は心配そうな表情を含ませながらも二人のその心強い反応に僅かに嬉しそうに微笑んだ。
「だめそうならすぐに逃げてね」
「あほをぬかせ。……絶対連れて帰ってこい。あいつには言いたいことが山ほどあるんだ」
詩音はシリウスの言葉に頷くと怪物に駆け寄りもう一度手を伸ばした。
◇
死んだと思ったのに目を覚ませば知らない場所。そこには魔物がいた。そいつが追いかけて来るものだから走って走って、いつのまにか見知らぬ部屋に逃げ込んでいた。
そこには見たことがない装置。映っていたのは思い出したくもない自身の記憶だった。
瞳の色が定まった色にならなくてそれを気味悪がった親に売られたところからいつも私の人生は始まるのだ。
連れていかれたのは汚れと暴力が蔓延る醜悪な世界。一度目はそんな禄でもない場所に嫌気が差して皆で結託し隙を見て逃げ出した。結局何人か死んでしまい三人しか残らなかった。それが私とシリウスとアルゴルだった。
あぁ、その時にミラという名前も与えられたんだっけ。
三人で毎日ギリギリの暮らしをしていた。食事も満足も取れずそのうちシリウスが堕ちて魔物になった。二人で止めようとしたが駄目で最終的に生き残ったのは私だけ、独り惨めに生き延びるために金品を奪う生活をしていた。
そんな時に出会ったのがミストラル夫婦だった。その二人はひどくお人好しで私が奪った財布を私が見つけてくれたと思ったらしい。お礼にうちで働かないかと誘った。完全に弱っていた私はその誘いに頷きミストラル家の使用人になった。
仕える娘はいつもメソメソと泣いて本当に鬱陶しかった。使用人の顔色まで伺って、気が弱くて虐められて当然の女。そう思ってそういう扱いをしていた。周りも皆そんな感じだった。だからナタリアお嬢様は人と関わり合うのが嫌で常に部屋に籠っていた。
ある日そんな彼女のもとへ一人の女がやってきた。と思えば彼女は珍しく学園に行くと言いだした。あの時は珍しいこともあるものだと思ったものだ。そして一人、ナタリアお嬢様は馬車に乗り込んだ。
ナタリアお嬢様とその婚約者が学園で亡くなったと知らせが届いたのはその後のことだった。
そして次に目を開けた時、気がつけばあの禄でもない場所に立っていた。
その時のことはよく覚えていない。よくわからないまま大人に虐げられまたあの場所を逃げ出して、二人を失いまたあの夫婦に出会い、あの女に会った。そしてまた彼女は死んだのだ。
気が付けばあの碌でもない場所にまた立っていた。
その時に気付いた。同じ出来事を繰り返している、と。
それならばすることは決まっていた。自分たちを虐げてきた大人に情けなど必要なかった。自分たちがやっていたことを後悔するように念入りに苦しめてやった。
あの場所に残るべきではないと理解したのですぐさま離れた。食べるものもない。住む場所もない私たち。そのうちの仲間のうちの一人が裏切り私達は売られた。私はミストラル家に買われて使用人になっていた。
いつだって最後には私だけ残りミストラル家に引き取られるのだ。
この時はナタリアお嬢様に何が起こっているのか知るために学園まで着いて行くことにした。
結果的に間に合わなかった。しかしナタリアお嬢様はあの婚約者と公爵令嬢によって命を落としていると知ったのだ。
気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
同じ境遇の人間だって信じるべきではない。手を差し伸べるべきではない。大人たちを処理した後は二人以外誰も彼も見捨てた。
今度は自分からミストラル家の使用人に志願した。この頃には自分の力の使い方もわかってきていた。そしてあの婚約者と公爵令嬢を不意をついて殺そうとしたが騎士に阻止され出来なかった。牢屋に入れられた私はそこで二人とナタリアが亡くなったことを聞くことしかできなかった。
気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
大人も子供も信じるな。悪い奴はは真っ先に始末しろ。
理由はわからない。原因が本当に彼女なのかも分からない。だがナタリアお嬢様が死んでしまえばまたやり直しなのだ。
気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
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気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
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気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
気がつけばあの禄でもない場所にまた立っていた。
またダメだった。
どうしたら終わる?
魔法を駆使しても駄目で、いつしか手にすべきではない力も手に入れた。それでも間に合わないのだ。二人が私を置いて逝ってしまう。
いつだって最後に聞こえるのは学園でナタリアお嬢様が亡くなったという知らせだった。
装置が映す絵から目を逸らそうとしたその時、一人の少女が映る。
彼女を初めて見たあの時からナタリアお嬢様ではないことはすぐに気が付いた。だってあまりにも違い過ぎたから。それからはずっと彼女の動きを監視していた。
言葉より先に手が出る、感情が顔に出やすい。他人のことは気になるのに自分には無頓着、似せる気もなくて呆れたくらいだ。こっちはこんなに苦労していているにも関わらず、邪魔をして何も知らないで誰とでも馴れ合い笑う姿が腹立たしい。だけど憎めない。
そんな異端である彼女が人でもないと気付いたのはいつだったか。婚約者であるクラージュ•アビスを庇って負った傷がすぐに治った時?アジトから逃げ出そうとして致命傷の雷の魔法に撃たれていながら生きていた時?
鏡に映す度に彼女の本当の姿が揺らいでいく。その度に彼女は記憶を忘れていく。彼女が自分に宛てて残したいた手帳も開けば文字が消えてしまってもう残ってはいない。
誰かがナタリアお嬢様の代わりを作り彼女の存在を意図的に消そうとしていたのは見ていて気付いた。それは私のように何度も繰り返される世界に気付いた人間かもしれないし別の誰かかもしれない。
でもそれなら彼女さえ見捨ててしまえば……!
『ミラ!』
……なのに、自分が堕ちることが分かっていながら私は彼女を助けたのは確証もないのに彼女が死んでしまってまたやり直しなんてごめんだから。
唸り声が聞こえる。化け物がこの部屋に近づいてきたようだ。最後に残っていたのはこの部屋だけ。もう逃げ場所はないだろう。
全身が震えるほどの恐怖。しかし同時に安堵した。
ようやく楽になれる。
『あら!あんたの名前がないの?なら……ミラとかどう?』
『いい名前じゃないか』
本当は……、
本当は期待していたのだ。あの不条理な世界でもし彼女が彼女として残り続けれたならは何かが変わるかもしれないと。
何度も繰り返す世界でいつも失う二人がようやく生き延びた。彼女を利用したツケが自身に回って来ただけ。もういいだろう。
扉が壊され魔物が入ってきた。絵を映し出していた装置が薙ぎ倒される。魔物は自分を丸呑みをしようと口を開いた。
…………今度は私があの子たちの傷になれたらいいな。
ズドン
「……?」
鈍い音に顔を上げる。
口を大きく開いていた魔物の横っ面には二本の足がめり込んでいた。
「は」
吹き飛んでいく図体を唖然としながら見送る。
「いたいた!今日はすぐ見つかったね。ミラ!」
そう言って少女はいつもの調子で振り返った。




